210430 京都旅行53(下賀茂神社5かき氷)

糺の森を抜けると、南口の鳥居の手前左に茶店がある
サルののれんが印象的な「さるや」さんである
たくさんのお客さんと「氷室(ひむろ)の氷」という文字に誘われました

真っ白な氷はきめ細かく、口の中でゆっくりと溶けていきます
いつもは頭が痛くなるのに、ここのはそうはなりません
いちごミルクを少しずつかけていただきます

あまりの蒸し暑さにお互い少しずつ無口になっていたのが、
このかき氷で身体だけではなく、心も癒されていきます

700円では安い!!

210427ゆり子の布花物語33(私の桜)

桜の時季になると、開花の日、満開の日、と心が躍ります
桜の木の下で、シートを敷いて・・・・
なんてことは、私の人生で2度ほどしかなかったけど

でも今年は、花の付き方、枝ぶりと、
細部にわたり、眺め、カメラに収めました
そして・・・・

やっと完成!!
薄い絹羽二重が、控えめに艶を出しています
土で焼いた風情のある花器に入れてみました

210425 京都紀行51(下賀茂神社4・4つの小川)

この森には4つの小川が流れている
それぞれ御手洗川・泉川・奈良の小川・瀬見の小川と名付けられている
ほんとにほんとに小さな小川ではあるのですが、
そこはそれ、京の都の小川は違う
私でさえ名前だけでも聞いたことがあるくらい知られている

やはり百人一首の力は大きいと思う
※ 風そよぐならの小川の夕暮れは
みそぎぞ夏のしるしなりける  【家隆】
※ みかの原わきて流るる泉川
いつみきとてか恋しかるらむ  【兼輔】

毎年子どもたちに強制的に暗記させて、学級で百人一首大会をやりました
いい時代だったなあ

210420 京都紀行51(下賀茂神社3糺の森)

参詣道の周囲は広大な森に囲まれています
縄文時代から生き続ける3万6千坪の森
平安時代には150万坪にも及んでいたと伝えられる
人の手の届かない「魑魅魍魎」の蠢く世界ではなかったか、
とこれは夢枕獏の「陰陽師」の読みすぎ

   

何年も前にこの森を守る人の特集がNHKであったが、
それ以来一度は訪れたい憧れの森となっていた
それと理由は分からないのだが、
この森の名前、「糺の森(ただすのもり)」という言葉の響きにも魅せられています

この地にようやく足を踏み入れる
興奮状態です!!

210415 京都紀行50(下賀茂神社2河合神社)

表参道を入ってすぐ左手にあるのが「河合神社」

神門をくぐると中央に「舞殿」、その奥に「本殿」がある
お参りするのは圧倒的に女性たちである
たまには男も知らずに入っていることもある
私の場合は、事前に調べていたからだ、としておこう
祭神は神武天皇の母・玉依姫命
門の左手の立看を見ると「女性守護 日本第一美麗の神」とあった

舞殿の右手には、鴨長明が晩年暮らした「方丈」のレプリカが置かれている
今更レプリカを置かれても感慨に浸るわけにもいかないし・・・・
そういえば、「方丈記」の冒頭の部分を毎年子どもたちに暗唱させた
今年(2017年)の同窓会でも、男の子がまだ覚えていますと言って
ちょっと誇らしそうに暗唱を始めた

ゆく河の流れは絶えずして、
しかももとの水にあらず・・・・

 

210410 京都紀行49(下賀茂神社1)

28日、5日目、最終日
この日に一番行きたかったところを残しておいた
「下賀茂神社」である
昨日、鞍馬に行く時に通った出町柳駅で下車
目の前の高野川に架かる「河合橋」を渡るとすぐに神社の境内へと入る

神社は鴨川と高野川に挟まれた三角地帯に位置している
おそらくこの三角州は、両川から運ばれた土砂で肥沃な大地を作っていたに違いない
太古、この地を占有していた賀茂氏が創祀したわが国最古の社の一つで、
正式名を「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」という

 

210405 京都紀行48(和)

神戸の最後の夜は、香港海鮮料理を食べに行くという
元町に「和」という美味しいお店があると聞いたので、
一緒に行こうというのである
こちらは任せるしかないし、
地元の人が美味しいというのだからこれ以上たしかなことはない

こうした夕食を食べていたら、秋の定期検診が心配だ

さあ、この京都紀行もあとは下賀茂神社と東寺を残すのみである