100629 先輩

   

 今日(20日)、思いがけない人が我が家にやってきた。3つ年上で、私が中殿町に住んでいた時家が近くでよく遊んでもらっていた。私の兄弟はすぐ上の兄とは8つ、その上は12も離れていたので遊んだという覚えはまったくない。したがって、先輩の方が私にとっては兄貴的な存在だった。
 非常に真面目な人で、我が家の母親には絶大な信頼があって、その人とどこかに行くといえば一も二もなく許可してくれた。それではどこに行ったのか?ほとんど覚えていない。唯一覚えているのが映画である。古博多町の方にあった中津銀座(臆面もなくつけたもんだ)という小さな商店街の突き当たりに小さなちいさな映画館があった。「金星」という名の映画館で洋画の専門館であった。料金は確か20円だったと記憶している。そして2本立て。中学生の身分ではとてもじゃないが怖くて近寄り難い場所だった。先輩は高校生。入場券を買って入っていく姿のなんと颯爽としていたことか。
 先輩に連れて行かれて観た最初の映画が何であったかははっきりしない。が、その頃観たとはっきり記憶にあるのがいくつかある。ということで書き始めたらこの話題だけで丸々1回分の量になりそうだ。ということでこの件については次回に回そうと思う。先輩が来てくれたのは自分が作っている菜園でできた野菜(名前を教えてくれたのだがその場で控えなかったので忘れてしまった。申し訳ありません)のおすそ分けと私がブログに掲載した写真の果物の名前が違っているよと教えに来てくれたのである。
 「すもも」ではなく「あんず」だよ、ということです。ブログを見た知人は「欲しいけどまだあるかい?」と言ってくれたのに・・・・。処分しておいてよかった。あげたはいいが「こりゃ違うぞ!」と恥をかくところだった。先輩、ありがとうございました。 

100626 館長お薦めの一冊

   

 珍しいことが起きた。1冊の本を1日で読み上げたのである。昔はそんなことは珍しくなかったし、ここまで興奮する話でもなかったのだが。昼から回復措置で休みを取り、生垣の剪定をする。2時間ほどで終わったので、シャワーを浴びて、キンキンに冷やしたアイスコーヒーを飲みながら借りてきた本を読み始める。前回、図書館に梅原猛の「葬られた王朝」をリクエストしたらすぐに購入してくれた。それに味を占めて今野敏の「隠蔽捜査3疑心」をリクエストしたら、すでに図書館にあるということで配送してくれた。
 1と2「果断」は文庫本で持っている。今までの警察小説はどっちかというと一警察官(それも刑事)が主人公で、上に反抗する1匹狼という設定が多かった。ところが、このシリーズでは、主人公「竜崎伸也」。東大法学部卒、警視長。1では警察庁長官官房総務課長として、2では息子の不祥事で左遷された大森署の署長として辣腕を奮うという、今までにない新しい警察小説である。
 彼はとにかく「原理原則」を貫き通す。妻(彼女の夫に対する対応がなんとも魅力的である)や同期の警視庁刑事部長である伊丹俊太郎(彼と竜崎との関係も楽しい)は彼のことをずばり“変人”と呼ぶ。それに対して「本音とたてまえを使い分ける人がまともで、本気で原理原則を大切だと考えている者が変人だというのは、納得できない」と反論する竜崎。その彼がいかに部下を使い、上との軋轢を乗り越えていくのか目が離せない。
 2の「果断」の解説の最後には、「なお、すでにシリーズ三作目『疑心 隠蔽捜査3』が上梓されている。そのテーマの一つが《恋に落ちた竜崎》である」と書いてある。恋などとは全く無縁の生き方をしてきた竜崎、恋心が全く似合わない、妻には“唐変木”とまで言われる竜崎の恋。これを読まずに何を読む。久しぶりに読んだ。読んだ、よんだ、ヨンダ、面白かった!
 私の悪い癖でつい内容まで書いてしまいそうだ。ここはぐっと我慢して、みなさんが読んで楽しんでくれることを期待しよう。1で吉川英治新人文学賞、2で山本周五郎賞・日本推理小説作家協会賞を受賞したという。読んで絶対損のない本。店長お薦めでなく、館長お薦めの1冊! 

100623 なしか!

