260615 鎌倉紀行61(明月院7本堂後庭園)

本堂裏の奥庭はひとつの谷戸を庭園として整備したもの
6月のハナショウブが咲く頃と12月初旬の紅葉の頃に一般公開されます
明月院は「紫陽花寺」としても有名ですが、
紫陽花に先立って、奥庭では3,000本のハナショウブ(←クリック)が咲き乱れます
今は4月の22日、あと一か月は待ちます
それでネットとリンクしておきますので、クリックしてみてください

低いところに見える青い草がハナショウブだとか
そうそう右の写真の奥に見える窯は炭焼き窯だと書いてるのもあるし、
鎌倉焼の窯の跡とも書いてるものもありました
どっちかに統一してほしい
あと、青地蔵や亀の置物が・・・・

今は一般公開の時期ではないのですが、ユニセフに寄付すると入れるようになっています

要するに、この箱に300円を入れて遮っている竹の棒を動かせば入れます
ユニセフと明月院と  どんな関係があるのかな・・・・?

260610 鎌倉紀行60(明月院6六地蔵)

本殿を右に見て直進し階段を上がると、正面に「開山堂」が見える
方形で茅葺きの屋根の簡素な建物
扁額には「宗猷堂(そうゆうどう」の文字が記され、
内部には開山である「密室守厳(みっしゅつしゅごん)」の像が安置されています

階段を上り切った右手にはかわいい前掛けをかけた「六地蔵」さんたち
左手には季節の花を鉢に入れた「花想い地蔵」が安置されている
カッコよく六地蔵についての蘊蓄を傾けようと思ったのですが、
大昔に蛎瀬のばあちゃんに連れて行かれたお寺で聴いた記憶があるだけで、
もうとっくに記憶は残っていません
ということで、横にあった看板を載せておきます

 

260605 鎌倉紀行59(明月院5カエルの昼寝)

振り返れば、枯山水の庭園が広がります

前回来た時にはこの枯山水の石の上に面白いものを見つけました
大きな石の上でアマガエルが日向ぼっこをしていたのです
今回、それが見えなかったので、本殿にいた職員の方に聞くと、
もちろんあれは置物で、その季節季節でいろんなものを置きます
気が付いた人はすごく喜んでくれるんですよ
今は何もない時期なんです、と

ということで、今回は前に来た時の写真を載せておきます
右の石の上に、何かあるのが見えますか?
カエルの部分を切り取ることはできたのですが、
それを拡大する方法が分かりません

くそ・・・!!!

260601 鎌倉紀行58(明月院4悟りの窓)

明月院の本殿(方丈)は、紫陽花にちなんで「紫陽殿」と呼ばれている
本尊は「聖観音地蔵菩薩像」ですが、どこに安置されているのか分かりませんでした
と原稿には書いたのですが、
ピクチャを何度も見ているうちにそれらしき仏像を見つけました

方丈の中には、ここ鎌倉でおそらく最も写真映えすると言っていい丸窓があります
「悟りの窓」(←クリック)と呼ばれています

自分で撮った写真にもほれぼれしますが、
最も景色のいい時季には、
この丸窓の中にはうっとりするような世界が広がります

260525 鎌倉紀行57(明月院3山門)

「明月院」の石柱横を進むと、総門が見えてくる
大きな寺院の総門とは違って「院」の総門にふさわしくかわいいものである
門の下は閉鎖されているので、左側の拝観口から進む

桂橋を渡ると本堂に続く表参道に出る
緑あふれる道で、歩いていると心が落ち着てくる
山門へ続く石段の両側には、五月下旬から紫陽花であふれかえります
品種は、日本の古来種であるヒメアジサイ
その美しい青色から「明月院ブルー」(←クリック)と呼ばれている
なんとか生きているうちに見ることはできないものか・・・・・

〇赤い文字「明月院ブルー」をクリックする
〇下に出た文字をまたクリックする
〇写真が出てくる

260520 鎌倉紀行56(明月院2谷戸)

左には小さな川(今はほとんど水がない)で、右は山肌が迫っている
今は山肌に生い茂っているシャガの花が明るさを生み出しているが、
深い木々に覆われて、昼間でも薄暗くなっている
この谷間で見られる住宅はいい雰囲気なんだが、ちょっと住む気にはなれない

ふだん住む我が家は、周りは何にもないのっぺらぼうだから
そうそう、親父の田舎は宇佐の山奥だし、
おふくろの父親たちは豊前の山奥から、
当時出来た豊前海の干拓地の水田目指して降りて来たのだと聞いたことがある

260515 鎌倉紀行55(明月院1谷戸1)

建長寺を出て道を下ると、500mほどで「明月院」と書いた小さな石碑に出会う
そこを右折して「明月院の入り口」までは約250m
「明月院通り」と聞けばなんと爽やかな雰囲気を感じるかもしれないが、
道はやっと車がすれ違いできるような狭さ
ホントに狭い道である
鎌倉の典型的な地形で、「谷津(やつ)」「谷地(やち)」と呼ばれるもの

丘陵地帯が侵食されて形成された谷状の地形である
なぜそんな狭いところに人は住むのか?
そこが、農業の始まりの地であるから

260510 鎌倉紀行54(建長寺10方丈3)

裏手には開山の蘭渓道隆の策定と伝えられる国指定史跡の美しい庭がある
縁側に座ってゆっくり眺めることが出来る
右に大きな建物があるが、パンフレットには「得月楼」とある
どんな意味があるのだろう
月を眺めるためのものとは想像がつくが・・・・
庭の中心の池は「心字池」と名付けられている
となるとすぐに思い出すのはさだまさしの「飛梅」(←クリックである
またかと言わずに聴いてください
心字池に架かる 三つの赤い橋は
一つ目は過去で、 二つ目は現在(いま)
三つ目の橋で君が 転びそうになった時
初めて君の手に触れた 僕の指

どうしてこんなすてきな歌詞が書けるんだろう

※ ①赤い文字の「さだまさしの「飛梅」」にカーソルを持って行く
➁クリックすると下に「youtube.com/watch」が出てくる
➂そこをクリックするとさだまさしの「飛梅」に飛びます