181009 奈良紀行60(長谷寺4)

本堂は断崖に迫り出した舞台造の建物で、「懸造(がけづくり)」ともいう
清水寺の舞台と同じ造りだ
私の地元では本耶馬渓の「羅漢寺」が有名だ
風が吹き抜け、石段を登る間にかいた汗がひいて、ひんやりとして心地いい
眼下には緑に包まれた境内が、その向こうには門前町が一望できる
見事な眺望だ
この造りを舞台と呼ぶのはそういう意味もあるのだろう

181005 奈良紀行59(長谷寺3)

総門をくぐる前に拝観料を取られる
ふだんは500円のところ、御本尊の十一面観音立像を真下から見ることができます、という
6月30日まで春季特別拝観が行われていて、ふだんは立ち入り禁止の本堂の中に入れますが、
100円かかります
入山料と合わせて共通券だと1300円です
結構ですという勇気がなくてついつい払ってしまう
別々に払うと1500円が1300円だから、まあいいかとつい思ってしまう

真下から見上げるとお顔ははるか上でまともに見ることはできません
案内板には高さ10mとある
ところが、本堂の舞台に出るとちょうど真正面にお顔を見ることができた
この写真だと奥の方にぼんやりと見えますが分かりますか?
差額の200円は連れ合いのいう「見上げ料」というところか

181001 コウホネ

9月23日・日曜日は町内の道路清掃の日
いくらボランティアとはいえ、10数軒ある1班から3軒しか出ていないのにはびっくりした
毎年のことなので火ばさみとゴミ袋をもらっていつものコースのごみを拾って歩く
ゴミを拾って気持ちがいいのとどうせ夜歩かなければならないので一石二鳥と考えるようにしている
水路の空き缶を拾おうとして、水面に小さなほんとに小さな花を見つけた
とたんに30数年前のある情景が甦ってきました

場所は宇佐神宮
能舞台から菱形池の細道を通って水分神社の先の石橋を渡る時、
水面から身を乗り出すように咲く黄色の花を見つけた
その時、その花の名前は「コウホネ←クリック)」と教えてもらいました
昔むかしの話なのに今でも忘れられない出来事です

180928 ゆり子の布花物語12(薔薇のコサージュと)

災害級の猛暑の夏も過ぎ、秋らしくなったこの頃
あまり外出もできなかった私も、すこし外の風景に目が移るようになりました
そんな夜のひととき
バラのコサージュをひとつ作りました
小さな花びらを集めてペンダントも作ってみました
心安まる秋の夜長?!を満喫しながら・・・・・

180926 夢供養

さだまさしの「春告鳥」の入っているアルバムを調べていたら「夢供養」でした
あれ!これはたしか持ってるぞと調べたら、ありました
大枚はたいて買ったパイオニアのステレオデッキもとっくに処分したのに、
書庫に中には彼のアルバムが5枚も・・・・

今アイホンで聴いている「さだまさし1(自分でyoutubeから集めた音楽ファイルで作ったCD)」の始めの3曲は、「鳥辺山心中・春告鳥←クリック)・まほろば←クリック)」です
3曲とも聴いてもらいたかったのですが、「鳥辺山心中」は検索できなくなっています
以前はほとんの曲が簡単にアクセスできていたのに・・・・・
今のようにCDが売れなくなってしまったら、
歌手も業者も防衛するようになるのもしょうがないか?!

180922 秋告花

さだまさしの歌についてはちょっとうるさい方だ
娘は陰気で気が滅入るから嫌いだというが、そうした偏見にも負けずに今でもウォーキングのお供に毎晩聞いている
その中でも好きな曲の一つに「春告鳥」がある

月に1回、福岡県の宗像から連れ合いのアートフラワーを習いに来ている人がいる
私が佐伯の大入島中学校で教えた生徒だ
通い始めて1年を過ぎる
彼女の駅までの送り迎えが私のお仕事だ
昔「恩師」、今は「アッシーくん」である
彼女が我が家の畑に咲くヒガンバナを見て、しみじみという
「この花はほんとうに咲く時季を忘れずに咲きますね!」

ということで、タイトルをさだまさしに習って「秋告花」とつけてみました

180918 奈良紀行58(長谷寺2)

仁王門から本堂までの間に屋根付きの石段が続く
上中下三段に分かれていて、傾斜が緩やかなので一段いちだんゆっくりと登る
数えたわけではないが、399段あるそうだ
この石段を「燈廊」という
「とうろう」ではない、「のぼりろう」と読む
「とうろう」では「かまきり」になってしまう
その「のぼりろう」の天井からは楕円形の灯籠(今度は「とうろう」です)が吊るされている
その独特の姿から「長谷寺形灯籠」と呼ばれているそうだが、なにか雰囲気があっていい
両側には7000株とも言われる牡丹の花が季節にはそれはそれは見事だとか・・・・
といっても今は6月初旬、見事に一本も残っていない
ということでホームページからお借りしました

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180914 とんだ「世捨て人」

娘からは「世捨て人やね」とまで言われた
勤めていた時の関わりをほとんど絶つ
退職公務員連盟に退職校長会、退職現職協議会も脱退した
辞めてなおかついつまでも過去にしがみつくのは潔しとしないなどとカッコつけた
毎日、庭いじり(草取り)と畑仕事(昨日はダイコンの種をまいた)に週2回の囲碁クラブ
たしかに「世捨て人」かもしれない
と思っていたのに、何年振りかにかつての同僚が訪ねて来てくれた
それも夫婦で
関わりを絶つなどとカッコつけたが、こうして会って・話をするだけで妙に心が躍る
こうなったのも人によると思いたい

最初、タイトルを「朋有り遠方より来る」にしたがカッコ付け過ぎと反省!