   

 今日(16日)、公民館の成人講座「文化の森大学」の6月講座があった。今回は大分から吉田寛さんを呼んで、「大分方言 なしか!」と題して講演をしていただいた。本業はコピーライターだといっていたが、OBS放送の毎週土曜日の16時40分から17時まで放送されている「夕方なしか!」に、アナウンサーの松井督治さんと掛け合いで出演していることで知られている。視聴者投稿番組で、暮らしの中の「なしか」と思うことを短いフレーズで伝えているが、ニヤニヤしたくなるだけでなくふっとしんみりと考えさせられることもあって人気番組である。
 みなさんも寛さんのことを知っていて、受講生ではないけど聞きに行ってもいいですかという問い合わせもあったほどである。今回37名の出席と昨年の月平均よりもずいぶん多くなっている。昨年は、1年を通しての受講生なのに自分の好きな時だけしか出てこない人も増えてきて、今の若いもんはなんて言えない状況になってしまった。5月の始業式でその点についてお願いしたがどうなるか? 
 まず、美容と健康の秘訣として①ハダシ②カボス③笑い④素直⑤練習の5つの言葉の頭文字をとった「ハカワスレ」の効用から話し始めた。その後、ラジオ番組「夕方なしか!」がどうして生まれたのかを話しながら、「言葉は文化→大分の中でも言葉は様々→方言は地方の文化」とつないでいきました。日田(なたーちー)玖珠(へ言葉)中津(~ちこ)長洲(みゃーまったんぼ)。そして、状況まで目に浮かぶかわいらしい言葉として(ツーダルダッタ)。
 次に、それぞれの地元の言葉で「なしか」が作られ、それが思いがけない笑い(ユーモア)と機知(エスプリ)を生んだと。
○タクワンがつながっちょるぞ。峰撃ちじゃ。なしか!
○ママ、今から行くで~。どこも行かんとはよ帰っちょいで。家にかかっちょった。なしか!
○今日は女房がだーねべっぴんに見えた。そんくれー暑かった。なしか!
○夫婦で締め切ってお灸をすえとったら、人が来たんで今ちょっと出られんちゅーたら、「お励み!」ちゆわれた。なしか!
 あっという間に過ぎた笑いと笑いすぎた涙の1時間ちょっとでした。理屈抜きに「笑い」はいいね~。(6/17)

100620 音と色

19日撮影 20日撮影

タイマツソウという名前がナゼついたのかよく分かりました。それにしてもたった1日でこれだけ変化するとは・・・・!

 この暑いのに相も変わらず裏の山道を昼休み歩いている。前は212号線向きに歩いていたのだがいろんな人から、「せんせい、頑張ってますね!」などと声をかけられるようになった。何度も言われるとだんだんと鬱陶しくなってきた。前にも書いた覚えがあるが、この「鬱陶しい」という字は見ているだけで「ウットウシ」くなりますね。
 急な坂道を4回ほど上り下りするのだがこれがけっこうきつい。何も考えずにただひたすら歩く。そうすると聴覚が敏感になってきていろんな音が頭の中を占領していく。一番よく聞こえるのが鳥の鳴き声。それもウグイスである。この時期のウグイスはずいぶん鳴き方に自信がついたみたいで他を圧倒するように大きく鳴いている。そのほかにも「ケキョ ケキョ ケキョ・・・・」と甲高く鳴くのもいる。次が風の音。木の枝が大きく揺れている。すると、葉ずれの音が谷を流れていく。最後に聞こえ始めるのが自分自身の立てる音である。まず足音。意外とよく響く。そして自分の息づかい。あえぎあえぎという音。
 今日はもう一つあった。ハチが目の前を羽音も高く横切っていった。けっこう大きな黒いハチである。「黒」といえばグランドの横を通っている時、通路のアスファルトに黒い棒みたいな物が横たわっていた。近づくと急に動き出したのでびっくりした。カラスヘビである。アスファルトの上では目だってしょうがない。何でこんな派手な色を・・・・・と思っていたら、草むらに入り込んだ途端分からなくなってしまった。全く目を離していないはずなのに消えてしまったのである。あのアスファルトの上では目だってしょうがなかった派手な黒も、本来ヘビがいるべき草むらでは完璧な保護色だったのである。
 厳しい生存競争の中で、それも長い時間をかけて獲得した保護色を人間ごときが知ったかぶりして「目立って」などとはヘビからすればなんと「おこがましい」ことかとなるだろう。暑い中を歩くのも意外といろんなことに気づかされているようだ。(6/12)

100618 ホタル2

栗の花が見えますか? この堰に腰を下ろして 山側と水面の両方にホタルが

 

