111103 セ・ン・パ・イ 2

白い秋明菊のつぼみ。掲載する写真がないので、と思っていたら安曇野通信があった。
日本一美しい「涸沢」の紅葉だそうです。たくさんの写真の届くことを期待して! 

 

 タイトルを「センパイ2」としたのだが、とりたてて書く内容がない。「1」でも書いたが、ヒロさんから携帯が入っていた。何日も見ないことが多いのに(ということは何日もかかってこないということにもなる)今日は虫が知らせたのか。胃を全摘したそうで「食べることが仕事になってしまいました」と。
 今日は普段になく用事が重なった。年金のことで市役所に、持病の薬をもらいに内科まで、そして、パソコンを買い換えたので受け取りにやまだ電機へ。ところが、今日は3日。つまり「文化の日」だ。全く忘れていたのではない。何度かカレンダーを見ては3日は赤い色になっているなとということは記憶にあるのだが、それが祝日で、病院や市役所はお休みなんだということに結びついていなかったのである。3月に完全退職して家にいることになったら脳細胞の神経細胞、ニューロンの働きが鈍くなってしまったようだ。それを世間では痴呆症の始まりというのではなかったか?

 NECからパソコンの修理の見積もりがきた。54.000とある。いつも世話になっているやまだ電機の方の情報で、「Lenovo」という機種なら5万から7万でお勧めのものがあると教えてもらった。その方自身が5万のものを購入しているのだという。私のパソコンはすでに7年経っているし、これだけの費用をかけても修理代と変わらない値段の今のPCの性能には到底及ばない。なんでこんなに安くなってしまったのかとありがたいのだが、これでメーカーは、ひいては日本経済は大丈夫なのかと心配になってくる。
 タイの洪水やギリシャのことで、私のPCのことから日本経済の先行きが不安になってしまった。以前だとこういうのを取り越し苦労と言っていたのだが、「取り越し苦労」で終わればいいのだが・・・・。 

111103 セ・ン・パ・イ 1

「あれ!?」と思うことでしょう。31日にアップしていたものです。これまでたくさんブログを書いてきましたが自主的に削除したのは2回目です。プライバシーに関わることかな思い始めたら気になってしまって・・・・。それなのに当の本人は、「センパイ!書いてくれてありがとうございます。それはそうとコメントを書いたのに消えてしまいました。センパイのPC、故障していませんか?」とわざわざ電話してきてくれました。下書きがありますのでもう一度アップします。

  知多のあっちゃんが26日から29日まで帰ってきた。91歳になる叔母さんが気になるのでと言う。彼女との思い出の最初は小学生の時。そろばんを習っていた中津経理学校(とっくの昔になくなったが)でのピンポンだった。それ以来、中学・高校と卓球部でともに遊び、帰ってくるといまだに連絡をくれる。
 27日夜、ヴォライユで食事をする。昨年の同窓会以来だからもう一年が経つのか!会って話すことときたらいつの間にか病気のことが主となってしまった。それだけ年をとったんだから仕方にとは思いながらやはり寂しくなる。あらかた出尽くしたところで、「さて」と身構え、「ヒロさんがね、ガンになったんだって」というとあっさり「知ってるよ」と言われてしまった。彼とのメールのやり取りの中で「先輩、実は・・・・・・」と教えられたそうだ。
 翌日ブログを開くと、なんと話題の主「ヒロ」さんからのコメントが入っていた。6月以来なので懐かしくてなつかしくて・・・・・。6月で途切れてしまった時は何かあったのかなと思ったきりで、あとはたまに思い出すだけで深く考えもしなかった。そんなもんだと思いながらもやはり「この薄情者!」と反省しきり。やはり同じように「先輩、実は・・・・・」。彼の「セ・ン・パ・イ」という言葉は、聞いてもこうして目にしても心がほんわかとしてくる。あっちゃんもそうだと言う。ヒロさんの人柄が感じられてうれしくなるのだと。あの元気印のヒロさんのことだから必ず元気になるよよ言いながら分かれる。
 来年こそ、彼の元気な姿を見て、彼のあの独特の「セ・ン・パ・イ!」ということばを聞きたいものだ。

