230205 神戸京都15(哲学の路2)

春は両岸の関節桜で花のトンネルとなる
今(4月29日)は、種類は分からないが一本だけ赤い桜が残っている
9年前、娘と孫と3人で、姫路城から京都市内を歩いたことがある
娘にとって私は、
読書家で・物知りで、特に歴史には一家言持っていると思い込んでいる
香港から帰ったばかりの孫に日本の歴史を話してほしいという要望に応えて、
ついでに哲学の路を歩いたのである
これは完全に自分の趣味のためだったともいえる

その時は4月の5日で、まさに花のトンネルであった
この時話したことが少しでも彼の心の中に残っていてくれたらと思う

230201 剣客商売2

本文に入る前に別な話を
連れ合いに急に誘われて、イオンの前にある映画館に行きました
6月に行った「トップガン」以来です
タイトルは「レジェンド&バタフライ」です
3時間と長かったのですが、楽しく観ました
長くなりそうな予感がするので、ここでストップ

 

この食事場面も印象的だが、私は「浅利」を扱った料理の方が好きである
第9巻の「待ち伏せ」に出てくる
鰻売りの又六の老母・おみねにふるまわれたのが「深川めし」だ

おみねは夕餉の支度にかかり、たちまち大治郎へ膳を出した。
その支度があまりに早かったので、大治郎は遠慮をする間とてなかった。
いまが旬の浅利の剥身(むきみ)と葱の五分切を、薄味の出汁もたっぷりと煮て、これを土鍋ごと持ち出してきたおみねは、汁もろともに炊きたての飯へかけて、大治郎へ出した。
深川の人びとは、これを「ぶっかけ」などとよぶ。
それに大根の浅漬けのみの食膳であったが、大治郎は舌を鳴らさんばかりに四杯も食べてしまった

読んでいるだけでよだれが出てくる
昔はこの先の海岸(三百間浜)でもたくさんの浅利が採れていた
今住んでいるところは、母親の実家があったところである
田んぼも畑もあったので、よく手伝いに連れてこられて、
時季にはついでにアサリも採りに出かけていた
母親はそれをよく佃煮にしてくれた
それにしても数日前に食べたアサリ汁の実はあまりに小さすぎた

230130 剣客商売1

いつだったか、「久しぶりに池波正太郎の本が読みたくなった」と書いたような気がする
調べてみたけど見つからなかったので諦めました
ということで、現在、第5巻まで読み終わっている
読むたびに思うのだが、彼の小説に出てくる料理の(食べる)場面が
年を取るたびに心に響くようになってきている
例えば、第1巻の「女武芸者」の話では、最初から食べる場面から始まる

「台所から根深汁のにおいがただよってきている。
 このところ朝も夕も、根深汁に大根の漬物だけで食事をしながら、彼は暮らしていた。
 若者の名を、秋山大治郎という。

ーーー9行空いて続くーーー

根深汁を食べ始めた彼の両眼は童子のごとく無邪気なものであって、ふとやかな鼻はたのしげに汁   のにおいを嗅ぎ、厚い唇(くち)はたきあがったばかりの麦飯をうけいれることに専念しきっているかのようだ。」

昔から食の細い性質(たち)だったので、大治郎のように食べたことがなかった
だからこそ、憧れるのか

230125 神戸京都14(哲学の路1)

銀閣寺から歩いて数分で法然院がある
その法然院から若王子(にゃくおうじ)神社に至る、
琵琶湖疎水の分流に沿った約2キロの小径が「哲学の路」と呼ばれている
哲学者・西田幾太郎が散策、思索にふけったといい、
この名がついた

銀閣寺1で書いたように、今日の行程を「哲学の路散歩」と名付けた
学生時代にも何度か訪れたが、
今日のこの路は、滴るような緑であふれている
今日は一人なので、とにかくんびりと歩こうと思う
そのためにホテルでの朝食も食べずに、
予定より一時間早く新快速に乗ったのだから

230120 にゃんこ1・2

京都に行く前だったか後だったか、新聞で素敵な写真を見つけました
書籍のコマーシャルのところでした
「四字熟語 にゃんこ」と「にゃんこ2」です

もう今更新刊を買おうとは思わないし、それかといって見たいし・・・・
ということで、市立の図書館に予約しました
以前にも書きましたが、予約をするとまず県内の図書館にないか探してくれます
無い場合は購入してくれます
何ともありがたいシステムです
これまでも、県立や竹田市や津久見市の図書館の本が送られてきました
条件は期日内に返すことだけです
「厚かましすぎるよ」と連れ合いには言われますが、
そういうシステムがあるのですから、使わない手はないですよね

写真集ですし、20幾つからの四字熟語からなっているので、すぐ見終わってしまいそうです
繰り返し見ようとは思っていますが、
まずは「5つ」ずつゆっくり楽しみます
そうすれば10日で終わります
あとは返却日まであれこれ見て楽しみましょう

追伸又は謝罪
2ページ目に「索引」がありました
そこを見ると、たくさんの4字熟語が掲載されていて、
なんと99の4字熟語が載っていました
お詫びして訂正します

230115 神戸京都13(銀閣寺5)

銀閣寺の庭園は回遊式庭園になっており、
庭を歩いていると、銀閣寺を上から眺められるスポットに出ます
ここからは銀閣寺(観音堂)と京都の街を合わせてみることが出来ます
こんなことを意図して造っているとしたら、そのセンスに脱帽です
よく金閣寺・銀閣寺と並び称せられますが、個人的には銀閣寺の方が好きです
年を取ればとるほどそうなっていきます

池にはいくつかの石橋が架かっているのですが、
ある橋の手前に「北斗石」という立て札が立っていて、
何か曰くありげな大石が池の中にありますが、どんな曰くがあるのでしょう
私には、それよりも石橋の上にある縄でくくられた小さな石の方が気になります
なんでぽつんと置かれているのかな・・・・?

今、安曇野の人から電話がありました
私の疑問に対する回答です
私も、ネットで「茶室の立ち入り禁止の合図」(←クリック)で引いてみました
答えは、「関守石」だそうです
何とも風流な言葉ですね
ぜひクリックしてみてください
それより、安曇野の人の博識にはいつも驚かされます

230110 神戸京都12(銀閣寺4)

東求堂から少し上りになる
弁財天の祠の少し先には、義政が茶の湯に使ったと伝えられる「お茶の井」がある
この辺り良質の水が湧き出るようだ
なのに、たくさんのコインが投げ込まれていてうんざりです
10年ほど前に売った畑の片隅に、
「黒田官兵衛が汲んだ井戸」と昔から我が家では伝えれていた井戸があったが、
今はもう宅地になってどこがどこやら分からなくなってしまった

山道を下りに入ると、山肌から湧き出る細い滝と小さな泉を見えてくる
「洗月泉(せつげつせん)」という
泉に写る月影をさざ波が洗うなんてだれが考え付いたのか!?

230105 京都神戸11(銀閣寺3)

砂盛以外に、銀閣寺は苔と緑が美しいので有名である
どちらかといえば、苔と緑の方に惹かれます
京都で言えば、苔で有名なのはもちろん「西芳寺」です
ところが昔は女人禁制だったため見ることのできない母親のために、
足利義政が自らこの庭を作庭したとか

西芳寺といえば、学生時代2度訪れています
もう半世紀を軽く超えてしまいました
そのころは訪れる人も少なく、
静寂の中で、木漏れ日の差し込む深い苔の碧に感激したのを思い出します
そのころは自由に参観できたのですが、
その後、あまりに見学者が多くなりすぎて予約制になっているとか