 電話をするとみんな二つ返事で答えてくれた。初めは昨日の今日なので、宇佐のS先生夫妻だけに声をかけるつもりが、車ならもう一人とK先生にも電話をしてみる。そうこうしているうちに私にはかからなかったとなってもいやだなと、結局全員に声をかけることになってしまった。最終的には8人のうち6人で出かけることになった。
 右手の水田からはカエルの鳴き声がうるさく聞こえる。その鳴き声に負けずに左手の川岸からはヒュルヒュルーと。河鹿である。「清涼」という言葉がぴったりだ。すっかり日が落ちた山間(あい)の暗さの中ではそうした音に敏感になる。昨日連れ合いと行った場所よりもさらに川沿いを進む。黒いシルエットが覆いかぶさってくる。栗の木である。今が満開か、においが強烈だ。その木に邪魔されて高く上がれないホタルがまるでトンネルのように光を放つ。
 草に覆われた狭い道を用心しながら、しかし、ちょっと興奮気味に感嘆の声をあげながら先に進む。堰があって川の真ん中に出ることができる。少し広い場所を見つけていつの間にか全員座り込んでしまう。その体勢で岸を眺めるとちょうど山に登り始める前のホタルが集まっている。ゆらり、ふわり、すべり、静かにしずかに流れていく。だれかが声を上げたが、水面(みなも)にもホタルの光が映し出されて幻想的である。
 いつの間にか私たちのグループ以外の老夫婦が座り込んでいた。聞けば、北九州から来たという。金色温泉に泊まっているのだが、ここのホタルを宿の主人に教えられて来たのだという。昨年は東谷に行ったという。
 ある方に「今日は素敵な時間をありがとう」と言われた。「すばらしいホタル」ではなく「素敵な時間を」と言われたことがうれしい。

 せっかくのホタルをなんとか写真に撮りたいといろいろ調べ、とうとう中川カメラにまで行って教えてもらいました。それを家でリハーサルをして撮影に臨んだのにシャッターが切れません。Mモードで、シャッタースピードも絞りも教えられた通りに設定し、三脚を使い、リモコンでシャッターを押したのに、レンズは動くがシャッターが落ちません。前が真っ暗なのでピントが合わない、合わせようがないからなのか。それならホタルの撮影をしている人たちはどうしているのでしょう。理由が知りたい。なんとか撮影できるようになりたい。知ってる人、教えてください!(6/8)  

  

100615 私のワールドカップ

 写真がない。困った時の安曇野通信
 お転婆で、美形のお嬢さんに警護されての渓流釣り、だそうです

 

 私のワールドカップは午後11時39分に終わった。この頃11時を過ぎると条件反射でまぶたが重たくなる。以前はそれでもベッドの中に入って少しは本を読めたのに10分と続かなくなった。何年か前には9時を過ぎるとベッドに入っていた。年をとると子どもに戻っていくというが、私の場合は就寝時間から始まったようだ。それでも6時から7時まで眠れるのならいいのだが、4時とかどうかすると3時に目が覚めてしまうこともあって、それから実際に起床するまでの長いこと。以前そういう時にはいろんな「妄想」をするのが楽しみであると書いた覚えがあるがあれは嘘である。やはりつらい。
 そういう私も今回のワールドカップは第1戦が午後11時からというので何とか頑張ってみようという気になった。それまではツタヤで借りてきた「フリンジ4」を見ながら時間をつぶしたが、11時が近づくとやはりまぶたが重たくなってきた。それでも始まると目が開いてきたから不思議である。
 それにしてもどうして日本人はこうした時ネガティブな思考になってしまうのだろう。それも自分で落ち込むのではなく、これでもかこれでもかと選手や特に監督を槍玉に挙げる。まだ試合も行われていないし、負けてもいないのに・・・・・。言えばいうほど自分は高みに立って。「監督のベスト4という分不相応な目標、ライバル韓国に惨敗、司令塔・中村俊輔の不調、と問題が山積で国内もイマイチ盛り上がらない今回のW杯」。盛り上がらないようにしているのはお前ではないか。これは週間文春に載っていたコメントだが、当事者でない者が外からパッシングする典型的なスタイルである。第1戦の結果を受けてどう取り繕うのだろうか。おそらくこういう時のマスコミの得意技、「知らん顔」をするだろう。
 岡田監督の前日のインタビューを見た時、ずいぶん頬がこけてきたなと感じた。それを吹き飛ばしたのだから痛快である。それもどちらかといえば「悪がき」タイプの本田がゴールしたのだから。このゴールで安心してベッドに入った。というよりもう持たなくなったというのが真相である。
 朝起きると、そのまま1点を守りきり日本が勝ったとテレビが大騒ぎである。おそらくこれで手のひらを返したように評価は一変するだろう。変わることはいいことだし当然のことだが、あの始まる前からのパッシングはいったい何だったんだろう。