 なぜ、また掲載する気になったのか?ヒロさんのことばともうひとつ、このブログの始めにその動機として書いた「私をおーちゃんと呼ぶ彼のために(というより自分のためなんだが)何かを残しておきたいと思ったこと」というのが大きな理由である。変に気にせず、こんなこと書くこともおーちゃんなんだと思ってくれたほうがいい。、ひょっとして掲載したほうが私とヒロさんとの思い出もネットがある限り残るのでは、とカッコつけて思っても見た。

111101 フランス紀行15(モン・サン・ミシェル4)

ブレブレ ネットから

 私たちの部屋からちょうどモン・サン・ミシェルが見える。建物と建物のわずかなすき間からだから隣の部屋ではもう見えない。
 20:00からライトアップされるというので江尻さんに引率されてホテルを出発する。といっても遠くから眺めるだけなのだが。12名参加で男は私ひとり。とにかく台風のような風が吹き付けるし、その上、時々雨までが斜めに吹き付ける。
 ああ、なんで出てきたのか?夜景には絶対必需品の三脚も持っていないのに・・・・。案の定写真はブレブレ。橋の手すりにばっちり固定したつもりがこの強風下。まともに撮れたのは一枚もない。
 それでも一言付け加えておくと、なんで出てきたんだろうかと思いながらも、闇の中に浮かび上がるモン・サン・ミシェルは、喜びに包まれながら死ぬほどではないが、やはり神々しい。 

111030 フランス紀行14(モン・サン・ミシェル3)

 モン・サン・ミシェルにいる間、激しい雨風に遭ったかと思うとまた晴れ間がのぞくといった繰り返しだった。海辺だけに天候の変化が激しいが、特にここはそうだ。
 今はわずか数名の修道士と修道女が近隣の町から通ってきて管理しているそうだが、これだけの観光客に押しかけられたら落ち着いて瞑想にふけるなんて夢のまた夢。それにしても土産物屋が坂道に軒を連ねていたりしていて6月に行った台湾の九份(台湾紀行14)を思い出す。最上階にある回廊はちょうど出発前にテレビで特集を見た。よくいう空中庭園といった趣だ。明るい光と優美な柱とがおそらく厳しい修行の合間の安らぎを与えただろう。 

111028 フランス紀行13(モン・サン・ミシェル2)

     

 サン・マロ湾に位置するわずか200mにも満たない岩山に8世紀の始めに修道院が築かれる。当時のオベール司教が夢の中で大天使ミカエルに「この地に聖堂を建てよ」とのお告げ(奇跡)を受けた。三度目にやっと信じた彼が礼拝堂をここに建てたのが始まりという。
 もともと当時の人々は、ほとんど平地のこの地に、しかも海の中に浮かぶ岩山に何か異様(=神聖)なものを感じていたのだろう。そこにこの奇跡が結びつくことによってモン・サン・ミシェルという信仰の地が生まれたのである。この湾の干満の差は最大で15mもあり、最も大きい満ち潮の時には猛烈な速度で潮が押し寄せ、多くの信者たちが亡くなったという。ここまでは全て江尻さんの受け売り。ここからは私。
 彼らは押し寄せる海水に恐怖を感じながらこのモン・サン・ミシェルの地で、この崇高な姿を見ながら生を終える幸福感を覚えていた。こうした岩山にこれだけの修道院を建てた信仰心とここにたどりつこうとただひたすら歩き続けた信仰心とその姿を見た喜びと、大天使ミカエルの愛に包まれ、恍惚とした想いで溺れていった、と思いたい。

 モン・サン・ミシェルといえば、海の中に浮かぶ修道院を思い浮かべる。ほとんどの人はそう思うし、だからこそ憧れの地でもある。ところが、現在のモン・サン・ミシェルは島と陸地の間に陸続きの道路が造られ、潮の干満に関係なく渡れるようになったのだが、これによって潮の流れがせき止められ、今では島の間際まで潮が満ちてくることはほとんどなくなっている。そこで、かつての姿を取り戻すべく道路を取り壊し、新たに橋を架けることが計画されているそうだ。これだけ陸地化が進んでいるのにかつての姿を取り戻すことなんてできるのだろうか。それこそ「奇跡」なのでは・・・・・ 

