120820 35年ぶりの同窓会2

庭の草をとっているとカエルがあっちこっちからやってくる。あいさつではないからひょっとして私の動きがエモノ(虫)の動きと思ったのではないだろうか。

 

 shalalanさんのコメントの中に「何を習ったか、ほとんど記憶に残っていないけれど、朗読していた声が今も思い出されます。静かに怒る先生がとても怖かった生徒です」とある。他の生徒にも、それも何人にも同じことを言われた。その当時の国語の教科書に井伏鱒二の「山椒魚」があった。それを私が朗読したそうで、冒頭の部分「山椒魚は悲しんだ」が特に印象に残っているのだと言う。よっぽどカッコウ付けて読んだんだろうな。「ほとんど記憶に残っていない」にしては何人もの人たちの記憶に残っているなんて、なんて幸せな教師人生なんだろう。
 記憶に残っているということがもう一つあった。「先生に習った古典の暗唱、今でもできるで」と言いながら「ツキヒハハクタイノカカクニシテ、ユキコウトシモマタタビビトナリ」と始める松葉くん。隣では「行く川の流れは絶えずして、しかも本の水にあらず」と、ごめん!名前を思い出せない。(つづく)

120818 35年ぶりの同窓会で

夜に撮ってみた「夏水仙」です。

こんにちは!35年ぶり(注1)にみんなに会うことができました。佐伯から帰ってきて下毛郡(注2)での初めての学校が耶馬渓中学校でした。その時みなさんは3年生でした。だからわずか1年だけの触れ合いでしたが、思い出に残る学年でした。今日の幹事の中島くんには会うたびに「なんで同窓会をしないんだ」と文句ばかり言っていたので、ホントに今日という日が楽しみでした。
これまでの35年間にはいろんなことがありました。50になる前には生きるか死ぬかの大病もしました。いまでは病気の前より元気になり、年に2回は久住に登る仲間もできました。だから、今ここにこうして立てて、みんなに会うことができたことに感謝しなければとつくづく思っています。
恩師あいさつも長くなると嫌われます(注3)。それではこの後の時間を楽しみたいと思います。

(注1)実際は15年前にも同窓会はあったし、私も出席したそうです。中島くんにあとで言われて愕然としました。
(注2)大学の友だちに「下毛」にある中学校に転勤したと連絡したら、「お前にぴったりのところに行ったな」といわれてしまいました。九州校長会の鹿児島大会の時、佐多岬での昼食会場の看板に書かれていた「下毛郡校長会御一行様」に誰がいたずらしたのか「したげ」とフリガナが打たれていました。
(注3)私の前の恩師あいさつが長くてながくて正直うんざりしたので、俺はすっきりしたあいさつにするぞと張り切りました。もちろん、実際にはこんなに短くもすっきりとしたものでもありません。

120816 大楠紀行6(塚崎の大楠1)

   

 武雄にはもう一本、大楠がある。塚崎の大楠である。34号線に戻る途中で看板に従い右に折れる。何メートルも行かずに「塚崎の大楠」という矢印のついた看板を見つける。ところがその矢印がどこを向いているのかよく分からない。
 近くにいた人に聞くとなんと「私は愛知から仕事で来ている人間なので、すいません、分かりません」という。「すいません」と言われたのには何と答えていいものやら。こちらの方が恐縮してしまった。帰りにもう一度会うと「見つかりましたか?」と声をかけてくれる。素晴らしい自然に触れる楽しみもある(もちろんそのために出かけているのだが)が、こうした何気ないちょっとしたふれあいが、心が温まり、なんとも嬉しい。

120813 大楠紀行5(武雄の大楠3)

   

 大楠までの上りで小さな女の子とお母さんに会う。彼女は右手に網を持ち、左手に何かを握っている。すれ違うときに彼女から声をかけられる。「セミを捕ったんよ!」自慢そうにそう言い、左手を広げる。たしかに小さなセミが握られている。そうか、もうそんな季節になっていた(7月7日)のか。
 「すごいね、気をつけてもっとセミを捕ってね」という。なんかほのぼのとした気分になった。それは佐藤さんも同じだったようで、「かわいい子ですね。今は虫捕りに夢中になる子どもが少なくなりましたね」という。その子が女の子で、髪は天然のもじゃもじゃしているところが素敵だ。
 彼女にとって素敵な夏でありますように!

120810 大楠紀行4(武雄の大楠2)

   

 幹周り20m。高さ30m。川古の大楠のあっけらかんとした明るさとは対照的である。周りに多くの木を従え、少し暗く、あふれんばかりの湿気が周りに広がっている。この木も樹齢3000年とあるが、そうだろうなと思わせる雰囲気を持っている。

   

 急な坂の途中に成長しているため根の発達が凄まじく、幹なのか根なのか判然としない。少し前かがみになった姿はのしかかってくるようで迫力満点だ。その姿から龍が巻きついているといわれているが、そう思わせるだけの迫力満点だ。

120807 大楠紀行3(武雄の大楠1)

 武雄市内を走る34号線を横切ると武雄高校の看板が。たしかに高校生が部活なのか土曜日なのにたくさん歩いている。その右手、武雄神社の裏山にそれはある。34号線は10年以上通った有田陶器市への通り道である。通るたびに見た「武雄の大楠」の看板が気になって、いつか見てやろうと思い続けてきた楠だ。「まだ見ぬ君」だけに憧れは募っていた。いよいよご対面である。
 本殿から歩いて登り5分。竹林を過ぎるといきなり現れる。山の中の一角だけが切り開かれてそこに周りを睥睨するようにそれは立っている。

120804 大楠紀行2(川古の大l楠2)

どこを基準にしたのか分からないが全国5位の巨木という。あるところでは3位にランクされていた。どれが本当やら・・・・・・。根回り33m、幹周り21m、高さ25m。枝張りは東西南北27mに達しているという。

たくさんの木々に囲まれてたたずむ姿もいいが、このように平地に孤立して立ち、遠くからも見通せる姿も独立独歩で風格がある。説明板には「樹齢3000年」と書いてあるが、あるところでは「推定」といい。あるところでは「伝承」という。本当のところは・・・・・・・。いずれにせよとんでもない時間である。たしかにそれだけの時間を生きてきたという誇りまで漂わせている。

120801 大楠紀行1(川古の大楠1)

 

 

  武雄北方ICまで意外に時間がかかった。おそらく212号線での何ヶ所にも及ぶ片側通行のせいだと思う。今回の大雨の影響であちこちの住宅・施設・橋・道路の被害が大きくて、日田までの道、気が重くなりますよという佐藤さんの言葉通りだった。いつもだと何が何でも写真を撮る私が黙りこくって(?)ただひたすら運転するのみだった。
 ナビが目的地周辺ですと繰り返し教えてくれるのだが、狭い路地に入り込んで巨木のはずの楠が見つからない。うっかり通り過ぎかけた駐車場に停めると、目の前に「川古の大楠公園」の看板が立っている。道に沿ってたくさんの木がたっているので大きいはずの楠が目立たないのだ。

今日から「大楠紀行」が始まります。この頃佐賀づいています。

 

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