110209 風邪引き

   

 何日か前、庭にたくさんの目白がやってきました。次回にはジョウビタキも掲載します。

 暖房は入っているはずなのに妙に寒い。だんだんと腰や肩、しまいには足まで、それも関節ではなく、あちこちが痛み始めた。念のために熱を測ってみると37度8分ある。なんとか持っていたのに数字を見たら目が回り始めた。だいたい38度を超えると倒れてしまう方だったので、条件反射というやつである。
 前日、遅めの新年会が「あかとら」であった。他のメンバーも気に入ってくれて、これまで使っていた居酒屋をやめて、こちらを使うようになった。なにも自分の得になるのではないが、こちらが気に入って使い始めたお店を気に入ってくれるとなぜだかこちらまでうれしくなる。家からは歩いて30分はかかるのだが、夜のウォーキングの代わりとこういう時にはできるだけ歩くようにしている。年金生活という理由もあるのだが。行きはけっこう寒かったが、帰りには風も凪いで、ほろ酔い気分には心地良かった。
 それが油断だったのか、風邪を引いてしまった。インフルエンザが流行り始めたと報道されていたが、これまで予防接種をしなくても一度も罹ったことがないと高をくくっていたのを悔やんだが、幸いただの風邪で済んだようだ。久しぶりに寝込んだが、つくづくもう若くないと思い知らされた。 

110205 もう帰る!

   
左下にエイが泳いでいます  遠くの橋は関門橋 

見事に復元できました。公民館で撮った何枚かが壊れただけで、たっくんとの写真は全て残っていました。佐藤さんに感謝かんしゃです。

  「2泊3日」というのはなんと短いことか。やっと帰ってきたと喜んだのも束の間。きょうはもう別れる日である。午前中、昨日の海響館に出かけたことを元に、宿題の新聞づくりを手伝う。枠だけの用紙をもらっているので、館でもらったパンフレットを切り抜いたり、削除してしまった写真の代わりにネットからペンギンや魚たちの画像を取り出したりとせめてもの罪滅ぼしである。記事を書く時にはきちんと縦・横に物差しを使って枠を引き、下書きをするときれいな紙面ができることを教える。素直に書いてくれたが、あまりきれいになりすぎて「自分の新聞ではないみたい」というのには苦笑い。確かに「素直」である。過ぎるかもしれない。ひそかに「おーちゃんの斉藤祐樹」と呼んでいる。

   
   

 昼から、前泊するという二人のために博多まで送っていく。「二人のため」というより少しでも長く一緒にいたいというのが本音である。夕食までキャナルシティで過す。娘と連れ合いはショッピング。私は彼のお供。ポケモンセンターで過ごす。連れ合いの買い物に付き合うのは苦痛なのに、彼と一緒だと何もすることがなくても時間が経っていくから不思議である。
 食事後、ホテルまで送っていく。筑紫口にあるホテルなので駅を回って行かなければならない。ただでさえ博多で運転するのは苦手なのに、時間は7時を回っている。暗い上にラッシュである。ナビと首っ引きになるわけにもいかず、冷や汗の出る時間を過ごす。それでもなんとか無事にホテルにたどりつく。(博多での運転にも少し余裕が出たか?)慌ただしく別れをする。帰りの車の中では妙に二人とも口数が少なくなってしまった。

110203 大失敗!

 正月帰って来れなかった孫が、旧正月を利用して帰ってきた。わずか2泊3日の日程だが、帰ってきてくれるだけでありがたい。以前はけっこう長く滞在していたのだが、昨年の春から短くなってしまった。中学に入ると帰るのさえままならなくなりそうである。小学生の時くらい子どもは遊ばないと!と思うのだが、どうもこういう考えは時代に合わなくなっているようだ。
 なにはともあれ、その日が近づくと気分が浮き立ってくるのを実感する。どこに連れて行こうか?と考えるだけで楽しい。連れ合いと相談して、下関にある水族館「海響館」に行くことにする。ここは彼が5歳の時にも行ったことがある。前回は夏休み。そして、開館したばかりで多くの見学者でもみくちゃになったが、今回は冬。おまけに普通日なのでゆっくりと見学することができた。
 まず、ペンギンコーナー。「マカロニペンギン」とちょっと悪そうな名前のついた、頭に黄色い毛がなびいているペンギンが可愛かった。成長しても2cmにしかならないという魚から南米アマゾンに住む巨大魚、悠々と泳ぐサメにかわいらしいクマノミ。孫が一番感動したのはイワシの大群である。その数の多さだけでなく、いっせいに、そして、次々に変化する群れの形に圧倒されてしまったようで、その場からなかなか離れない。最後に、1時間待ってイルカショーを観る。今回はイルカとアシカのコラボレーションである。いつ観てもイルカのジャンプには感動する。
 さあ、なにが「大失敗!」なのか。彼が帰ってきてから撮った写真とこの日の水族館での写真を整理している時、うっかり「全てを削除する」をクリックしてしまったのである。気がついた時には文字通り全てが削除されてしまっていた。いつもはパソコンにバックアップしてから整理を始めるのに・・・・。やりながらちらっと嫌な予感がしたのだが。
 やまだ電器の人に聞くと、「データー レスキュー ソフト」があって、もしかしたら復元できるかもしれないと言う。師匠「佐藤さん」に連絡を取る。<神様、復元をお願いします>。ということで、今回始めて写真なしのブログになってしまった。