111026 フランス紀行12(モン・サン・ミシェル1)

  ホテルを8:00に出発。モン・サン・ミシェルまで300キロ、5時間の行程。5時間というとたしかに長いのだが、フランスの田園風景に見とれて長いとは感じなかった。時間というのは気持ちしだいでどうにでも感じられる典型例。
 途中、農家を改造したレストランで昼食。外からは古く見える(馬車などを置いて)が、中はリニューアルしたばかりで洒落た清潔な造りになっている。若い娘さんたちが声を上げて写真を撮っているのにつられて何枚か撮る。
 料理も素朴ながら美味しい。ふだんあまり食べようとしない野菜がおいしい。特にニンジンが甘くて連れ合いの分までもらって食べた。ビールも銘柄は分からないが口当たりのすっきりとした味である。ラベルを見るといよいよモン・サン・ミシェルが近づいたなという感じである。これまでのところ日本でいうフレンチというほどのものではないが、フランスでふだん食べられているものがほんとに美味しい。

111024 市民の本棚

   

 図書館から連絡が入る。リクエストされた本が入荷しました。一週間以内に貸し出しに来てください。今回は二冊頼んだ。佐々木譲の「警官の条件」と今野敏の「隠蔽捜査4転迷」である。確か新聞に新刊書として広告が出ていたのを見て図書館に申し込みに行った。これまではどうしようか迷いながら結局は本屋で予約するか店頭に出るのを待って購入していた。娘のようにネットで買うというところまではいっていない。
 そうすると本棚がまたあふれてしまう。退職した時、教育関係の本はほとんど処分した。それでも全集などはもう読みもしないのに捨てきれず埃をかぶっている。片付けるのが大好きな連れ合いには事ある毎に捨てろ、すてろと言われ続けている。
 そういう状況なのでこの「リクエストカード」は全くありがたい制度である。自分で買う必要もなく、読み終われば図書館に返せばいい。新刊でなく中津の図書館にない場合は 県内を探して取り寄せてくれるし、県外であれば送料の半額を負担すればよい。新刊を希望すれば購入してくれる。この制度を知って以来どうしても読みたい本はリクエストするようにしている。ちょっと厚かましいかなとは思わないでもないが、市の図書館のモットーのひとつに「市民の本棚」とあるし、館の人が自分のお金で買うのではなく図書館の予算で買うようになっているし、第一、そういう制度があるのになんで利用するのが厚かましいのかと開き直っている。
 さっそく図書館に出かけ受け取ってくる。帰りに明屋(本屋)で立ち読みをしていると読みたいなという本を新たに見つけた。海堂尊の「ナニワモンスター」。しかし、すぐに申し込むのはやはり「厚かましいかな」とさすがの私も考える。悩ましいところではある。

111023 フランス紀行11(ベルナール)

     

 アンボワーズ城を対岸に見るところでバスが停まる。運転手のベルナールが河岸にレオナルド・ダ・ヴィンチの像があるからみんなに見せたいと言う。寄りかかっているのは「メデューサの頭」。頭髪は無数の毒蛇で、見たものを石に変えるというギリシャ神話に出てくる怪物。中学時代、学校の図書室で借りて夢中になって読んだ記憶がある。現代のギリシャは大変なことになっているようだ。
 前回、ダ・ヴィンチを弘法大師に例えたが訂正する。ダ・ヴィンチはアンボワーズ城で晩年の3年間を過ごし、死後、遺言により城の教会に葬られているという。ということでシャンポール城の「二重らせん階段」は彼の設計であるという可能性は大きい。

 「ベルナール」-見るからに人のよさそうな典型的なフランス人(とはどういう人のことを言うのかな?)。笑顔もいいし、なぜかみんなに好かれる。目尻が下がって、ひげを生やして(ここまでは私もそうなんだが)いつも笑っていて、若い女の子の言い方をすれば「かわいい!」となる。気軽に写真を撮ってくれるし、一緒に映ってもくれる。
 食事の時にはスマートフォンに入れている女の子の写真をみんなに見せてくれる。江尻さん曰く、「奥さんでないのはタシカ。でも、彼女であるかは定かではない」そうだ。とにかくみんなの人気者。