130414 法事1(前夜祭)

 4月6日。父親の25回忌と母親の17回忌。それと父親の半年後に亡くなった長兄の25回忌と、お寺さんの許しを得て全部まとめて法事をした。こうした時にはできるだけみんなでどこかに出かけるようにしている。今回は横浜の甥が企画してくれて、三人ののど仏を納めている大谷本廟へお参りしようとなった。本来なら桜の一番いい時期のはずだったのだが、今年は桜も早く開花したし、週末は春の嵐になるとTVがうるさい。いったいどんな旅になることやら。

 熊本と横浜、そして、静岡から帰ってくる甥や姪が前泊するというので、みんなで居酒屋へ。そのあと30周年で行った「フォーシーズン」へ。彼らとの付き合いも長くなった。双子の甥は亡くなった父親(長兄)と同じ年齢になったという。それにしても双子とはいえ髪の薄くなり方までよく似たもんだ。

記事に合った写真のない時には京都で撮った写真を適当に使う。なにしろ2日間で400以上撮っている。まずは言いわけ!この小さな川は有名な「高瀬川」のようだ。前々日のライトアップは見事だったらしい。川面に見える白いものは桜の花びらだ

130408 紅葉探訪4(光明禅寺)

1時過ぎになって太宰府のお石の茶屋でやっと昼食をとる。大駐車場から天満宮までの賑わいに比べたら、本殿の裏は閑散としていて2軒ほどの茶屋が閉まっていた。秋の3連休、紅葉の季節、不景気なんだなあ。お昼は「おでん定食」。もちろん梅が枝餅も。参道の「かさの家」の梅が枝餅には行列ができるが、私はここ(お石茶屋)のが一番好きだ。

帰りに目的地の「光明禅寺」へ行く。これまでは玄関を上がると目の前に木箱があって、参詣料として200円を自分で入れていた。このスタイルはここに来始めた20年前から変わっていなかった。ところが、今日は男の人が座っていて、まるで監視しているようだった。たしかに監視している。えっ!と思いながら庭を見る縁側に出ると、これまで入ることのできた座敷への通路が閉められ、庭に面した窓にはカーテンが張られていた。座敷の畳や縁側に座って心ゆくまで庭を眺めることのできたとっておきの場所だったのに。

おそらくお金を払わない人が多くなったんだろう。おそらくマナーの悪い人が増えてきたのだろう。やむにやまれずの対応だったんだろう。でも、ここで見続けてきた紅葉の素晴らしさ、ゆったりとした時間がどこかに行ってしまい、二度と戻ってこないだろう悲しさがこみ上げてきた。

桜が散ったこの時にやっと紅葉探訪が終わりました。違和感を覚えながらの人が多かったのではないかと反省しています。と言いながら、おそらくこうしたこと(時期を外れる)はこれからもしょっちゅうだと思います。これに懲りずに今後ともお付き合いください。今度は一気に「桜紀行」となります。

130405 紅葉探訪3(大興禅寺)

九年庵だけではもったいないと、ここにも行きませんかと佐藤さんが提案してくれた。ナビに導かれて鳥栖まで引き返す。途中、鳥栖アウトレットの近くにまで来たのにはびっくりした。何度かここまでは来ていたのに、大興禅寺のことは全く知らなかった。まず目に飛び込んできたのは急な石段だ。数えながら登ると126段あった。途中から喘ぎあえぎ登ったのだが、こんなに苦しむからこそありがたさが増すのだろうと納得。

本殿の下の銀杏の樹の下に黄色い落ち葉が折り敷いている。風が山から吹いてくる。と、銀杏の葉っぱがあとからあとから降り続く。写真では分かりにくいのだが、茎を下にしてくるくる回る。子どもたちは大喜びだ。

130404 紅葉探訪2(仁比山神社)

九年庵の隣に「仁比山神社」がある。初めて来た時には目的地の九年庵よりも紅葉がずっと素晴らしかった。ここにはクスノキの巨木もあって、樹齢は800年を超えるという。今回は九年庵と同じように紅葉は盛りを過ぎていた。

