111123 フランス紀行22(セーヌ川クルーズ)

 セーヌ川クルーズ。オプショナルツアーで別料金。ちょっと高い気もしたがやはり参加してよかった。同行者の奥さんが、おそらく二度と来ないんだから行きましょうよと強く誘ってくれたので思い切れた。
 まだ明るいうちに乗船したが、すぐに夕暮れから夜へと、パリの二つの顔を見ることができた。もうパリは肌寒くなっていたが、岸辺には恋人たちが寄り添ってここにこんな風景がと願ってた通りのものを見ることができたし、周りの景色が闇に包まれていく時間の流れ。川面に揺れる光たち。船首に立って肌寒い夜風をまともに受ける。全てがウキウキした気分にさせ、ワクワクとした高揚感に包まれる。
 「オー!」という異様な歓声が起こる。左手を見るとライトアップされたエッフェル塔(それだけ十分に美しいのに)に青い光が点滅している。「定時になると光が点滅します。それはそれは見事ですよ」とガイドさんが言っていたが、まさに「見事」の一言に尽きる。 

111120 フランス紀行21(ルーブル美術館2)

サモトラケのニケ ミロのビーナス

 彫刻でルーブルの至宝と呼ばれているのは「ミロのビーナス」と「サモトラケのニケ」である。ミロのビーナスの方が圧倒的に知られているし、ルーブルでの人気も当然ながらこちらの方が勝っている。しかし、私がどうしても見たかったのはニケの方である。
 ニケは階段の踊り場に展示されている。当然私たちは彼女を見上げることになる。圧倒的な迫力で迫ってくるその姿に一瞬息が止まりそうになった。豊かな胸に下半身。そして、前かがみになって翼を広げるダイナミックな姿。今まさに飛び立とうと総身に風をはらんで立つ優美な姿。それが女性(勝利の女神ニケ)であること。そして、その一部(頭部)が欠けていることでかえって普遍的な存在になったといえる。この角度から見る彼女が最も美しく見えるがどうだろう。

 私もびっくりしました。これまでほとんどの美術館・博物館で写真撮影は断られてきました。だからそういう場所では写真撮影が許されるなんてありえないという考えが刷り込まれていました。最近ある美術館で監視の人がいなくて禁止の文字も見えなかったので恐るおそる写真を撮りました。今でもよかったのかと不安になります。それがルーブルでは何も言われません(フラッシュはだめだそうですが)し、誰もが当然のごとくカメラを向けています。日本でもどうにかならないモンだろうか。 

111117 フランス紀行20(ルーブル美術館1)

まず目につくのがダン・ブラウンの小説「ダ・ビンチ・コード」とその映画化であまりにも有名になったピラミッド。美術館の入り口「ナポレオンの中庭」と呼ばれるところにある。今ではモナ・リザ、ミロのビーナスに次いで、第3位の人気スポットになったそうだ。1993年、できた当時は相当 不評だったとか。  
 モナ・リザの前は一番の観客で、これだけの観客に何十年となく見つめられたらあの「微笑み」もいつまで続くだろうかといらぬ心配をしてしまう。「しようがないわね」とあの微笑みが苦笑しているように見えて仕方がない。
これだけの人ごみ(今気づいたのだが「ごみ」とは失礼だ)も阿修羅展の時の人ごみ(やはりつい「ごみ」と言っしまう)には負ける。あの経験をしていたら少々のことでは驚かない。ゆっくりと前に出て行く。そして撮った写真がこれ。
 
グランド・オダリスク。同時代の批評家からは「この女の脊椎骨の数は普通の人間より3本多い」と揶揄された、などとガイドは知ったかぶりをして言う。そう言われてみればたしかに妙に長く見える。しかし、だからと言って彼女の美しさ、妖艶さが少しでも減るもんではない。批評家もガイドもそれこそいらぬおせっかい。   
   
   
民衆を導く自由の女神
美術の教科書の定番だった 
ナポレオン一世の戴冠式
実際はもっと大きな絵だが、ナポレオンをメインに 

111114 フランス紀行19(エッフェル塔)

     
     

 本日の市内観光はルーブル美術館を除いて車窓観光と計画にはあった。そうだろうな。2日間ともなにもかもゆっくりと見て回るなんて土台無理な話と分かっていてもほとんどバスからとは・・・・・・・。コンコルド広場を中心に見学して回ったが、聞いた時には分かっていた説明もバスの動きとともに頭の中を素通りしてしまった。それでもエッフェル塔だけは真正面に塔を望めるスポットで写真をゆっくりと撮るだけの時間はとってくれた。「Merci!」
 ここはシャイヨー宮のトロカデロ広場で、ここからのエッフェル塔は絶景でどの観光パンフレットにも載っている場所である。エッフェル塔=高さでは東京タワーに少し負けるが、姿はこちらの方が断然いいと個人的には思う。色も落ち着いているし、下半身がどっしりとして安定感がある。まるでフランス女性(失礼!)のようなスタイルだ。何より周囲に高い建物がないのでエッフェル塔だけがあますところなくその存在感を誇示している。足の間から遠くにはエコール・ミリテール(旧陸軍士官学校)が見える。この景色にマッチしている。

 写真の順番が狂ってしまった。たてや横やサイズの違いなどで始めに考えていた順序で挿入してみるとあっちこっちに飛んでしまった。そこで、サイズと形でまとめてみると上手く並んだ。昔、ワードで学校だよりを作っていた時に写真を挿入すると文字が飛んで回って拾い集めるのに苦労したことがあった。それを思い出した。
①ノートルダム寺院 ②広場の噴水 ③遠くに凱旋門を望むシャンゼリゼ通りだと思う ④この建物はどうしても思い出せない ⑤エッフェル塔 ②足の間にエコール・ミリテール ⑦オベリスク ⑧凱旋門 ⑨同行三人 ピース! 

