120928 森の住人から(あれから)

 シリーズも終わり、ご苦労様。随分と旅したものですね。ここへきて、ひとつひとつの写真を画面全体に広げることができるようになり、最後の日本三番目か四番目か?の大木を見ることができました。なかなか見ることの出来ないものなので、苔むした大木の生命力に感動。支える人の手も感じられました。

 さて、あれから、ほおづきの実は残念ながら、皮と同じように溶けてゆき、ついに透き通った葉脈のみとなりました。けれどこれで、この姿を永く保てるのではないかと期待しています。
 取り敢えず、添付してみました。

120925 森の住人から1(リメイク鬼灯)

 友人からたくさんの鬼灯を戴きました。美しいレース状にリメイクされたものと一緒に。水に浸すだけだから、やってみて・・・・と。早速、早速開始。最初は一日目。鬼灯のままです。一週間ほどして随分と皮の部分が溶けてきました。三週間目、葉脈だけ残して綺麗なレース状に。種を守る実はまだしっかりと朱色に丸い形を残しています。乾かせば完成です。どうなるか興味津々、楽しい時間でしたよ。来年はこの種を蒔いてみようと思います。
 さて、三枚の写真、送れるかな?

 届きましたよ。これで「森の住人」からの通信が始まりました。次はいつ届くかな?

120922 大楠紀行12(本庄の大楠)

 
 

 このあと、予定では朝倉にある大楠を観ることにしていたのだが、宇美から引き返すのも面倒なので、飯塚を通って築城を目指す。全国第3位といわれる「本庄の大楠」を見ようというのである。川古の大楠のところでは「本庄の大楠とともに5番目の大きさを誇る」とあったし、誰かのブログでは「第4位」とあった。いったいどれが本当なのか?私は昨年一人で出かけているし、ブログにも掲載している。ホントの話は、朝倉に行くと帰りにもう一度洪水の爪痕を見ることになるのが耐えられなかったというのがその理由である。

 
 

 「大楠紀行」というテーマは素晴らしかったですね、と佐藤さんにほめられた。ひそかにそう思っていただけにわが意を得たりである。さて、次のテーマは・・・・・・。

 さあ、やっと大楠紀行も終わった。長々と続けたなあという思いはあるが、終わってしまうとこの後何を掲載したらいいのか困ってしまう。誰かの言っていた「ぶらりお出かけ」でもしてネタを仕入れることにしましょう。あ、そうだ。ある人が早速写真を送ってくれたのでそれを次回は載せましょう。こうして輪が広まっていくといいなあ。

120918 大楠紀行11(大楠の森)

ここには25本もの大きなクスノキがあって、その中に巨木が2本あり、ともに国の天然記念物に指定されている。本殿に向かって右にあるのが「湯蓋の森」、左後方にあるのが「衣掛の森」。この木(湯蓋の森)の下で産湯を沸かし、そこで産まれたのが後の応神天皇で、その時の産衣を掛けた木が衣掛の森と呼ばれている。と、あくまでも伝承。
幹周りの大きさでは衣掛の森のほうが大きいが、湯蓋の森のほうはほとんど傷もなく、もちろん洞も見当たらない。根の張りや株もとの力強さに大枝を四方に伸ばした均整のとれた姿の美しさでは湯蓋の森には敵わない。
そうそう、「大楠」ではなくなぜここでは「森」と呼ぶのか。遠くから見ると1本の木がその大きさからまるで「森」のように見えるところからだそうだが、たしかにその大きさには圧倒される。

大楠紀行も残すところあと1回となりました。長々と付き合っていただきまことにありがとうございます。このあと、11月まで旅の計画がありません。できましたら読者の方で写真とコメントをメールで送っていただいたら「〇〇通信」として掲載しますのでお願いします。以前は「安曇野通信」があったのですが・・・・。
期待を込めて私のメールアドレスは「
kenzou432@yahoo.co.jp」です。

120914 大楠紀行10「宇美八幡宮」

 宇美町の中にあって静かな環境の中に鎮座している。宇佐八幡宮の広大さには劣るが、平日にもかかわらず参拝客も多い。それも観光客ではなく子どもの幸せを願う「お宮参り」の参拝客がほとんどである。ここは古事記に「その御子生み給える地を、宇美とぞ謂ける」とあるように神宮皇后が後の応神天皇を産んだ土地なので、この地を「産み⇒宇美」というようになったとか。
 したがって、ここには神宮皇后・応神天皇ほかを祀る。上の事蹟から安産の神として崇拝され、子安の石、子安の木、産湯の水などが点在している。というのは帰ってきてからネットで知ったことで今回の目的は「大楠紀行」なのでせっかくの見るべきものが目には入らなかったようだ。酉年なのにどうも亥年の傾向が顕著になってきている。しかし、これは個人的なものでなく、単に年を取って柔軟性が衰えてきただけのようでもある。   
 教訓「年はとってもいつまでも予習は大切だ」

120909 大楠紀行9(昼食)

 川古から武雄市内に移動する途中で洒落たレストランを見つけていたのでわざわざそこまで戻る。この頃、どこでもいいやでなく、こうしたところで食べましょうと思うように二人ともなった。臼杵あたりから変わってきたようだ。進歩である。
 いかにもこだわりのお店といった雰囲気で、すべてが個室になっている。佐藤さんとなんだから個室でなくて全然いいのだが、まあ気兼ねなく話はできる。今日のお任せランチはハンバーグ。ふつう食べることはないので美味しく頂いた。 
 さあ、午後は福岡県は宇美町。宇美八幡宮の大楠が目的である。

120905 4歳5ヶ月

前回のブログはこのブログに付いていたものだったのに、書き始めると4枚の写真だけでも1回のブログになるじゃないかとつい思い、2回になるとともに順番までおかしくなってしまう。いまさら作り直すのも面倒とそのままにする。

 

 「4歳5ヶ月」-年齢?それとも魔法の言葉?
 8月20日、東京の娘が孫を連れて帰ってきた。帰ったのは30日。この10日間は孫のためにあった。昨年はまだ幼くて元気はいいが言葉も少なかったが、今年はよくしゃべる。いろんな名言(?)を残したが、もっとも印象に残ったのは「4歳5ヶ月」である。
 これを上手く利用したのが連れ合いだ。泣きそうになった時、シャワーで湯が顔(これを一番嫌がるという話だった)にかかった時、おかずを残しそうになった時、「〇〇くん、何歳?」という。かれは元気よく「4歳5ヶ月!」と答える。かれの中では「4歳」ではなく「5ヶ月」というのが大きな意味を持っているようだ。それがエネルギーになって泣くのをがまんするし、シャワーもなんとかガマンできたし、ご飯も完食。なんとも便利な言葉である。来年は「5歳5ヶ月」。魔法の言葉となるか。それとも魔法が必要でなくなっているか。

120902 〇〇くん

   
かれの役目は「りん」を鳴らすこととろうそくの火を消すこと。  土曜日、母親と祖母は博多までコンサートに行く。後を追うでもなし、夜になっても寂しがるでもない。ひょっとして私が面倒を見てもらっていたのかも。 

 

   
昨年は「うみたまご」。今年は「到津の森公園」へ。とにかく乗り物に乗せておけばゴキゲン。  前日熱を出したので小倉駅で新幹線に乗るまで見送る。乗り換えにわずか9分しかないので遅れないように急いでいたらゆっくり別れを惜しむ間もなかった。 

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