110129 絵手紙

 
 

 本公民館でも「絵手紙教室」が開講されている。講師は外園雅美先生。始めて小学校に赴任した時の学校、永岩小学校でご一緒したことがある。先生は校長1年目で、今でいうスーパー教師であった。遠足ではアコーディオンを弾いてフォークダンスを踊ったり、名前だけの体育主任であった私の代わりに鉄棒の模範演技をしたり、特に水泳では県体の選手として出場するほどであった。絵画に至ってはプロ並みで、先生の絵を使って切手が作成されたほどである。
 思い出として残っているのは、放課後子どもたちが帰った後の時間を利用して、職員一人ひとりにシンピジュウムの栽培やハガキを使った絵手紙の指導をしてくれたことである。そうそう、永岩小学校まつりでは、先生の指導で職員全員で皿まわしと手品を子どもたちと保護者の前で披露したことがあった。充実した楽しい1年だったのを記憶している。
 どうしてこんな話をするのかというと、講師の杉田さんから素敵なハガキをいただいたからである。2枚。1枚目は、講座についての連絡文書を送ったところ、それに対する返事がハガキで送られてきた。そのハガキには文字だけでなく、簡単な絵が描かれている。ひょっとして「ピラカンサ」か?2枚目は、講演のあと私がお礼の手紙を出す前に杉田さんの方からハガキが届く。今回は梅の花が添えられていた。
 寒いさむい今年の冬の中の、ほんのりとした温かい点描。

 外園先生は、自分の素晴らしい水彩画を使ってブログを開設している。タイトルは「山国川おさんぽ」。その名の通り山国川流域の情景を描いたシリーズが続いていたが、それも終わって今は花や魚や旅行先の風景が掲載されている。
 やわらかなタッチと色使いがなんともいえない雰囲気を醸し出している。ぜひ「山国川おさんぽ」をのぞいて見てください。 
 

110127 いいオンナ

 

 1月の文化の森大学の講座は、大分から杉田吉成さんを呼んで講演を行った。96年にOBSを退社し、現在は大分合同新聞社の「話し方教室」の講師をされているとか。タイトルは「顔にシワ 心にときめき」。市の公民館講座一覧の中にこのタイトルを見つけた時、いつかは本耶馬渓でもと思っていた。完全に個人的な好みでの選択である。
 まず、顔にはどんなシワがどのようにできてくるのかを詳しく話してくれた。面白おかしく話すので会場は笑いに包まれたが、ホワイトボードに描いていくシワがまるで自分の顔が描かれているようで、そして、このシワはもう取ることができないと断言された時にはちょっと悲しくなってしまった。
 それではどうすればいいのか。「いいオンナになればシワは目立たない」のでこれからは「いいオンナ」を目指そう、と。いいオンナの条件を10個上げた。そして、その中から⑥「言葉使いがきれい」と⑩「いつも笑顔であること」を取り上げ、言葉美人と笑顔美人であることがいいオンナの条件として特に大切であることをいろんな例を挙げて説明してくれた。
 なかでも、美しい日本語の7位「あなた」の話が心にぐっときた。はじめて日本隊が南極で越冬した時、残された妻が隊員に電報を打ったそうだ。「あなた」。たったこれだけである。「あなた!」ではない。「あ な た」である。「あ」と「な」、「な」と「た」の間にどれだけの思いがこめられていることか。二人のこれまでの人生と、これからの未来がこめられた言葉である。携帯でもメールでもこうはいかない。電報であるからこそ彼女の思いがひしひしと伝わってくる。こうした言葉は久しく聞いたことがないし、そもそも聞いたことがあっただろうか。
 最後に、「ときめく」ためには外に出よう。人生に積極的になろう。好奇心を持とう。恋をしようでまとめられた。ほとんどが70歳を越えた受講生だが、「恋をしよう」でほとんどの方がうなづいていたのがほほえましかった。

110125 小倉記念病院2

 

