230220 神戸京都18(よーじやカフェ)

法然院を出るころには昼前になっていました
哲学の路ではあちこちに小さなカフェが点在しています
決めかねていたら、古い建物を見つけました
「よーじやカフェ銀閣寺店」と書いています

そういえば、昔、清水寺から三重塔への坂の小径の途中で
よーじやのお店に寄ったような気がする
この路は確か「産寧坂」とか呼ばれていて、
この言葉はさだまさしの何かの歌にも歌われていたはずだ
よーじやでは名物の「あぶらとり紙」(←クリック)を買った覚えがある
誰のためのお土産だったのやら・・・・?

よーじやカフェに戻ります
旧家屋をそのまま利用した座敷スタイルのカフェです
普段はがっつり食べる方ですが、
連れ合いがいないので(意味が分からない!!)ちょっとお上品な軽食にしました
なんと、「お団子とお抹茶セット」です
きれいなお庭を見ながら「お団子」を食べて、
それが昼食なんて、自分でも信じられません

※見つけました
「祇園会」(←クリック)という歌です
昔はすぐに見つかったのですが、今は、彼の歌、制限がかかっているのか・・・・

230215 神戸京都17(法然院2)

春と秋の特別公開の時以外は本堂等に入ることは叶わないそうです
一度は観たいもの
本堂の中庭にあるという「三銘椿(さんめいちん)」と呼ばれる椿である
春は4月1日から7日までとか
今は4月26日  残念!!

それでも素敵なものがいくつかありました
本堂玄関の衝立・シャクナゲの花・藤の花
そして、手水鉢いっぱいに活けられた椿の花びら

230213 バレンタインチョコ1・2・3

今年もバレンタインチョコをいただきました
まず初めのチョコは連れ合いから
お店は「Cacao Romance」(←クリック)
薬院大通駅から徒歩10分 中央区の浄水通りにあります
昔々、一度だけ連れて行ってもらったことがある
近くに動植物園があって、閑静な場所でした
一度は住んでみたい憧れの場所ですし、憧れで終わってしまいました
その時買ってもらったチョコがこのデザインの箱
もう何十年も変わっていません
あと、何回もらえるか・・・・

あと二つは、娘からと新卒で赴任した大入島中学校での教え子から
彼女は宗像から月に一度、連れ合いの布花を習いに来てくれているが、
ふたりは、島の時から仲が良かったようだ
会うべくして会ったということか・・・・・

 

 

230210 神戸京都16(法然院1)

 

ちょうど3人の外人さんが出てくるところだった
苔むした屋根がなんともいえない風情を醸し出している
大寺院を見てきただけに余計にそう思えるのかもしれない

学生時代、哲学の路を訪れて、この寺を見つけて感動したことが二つある
ひとつは、訪れる人がほとんどなくて、この空間を独り占めできたこと
もう一つは、あの時も入山料が無料だったこと
貧乏学生には優しいお寺だった  そして今も変わらず・・・・
山門を入ると、参道の両側に白い砂盛がある
「白砂壇(びゃくださん)」という
その間を通ることは、心身を清めて浄界に入ることを意味しているそうだ
私にその資格があるのだろうか、なんてちょっとカッコつけて・・・・

230205 神戸京都15(哲学の路2)

春は両岸の関節桜で花のトンネルとなる
今(4月29日)は、種類は分からないが一本だけ赤い桜が残っている
9年前、娘と孫と3人で、姫路城から京都市内を歩いたことがある
娘にとって私は、
読書家で・物知りで、特に歴史には一家言持っていると思い込んでいる
香港から帰ったばかりの孫に日本の歴史を話してほしいという要望に応えて、
ついでに哲学の路を歩いたのである
これは完全に自分の趣味のためだったともいえる

その時は4月の5日で、まさに花のトンネルであった
この時話したことが少しでも彼の心の中に残っていてくれたらと思う

230201 剣客商売2

本文に入る前に別な話を
連れ合いに急に誘われて、イオンの前にある映画館に行きました
6月に行った「トップガン」以来です
タイトルは「レジェンド&バタフライ」です
3時間と長かったのですが、楽しく観ました
長くなりそうな予感がするので、ここでストップ

 

この食事場面も印象的だが、私は「浅利」を扱った料理の方が好きである
第9巻の「待ち伏せ」に出てくる
鰻売りの又六の老母・おみねにふるまわれたのが「深川めし」だ

おみねは夕餉の支度にかかり、たちまち大治郎へ膳を出した。
その支度があまりに早かったので、大治郎は遠慮をする間とてなかった。
いまが旬の浅利の剥身(むきみ)と葱の五分切を、薄味の出汁もたっぷりと煮て、これを土鍋ごと持ち出してきたおみねは、汁もろともに炊きたての飯へかけて、大治郎へ出した。
深川の人びとは、これを「ぶっかけ」などとよぶ。
それに大根の浅漬けのみの食膳であったが、大治郎は舌を鳴らさんばかりに四杯も食べてしまった

読んでいるだけでよだれが出てくる
昔はこの先の海岸(三百間浜)でもたくさんの浅利が採れていた
今住んでいるところは、母親の実家があったところである
田んぼも畑もあったので、よく手伝いに連れてこられて、
時季にはついでにアサリも採りに出かけていた
母親はそれをよく佃煮にしてくれた
それにしても数日前に食べたアサリ汁の実はあまりに小さすぎた

230130 剣客商売1

いつだったか、「久しぶりに池波正太郎の本が読みたくなった」と書いたような気がする
調べてみたけど見つからなかったので諦めました
ということで、現在、第5巻まで読み終わっている
読むたびに思うのだが、彼の小説に出てくる料理の(食べる)場面が
年を取るたびに心に響くようになってきている
例えば、第1巻の「女武芸者」の話では、最初から食べる場面から始まる

「台所から根深汁のにおいがただよってきている。
 このところ朝も夕も、根深汁に大根の漬物だけで食事をしながら、彼は暮らしていた。
 若者の名を、秋山大治郎という。

ーーー9行空いて続くーーー

根深汁を食べ始めた彼の両眼は童子のごとく無邪気なものであって、ふとやかな鼻はたのしげに汁   のにおいを嗅ぎ、厚い唇(くち)はたきあがったばかりの麦飯をうけいれることに専念しきっているかのようだ。」

昔から食の細い性質(たち)だったので、大治郎のように食べたことがなかった
だからこそ、憧れるのか

230125 神戸京都14(哲学の路1)

銀閣寺から歩いて数分で法然院がある
その法然院から若王子(にゃくおうじ)神社に至る、
琵琶湖疎水の分流に沿った約2キロの小径が「哲学の路」と呼ばれている
哲学者・西田幾太郎が散策、思索にふけったといい、
この名がついた

銀閣寺1で書いたように、今日の行程を「哲学の路散歩」と名付けた
学生時代にも何度か訪れたが、
今日のこの路は、滴るような緑であふれている
今日は一人なので、とにかくんびりと歩こうと思う
そのためにホテルでの朝食も食べずに、
予定より一時間早く新快速に乗ったのだから