100614 ホタル1

 八面山を屋形から見ました  この橋のたもとを降りていきます  河鹿の鳴いていた岸

 ホタルの写真が撮れませんでした。次の日の昼間に現地に行きました。何か気が抜けた状況でした。 

 ホタルの季節になると血が騒ぐ、と言ったのはだれだったか?そうか、自分だったか!昔からホタルには格別の思い入れがあって、その時期が近づくとワクワクしてくる。高校生の時(遥かはるか遠くになったが)、近くの同級生が毎晩のようにやってきて二人で自転車でそれこそ中津中を徘徊してまわった。なんで親は知らん顔をしていたのだろう。そういえば不審尋問されたこともない。古き良き(?)時代だった。今の中津警察署の辺りは水田の水路が縦横に走っていて、この季節ホタルが溢れるほど出ていた。
 昨年は登山の打ち合わせ会と称して山国で食事をした後、2ヶ所ほどホタルがよく出ると評判のスポットに行ってみた。ところが、雨の後のため思いのほか少なくて残念だった。その時のブログにこう書いている。「それでも宇佐からの仲間は喜んでくれたが、自分としては物足りないし、私が感動したあのホタルの凄さをぜひ体験してもらいたかった」と。
 昨日、事務室ではホタルの話で持ちきりになった。指導員の方が息子と前日屋形に見に行ったというのだ。今年は例年になく多かったと言う。私も退職するまでは何度か蛍狩りに出かけた場所である。一度は山に登る前のホタルの灯りとそれが水田に映る灯りとが重なって幻想的な情景を作り出していた。繰り返しその場所に出かけるが二度と見ることがない。
 連れ合いに声をかけると久しぶりに出かけてみようかとなった。家を7時20分にでて、目的地に着いたのは8時前。まだうっすらと明るさが残っている。それでもすでに何組もの人たちが来ている。8時を過ぎる頃に川沿いの藪の中に光が見え始める。それが徐々に増えていき、気がついたらあたり一面にホタルが飛び交っている。川に沿って歩く。まるでホタルの光の中を漂っているような不思議な感覚である。「ワー!」「キャー!」「スゴイ!」と感嘆の声がうるさいと思っていたら何のことはない、自分も負けずに声を上げていた。
 今日は下見である。昨年の宇佐の仲間は少ないホタルにもあんなに喜んでくれた。ぜひこのすばらしいホタルを体験してもらおうと思っている。(6/8)
 

   
   

日本三大雪渓の一つ「鉢の木雪渓」だそうです。

100612 森田童子2

   

 タイトルに合う写真がありません。雨が近づいているのか、南東の温かい風が強くなりました。気がついたらこの風で熟れた「すもも」が落ち始めています。拾ったり脚立を出してもいでみたりしましたが我が家では食べる人がいません。眺めて、写真に撮って、ブログに載せるくらいです

 夜聞く音楽が変わった。ずっと小椋佳ばかりだったのにおそらく厭いたというのが本音だと思うが、今は作ったばかりの「森田童子」を聞いている。作ったはいいがこんな暗い歌、聞く気になれないなと思っていたのに豈(あに)はからんや、嵌まってしまった。
 理由は三つあるようだ。歩きながらこんなことばかり考えている。ひとつは言葉がそうだ。前回にも書いたがなつかしい言葉があちこちに散りばめられている。かっこよくいえば、同じ時代に生きた者の連帯感か。「球根栽培の唄」という題名もそうだし、「トランジスタラジオ」や「ガリ版刷りのアジビラ」なんてのも出てくる。今の若い人には死語に近いものだろう。「ストーブ代わりの電熱器」になると“パンがなければケーキを食べればいいのに”と誰かが言ったように“ストーブがなければクーラーをつければいいのに”と言われそうだ。ましてやこの言葉に目がうるうるした私の気持ちは理解不可能だろう。
 学生時代、友だちの下宿に行った時、彼の部屋にコタツがあったのを見て「金持ちだー!」とうらやましくなる前に感激したのを覚えている。だれもが貧乏な時代だったとはいえ、我ながら信じられない生活を送っていたと少しジマン(?)さえしたくなる。
 ふたつ目は曲である。全ての曲に共通するのは今の唄ではないということだ。当たり前の話だがこの唄が歌われた時でさえその時代の歌ではなかった。一言でいうと「大正ロマン」という言葉がぴったりだ。「菜の花あかり」や「まぶしい夏」、「サナトリウム」にいたっては昭和を通り越して完全に大正である。
 みっつ目は声である。「今にも消え入りそうなか細い声」と書いたがなぜかなつかしい。この声には女や女の子が感じられない。彼女がよく使う「僕」という言葉のせいもあるが、「少女」を通り越して「少年」の面影が色濃い。そうか、「阿修羅」に似ているんだ。だからあんなに暗い情念を歌っているのに暗さよりも繊細さが強調されるのか。