 10:55 心電図が終わる。早い。いったいどうしたことだろう。昨年は心電図が終わったのが昼を過ぎていた。
 この病院に通うようになって今年で18年目である。倒れたのは48歳の時だった。忘れもしない。有田陶器市に行く途中の車中で起きた。1ヶ月ほど風邪を引いたような症状があった。医者は風邪をこじらせたんでしょうという。胸というより胃の方が締め付けられるようで運転ができなくなった。となりに連れ合いがいたのが幸い。でなければそのまま発作を起こしたまま死んでいたか、岩にぶっつけていたか、崖から落ちていただろう。場所は下郷の先である。
 12:55 心電図は早く終わったのに診察はなかなかである。名前を呼ばれたのは2時間が経とうとしていた。心配しなくてもちゃんと昨年並みの時間になった。担当医は副院長の野坂秀行先生。18年前、私の手術を担当した時はたしか外科部長だった。診察は「お元気でしたか?」で始まり、聴診器を当て、脈を診て、血圧を測る。最後に「また来年、お顔を見せてくれますか?」で終わる。この声を聞きたくて年に1回やってきているのかもしれない。
 13:00 こちらでの医者が変わり、預かった手紙を渡す。「分かりました。賀来先生はよく知っています。返事をすぐ書きますので渡してください」と。18年間通ったこちらでの病院を変わらなければならなかったのでちょっと心配していたのだが、野坂先生の明快な声にホッとする。

110122 小倉記念病院1

   

 新しい写真がありません。「困った時の」の写真も底をつきそうです。どなたか写真を送ってください。

 毎年年に一回小倉記念病院に出かける。8:23分の普通列車に乗る。南小倉駅で下車。雨の中、どこをどう間違えたのか方向が分からなくなってしまう。得意の、人に聞くこともこの雨の中ではままならない。なんとか紫川まで出ることで記念病院独特の外観を見ることができた。
 10:37、まずレントゲン写真を撮る。順番を待つ人の顔は一様に深刻な表情をしている。というより努めて無表情を保っている。その中で係員が順番のきた患者さんの名前を呼ぶ声が響く。相変わらずすごい人である。おそらく大部分が年に一回の方だろうに、どこにこれだけの病人がいるのかとあきれてしまう。私もその中の一人なんだが・・・・。
 目の前を「となりのTちゃん(小さい頃隣の家に住んでいた一つ上の親戚の女性である)」が歩いている。そういえば昨年もここで彼女を見ている。ということは今日が彼女も私と同じように年に一度の検診日というわけだ。まさかこんなところで出会うことになろうとは。自分のことは棚に上げて思う、ずいぶん恰幅がよくなっている。受付で私も名前を呼ばれているので知らないはずはないのだがと思いながら、こうした場合の礼儀と思って声はかけない。

110119 ゴデチャ

いただいた苗 ネットから拝借した画像

 今朝はとうとうマイナス1度を記録した。これまでの最低温度は0度である。毎日毎日「今年一番の寒さが」とテレビで放送している。明日・明後日(15・16日)は最強の寒波がやってきて平地でも積雪の恐れがあるという。連れ合いは日曜日「初釜」である。どうなることやら。私の方は早々と月曜日の朝、2時間の代休を取った。いつも期限切れで流すことばかりなのでこの際である。こうして用意するとたいてい雪も降らないのであるが、それはそれ、準備完了!
 やはり大荒れにはなったが、我が家の周りは雪は大丈夫だった。しかし、本耶馬の方は大変だったようだ。図書館の方は日曜日、雪がぼっこり降ったので、梅ノ木瀬から歩いて出てきたという。
 見たことのある方が事務室に入ってきた。たしか多志田の遠入さんである。ちょうど樋田地区公民館の館長の相手をしていたので、対応は指導員がしてくれた。センターにコピーしに出かけたりして帰ってきた時にはすでに大会議室に入っていた。机の上には薩摩・蒸気屋と書いた紙袋が置かれ、中には鉢に入った何かの苗があった。遠入さんが館長さんにと持ってきてくれたというのである。あわてて遠入さんを探してお礼を言う。「館長さんが一番喜んでくれるので・・・・・」と。彼女がこれまでで一番きれいに見えた。
 教えてもらった名前「ゴデチャ」をネットで調べる。別名「イロマツヨイ(色待宵)」とある。待宵草の仲間で花色が紅色であることから付けられた名前だとか。アップされた写真を見ると待宵草に似ているけれどいろんな色があってもっと華やかなようだ。昨年は「タイマツソウ」や「ゲンノショウコ」をいただいた。5年勤めてやっとこんな関係ができた。できた頃には辞めなければならないが・・・・。