130709 イタリア紀行31 アマルフィ1(昼食)

昼食はソレントで。どこかで聞いた名前だと思ったらナポリ民謡「帰れソレントへ」だった。中学生の時(遥か昔になったなあ)、こうした歌の好きな音楽の先生がいて、ずいぶん歌わされた。こじんまりとした街で、いかにも南国らしい町並みと観光客で活気がある。

ところが、レストランに案内してくれるはずの店員が来ていない。ダレカが言った。「やっぱりイタリアだ!」。その時、広場に停まっている観光馬車のおじさんが、どうして気がついたのかタケダさんに話しかける。タケダさん、イタリア人でいまいち信用できないんですが、レストランの位置は分かりました、と笑いながら言う。

店内の雰囲気も良かった(ヴェスビオ火山の噴火の絵がこれでもかと周りに何枚も飾り立てていたのはいただけなかったが)し、料理も良かった。なにより同じテーブルになったご夫妻との会話が楽しかった。深みのある声で博識のご主人といつも明るく笑う奥方と。料理は、味と会話の合作であるという見本だった。

この写真は、「ツチダさんご夫妻のツーショットがありません」と書いたらすぐに送ってくれたものです。こうしたやさしさがなんともうれしい。

130706 イタリア紀行30 ヴァチカン市国8(サン・ピエトロ広場)

広場はサン・ピエトロ大聖堂を中心にして、両脇に数百本の石柱が4列に並べられ、まるでここに集う信者たちを抱きかかえるような印象を与える。この広場を設計したベルニーニのスケッチには、大きく腕を広げた人体に重ねて大聖堂と広場が描かれている(ガイドさん)そうだ。

今回でヴァチカン市国は終わります。次は、「アマルフィ海岸」です。

130704 イタリア紀行29 ヴァチカン市国7(スイス衛兵)

屋外に出るとイタリアの太陽がまぶしい。この表現はタケダさんがマテーラで使ったのを拝借してみた。かっこいいと思うがどうだろう。サン・ピエトロ大聖堂の中から出ると、中の暗さの影響でちょっとくらくらしてしまった。

広場に降りていく階段のわきにスイス人衛兵が立っている。何とも派手なデザインだが、ミケランジェロのデザインといわれている。にしてはちょっとセンスが悪い。それにしても彼らは本当にイケメンだ。そして、無表情である。いたずらしてくすぐりたくなるのは私だけだろうか。

130701 イタリア紀行27 ヴァチカン5(サン・ピエトロ大聖堂)

サン・ピエトロ大聖堂は、世界で最も大きな教会だ。カトリックの総本山であり、もともとは初代教皇「聖ペトロ」の墓の上に建てられた記念教会堂が元だという。これだけはガイドさんの説明の前に、ダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」で知っていた。とは、ちょっとした自慢話。

① 入口のドア=この彫刻の施されたドアは閉まっている。横の開いた所から入るようになっている。つまり、このドアは今では見せるためのものになっている。

② 一番奥に見えるのが聖ペトロの玉座。窓から差し込む光が厳かな雰囲気を醸し出している。

③ 手前の曲がりくねった柱で支えられているのが「ベルニーニの天蓋」。この下、地下深くに聖ペトロの墓があるという。とにかく大きい。ものすごい迫力だ。高さは29mという。奈良の大仏が約15mというから倍近くもあるのか。

④ ミケランジェロのピエタ=「ピエタ」とは「哀れみとか慈悲」などの意味で、十字架から下ろされた我が子イエスを抱く聖母マリアの彫刻や絵画のことをさすそうだ。聖母マリアの表情がなんとも清楚で、哀しく、美しい。誰かが言った。あまりにも若すぎる。母親なら50歳は超えているはずだ。ひょっとして「ダ・ヴィンチコード」の中で、イエスと結婚し、娘サラをもうけたとされる「マグダラのマリア」なのかもしれない、とは私の妄想だが、そう考える方が年齢的にも合っている。異端とされる宗派では「マグダラのマリア」はイエスの花嫁であり、イエスと同じように敬愛され大切にされているそうだ。その方が神の子よりも親しみが持てる。

130629 イタリア紀行26 ヴァチカン4(システィーナ礼拝堂)

ネットに掲載されている写真には著作権があるので使用できませんと注意を受けました。そこで考えたのが上の写真です。私のカメラで撮っているので使えるはずです。

システィーナ礼拝堂は、壁面から天井までフレスコ画で埋めつくされている。あまりの多くの題材に何を見たのか分からなくなってしまった。おまけに写真はNGだからあとでゆっくり振り返ることもできない。その中でも上の写真「最後の審判」よりも「アダムの創造」のほうがより印象に残っている。

神とアダムの指先が今まさに触れようとし、命が吹き込まれようとしている。世界の絵画史上もっとも有名なシーンの一つを目の前に考えたのは、映画「ET」の一場面だ。月に映る空を飛ぶ自転車とETとエリオットの指が触れる場面は強烈な印象を残している。そうか、スピルバーグのこの「アダムの創造」へのオマージュだったんだ。

写真がNGだったので掲載するものがない。写真集を買えばよかったのだと帰ってから気がついた。これこそ「後の祭」。写真といえば、ある人は大変な経験をしている。周りで写真を撮っていた人がいたので、ガイドさんに重々写真を撮らないようにと言われていたのに携帯で1枚撮ったそうだ。そのあとカメラで本格的に撮ろうとしたら、警備の黒服がわっと取り囲んで「ピクチャ ピクチャ」と言いながら再生したのだが当然出てこない。映っているのは携帯の方。身体検査をされたらどうしようかとびびったのだが、そこまでなく釈放。ホントの話、その時は頭が真っ白になって震えてしまったそうだ。周りで撮っていた外国人はデジカメのファイルを消され、ビデオの人は連れて行かれたとか。

130627 イタリア紀行25 ヴァチカン3(ギャラリー)

中庭からいよいよヴァチカン美術館へ。ヴァチカン美術館とは、システィーナ礼拝堂やラファエロの間などの数々の施設を総称した名前だという。ガイドさんの言葉では、あまりの所蔵品の多さにたった一日くらいではその一端に触れるのがやっとだという。全てを見るためには一週間通い続けるか、ヴァチカンの職員になるかしなければなりません、と。

システィーナ礼拝堂までの回廊とそこに展示された美術品は撮影OKでした。天井と床、タペストリーと絵画、そして彫刻をそれぞれ4点ずつ掲載します。

130625 イタリア紀行24 ヴァチカン2(中庭)

美術館や礼拝堂、大聖堂に入る前に中庭でそれぞれについての説明を受ける。中はものすごい混雑でゆっくりと説明ができないとかで。そういえば何度もツアー客を見失いかけて慌てたし、何度も連れ合いに叱られた。

それなのにガイドさんの説明はまともに聞かなかった。中庭に出た途端、「なんじゃ、こら~」というものを見つけてしまったのだ。それが上の4枚の写真。ガイドさんが「球体のある球体」という名前が付いていますというが、だからなんですか、というしかない。これでも彫刻らしい。まず思ったのが境港で見た水木シゲルの妖怪だ。たしかこんな球体の妖怪があったような気がする。

申し遅れましたが、この中庭には「ピーニャの中庭」という名前が付いている。その理由が左の写真です。ピーニャとは「松ぼっくり」のこと。この彫刻は昔、噴水として使われていたそうだ。今の噴水(?)の前ではカップルが器用にツーショットを撮っている。堀田さんはなんで松ぼっくりと孔雀なのか、それを考えると夜も眠れなかったそうです。