111112 フランス紀行18(自由の女神)

ミラボー橋 橋にかかる彫刻が目立つ 自由の女神像 真中に小さく サラダ 濃い赤がビート

12:30、パリに入る。セーヌ川に架かるミラボー橋が迎えてくれる。セーヌ川にはたくさんの橋が架かり、雰囲気のある橋も多い。その橋をめぐるツアーもあると聞く。たしかこのミラボー橋を題材にしたシャンソンがあったのを記憶しているが何と言ったっけ。その先にはパリでは珍しい高層ビル群を背景に本家「自由の女神」像が見える。パリの街には高層ビルは似合わないでしょう、と思うのだが、そうも言っていられない時代になったのか。アメリカ独立100周年の記念にフランスから贈られたニューヨークにある自由の女神のほうが有名だが、本家の像はこじんまりとしている。それにしてもこの女神像、あちらこちらで見かけるが、たしか宇佐にある10号線沿いの中古車センターにもこのレプリカがで~んと飾られている。人気者だ。
13:00、昼食。サラダに入っていた赤カブ(ビート)が酸味が効いて美味しい。

111109 フランス紀行17(江尻さん)

   

 以前にも書いたが、添乗員の江尻さんには散々脅された。最初はうんざり聞いていたのだが、どうした心境の変化か、この脅しが耳に心地良くなってきた。おそらく彼女の私たちの身を案じる思いが伝わってきたからだろう。その思いはモン・サン・ミシェルで形として見ることができた。その彼女が素敵な話をしてくれた。それは・・・・・
 大震災の後、東北の観光地が落ち込んでいることを知り、ガイド仲間や阪急交通社の関係者に呼びかけて会津若松へのツアー旅行を企画したそうだ。何とか助けたいという思いを形にするには私たちのできることはこれだから、と。いったいこの団体は何なんだろうと何度も聞かれたし、どこでもどうしてやってきたのかを話しまくりました。すごく喜んでくれましたよ。買い物だってしまくりました。その「しまくりました」という言い方がかわいいやらおかしいやら・・・・)。一人で会津のお酒を何本も買いまくり、この人、どれだけの酒飲みかと思われたようです。たしかに呑みそうな雰囲気は持っている。お一人様で居酒屋に出没しそうである。
 だんだんと震災の話も途切れがちになっている昨今、忘れていないよと伝えたいし、伝えるだけでなく何か形になることができたらとつくづく思う。他人事みたいだけど「江尻さん、がんばれ!」。 

111107 卓球部同窓会

今年は記念の年だそうだ。つまり、10回目=10周年である。集合写真は会の始まる前に撮ることが決まりだ。そう、酔う前にということ。たしかにみんなまだまともな顔をしている。今年はいつものメンバーの中から二人が欠席した。一人はおじさんの法事だとか。もう一人は「ヒロさん」だ。やはり参加することは叶わなかった。しかし、れいこさんの話ではずいぶん良くなっているとか。何日か前に電話で話した時にはずいぶん元気がないなというのが正直な感想だったが、れいこさんはもっとひどかった時を知っているので「これからだんだんと良くなるよ」と自信たっぷりに言う。その気持ちがこちらにも伝わってきてずいぶん気持ちが明るくなってきた。ヒロさん、みんな心配しているし、元気なあなたに会えることを楽しみにしていますよ。来年こそは会いましょう!
ところで、10年も経つと同窓会の雰囲気もずいぶん変わってきたなと思う。昨年も書いたが、この同窓会は「参加できるのは幸せであり、だれもが幸せを求めて参加しているはずである」と私は思っている。お互いを思いながら集まり、楽しい時を過ごすのが同窓会のはずだ。話変わるが、4年に一度開かれている中学校の時の同窓会に60歳の還暦同窓会以来出席しなくなった。中学校の時、お前にいじめられたことがある。いまだに恨んでいるなんて、からまれてうんざりしてしまったからだ。いじめられることはあってもいじめるなんて、とは思うが、50年近くそう思って生きてきたんだろうからいまさらそんなことはないなんていっても聞く耳はもたないだろうし・・・・。ということでこちらのほうで縁を切ることにした。それにしてもこんなに長いとその思いはすでに「怨念」になっているのではとこわくなってくる。
書き換えようとするのに内容はあまり変わりません。この辺で止めておきましょう。

111105 フランス紀行16(パリへ)

 8:00にホテルを出発。一路パリへ。2時間で休憩。こちらではガソリンスタンドにコンビニが併設されている場合が多い。バスを降りるとひんやりとする。乾燥した空気なので心地いい。バスの温度計では17℃である。この話は9月の16日のことだからあれからもう50日は経っている。それなのに九州は毎日20℃を超えて夏日になることもある。
 誰かが言っていた。「山がねえなあ!」。モン・サン・ミシェルを出てすでに3時間が経とうとしている。その間、時々森らしきものが農地の合間に見え、農家が点在し、牛が寝転がっているのをのぞいて、ただひたすら平地が続いている。見方を変えればのっぺらぼうで代わり映えのしない自然ともいえる。だからこそ、わずか200mにも満たない岩山に特別の思いを寄せるのだろう。そして、ちょっと高いところがあると「OOのスイス」と名づけるのだそうだ。

〔閑話休題〕 これは11月の2日に掲載する予定でした。この日は私の66回目の誕生日でした。だからどうだというわけではないのですが・・・・・。