そこで紅葉以外のものを撮ることに専念した。一番心惹かれたのは和服姿でお客の接待をする若い女性と味見のお菓子を配って回る小さな女の子だ。若い女性はなかなかシャッターチャンスに恵まれず、あきらめて石段を降り始めたらお店から出てきたのであわててシャッターを押したが、全体的にぼけてしまった。

130403 紅葉探訪1(九年庵)

佐藤さんとの「紅葉探訪」をやっと今頃になって掲載することになった。我ながら遅すぎると思ったのだが、せっかく出かけ、せっかく原稿を書いたのだからと、すいません、我慢してください。

今は九年庵まで直接は行けない。吉野ヶ里の駐車場からバスでピストン輸送される。それだけ観光客が多いということだ。私たちがもらった整理券は9時半ですでに「2570番」である。100人ずつ道を渡って参道を通り、九年庵の前で入場料を払ってやっと入場となる。

今年は寒波が急にやってきたためか今日23日、最終日にすでに盛りを過ぎていた。吉野ヶ里の駐車場には「落葉が始まっています」という看板が立っていた。

130402 拝啓 くいしんぼう様

やっと築城基地の「隊員食堂カレー」を食べました。私の知っているのは10号線から入ったバイパス沿いの物産館「メタセの杜」で販売されているということです。小倉にけっこう行くのですが、10号線を通って帰りも同じコースです。それで、行く時には帰りにはメタセの杜に寄るぞと張り切っているのにいつも忘れてしまいます。

今回、旅行のためのウォーキングシューズを買いにリバーウォークに行きました。連れ合いにも帰りに寄るからと念を押しておいたのでやっと買うことができました。結論から言います。私には合いませんでした。私が慣れ親しんできたカレーの味は、学校給食のカレーです。薄味の、少し水っぽい、なかなか肉に巡り合わない、ところが、美味しくも懐かしいあの学校給食です。国防の第一線に立つ自衛隊員食堂のカレーの味は大人の味というか、私には辛すぎました。

ここはメタセの木がうっそうと生い茂り、10号線からバイパスへの途中はどこか日本じゃないような雰囲気があって好きな場所です。わざわざ写真を撮りに来たこともあります。探したら2002年の11月24日でした。

130401 山陰の旅17(出雲大社正式参拝)

フロントガラスに当たる雨の音が激しくなる。ところが、走り出してまもなく雨は上がる。ガイドさん曰く、「山陰では弁当を忘れても傘は忘れるな!」という言葉があるそうだ。今回のツアーのもう一つの目玉に「出雲大社正式参拝」が組まれている。

神主の祝詞の声が広い神楽殿の中に響く。マイクを付けているようには見えないのだが、どうしてあんなに響くのか。妙なことが気になって、今晩眠れないかもしれない。祝詞の最中にどこか遠くから拍手が聞こえてくる。ひょっとして神様が応えてくれたのかなんて、本気で思える雰囲気です。ところが、終わる頃にも、それも後ろから聞こえてきた。そうか、参拝客が外でやっている「二礼四拍手一礼」が聞こえてきたのか。

祝詞のあとに巫女さんの舞いが入る。彼女の振る鈴の音と太鼓の音がからまって胸(いや腹に)響いてくる。動きは緩やかなのだが鈴の音は太鼓に負けない力強さがある。舞が終わっても彼女の動きで鈴の音がかすかに響くのがなんとも厳かである。

これで「山陰の旅」も終わり。最後に、バスの運転手さんが帰りに出したクイズを紹介します。博多から1日目の宿泊地のホテルまでの走行距離は530キロ。それでは帰り「壇ノ浦」までの距離を合わせると何キロでしょう?内輪で一番近い数字の人(女性でした)には「十万円以下」の商品が渡されました。

130331 山陰の旅16(足立美術館5)

「大観」のほかにもう一つ入りたかった喫茶室がある。「翆」である。ここは飲み物が「日本一高い喫茶室」とひそかに言われているそうだ。たしかに全てが「1,000円」だった。添乗員さんは「美術館価格」といっていたが、なにしろここから見える庭の素晴らしさは圧倒的だそうだ。むしろその価値を考えれば安すぎるかもしれない。といいながら4時間で新館を含めて全てを観るには「翆」でゆっくりお茶する時間がもったいない。今回もパスしてしまったが、また次の目標が残ったと思えば励みになる。