120217 長崎ランタン2(詐欺)

 
 

 10時半に出発。予報では明日の昼ごろから雨となっている。これなら大丈夫だと出発したのだが、小さなしずくがフロントガラスにかかるようになってきた。予報からいけば絶対に大丈夫だ。これは一時の「空の迷い」だと言い聞かせて先を急いだ。
 昼食に金立SAの徐福らーめんのとんこつらーめんを食べる。日本全国には徐福に関する伝説が残っているそうだ。熊野にもあり、東北にまであるそうだ。日本の古代の歴史にどんな影響を与えたのかと興味がある、とこれは余談。
 金立を出ると本格的に降り出した。空の迷いどころかこれでは「詐欺」ではないか。しかし、平戸の時だって降り出した雨も早めに上がったのだから、今度だって大丈夫とあまり根拠のないことを頼りに先を進むことにした。真相(大げさか!)はここまで来たら引き返すわけにもいかないというだけのこと。

120214 長崎ランタン1(佐藤さん)

 

  「やさしいよねー」という。「だれが?」というと、「佐藤さん」と答える。たしかに佐藤さんはやさしい。だけど問題はダレガではなくて、何がである。パソコンが不具合を起こして佐藤さんに来ていただいた。その時の話の中で急遽「長崎ランタン」に行こうとなった。7日に出発するはずだった「上海紀行」が、同行者が「嘔吐下痢症」になったためにキャンセルとなり、予定がぽっかりと空いてしまったのである。
 「やさしいよねー」というとなんだか私のわがままに付き合ってくれているような表現になってしまう。これまで、10年には、9月に星野村の棚田に久留米の高良大社。11月には柳坂曽根の櫨並木から清水寺に大宰府。11年には、3月に筑後吉井町のおひなさま、同じく3月に水郷柳川のさげもん。7月には平戸の教会巡り。11月に臼杵の石仏、とずいぶん二人で出かけてきた。これだけのお出かけは「やさしいよねー」だけではなく、佐藤さんだって「楽しみ」がなければ付き合いきれないと思うが・・・・・・。

120211 フランス紀行33(日の出)

  パリ発。13:40、MUー554。行きと同じ中国東方航空。日本に着くまでに二度の食事と飲み物。「ワイン、ホワイト」と言ったら妙な顔をしてじっと見ている。遅れましたが、相手は女性のACではなく若い男性だ。やおら「シ・ロ?」という。食事の後、「コーヒー、ツウ」というと「フ・タ・ツ?」といわれてしまった。
 【教訓】生兵法はけがの元じゃないが、日本人(少なくとも私)の知ったかぶりの英語は英語じゃない。「ワイン、ホワイト?」を英語というほうが厚かましいか。発音が全くなってないのを痛感する。日本人らしく日本語で大きく堂々と言えばよかった。それにしても「シ・ロ?」には参った。

 上海に着く前に太陽が昇る。というより「出てくる」といった方がふさわしい。漆黒の闇が少しずつ赤味を帯びてくる。光が広がり始める。朝日が異様に赤い。赤くてあかくて、目を閉じてもいつまでも目の中が赤くてまぶしい。同行の女性が言った。「自然と手を合わせたくなりますよね」。

 太陽が昇ったところで、長かった今回のフランス紀行もこれで お・わ・り!

120208 フランス紀行32(ガイド)

安曇野からはメールで写真を送ってきます。
○Outlook Express
○メールの作成
○宛名
○件名
○本文に写真を挿入
○挿入をクリック ⇒ 画像 ⇒ ファイル名 ⇒ 参照 ⇒ マイピクチャから写真を選択し、ダブルクリックないし「開く」をクリックする。
○何枚か送りたい場合は、挿入した写真の下にカーソルを持っていき、上の作業を繰り返す。
※写真は120KG位に縮小しないと大きすぎると時間がかかります。
ブログに使う時も上のサイズくらい最適です。
縮小には私は「ペイント」を使っています。
▼ペイント ⇒ ファイル ⇒ 開く ⇒ ファイルをダブルクリック ⇒ 変形 ⇒ 伸縮と傾き
⇒ 伸縮 水平と垂直を100から30位に変えます ⇒ OK ⇒ ファイル ⇒ 名前を付けて保存する

わからなくなったら連絡ください。なんなら行ってもいいよ。

フランスではどこでも専属のガイドが入れ替わり立ち代りついてくる。モン・サン・ミシェルやルーブル美術館についてくるのは分かるが、帰りのドゴール空港にもついてきて、出国の手続きをするのにも専属のガイドがいるというのだから驚きだ。いや、驚きを通り越して噴き出しそうになった。それだけそうしたことで食べている人がいて、それらの人々を守ろうとする組合的なものがあって、そこを通さないと何もできないような仕組みになっているのだろう。
添乗員の江尻さんに、あなたの指示で十分だし、観光地でだってあなたの話のほうがよくわかるからと言ったら、一言、「そうはいきません!」。

フランス紀行も残すところあと一回となりました。その時そのときメモを取り、時間の許す限り文章にしておくとこうしてブログにする時大助かり。それにしてもよくもこれだけ書いたもんだと我ながら感心する。付き合ってくれた方に感謝、かんしゃ

120204 フランス紀行31(サンルイ島2)

たくさんの宿題を抱えて帰ってくる。そして、いつも母親に叱られながらそれでも遣り残して帰っていく。中学に進学するのを機会に日本に帰る友だちの多くは私立の中学校を受験するという。幸いというか、今回はそうしたことはないのだが、もう私の感覚ではついていけない。彼も大変である。
我が家での勉強がなかなかはかどらないので、図書館に連れて行くことにした。これが見事に彼のやる気を生み出した。こんなことならもっと早くからそうしておけばよかったのにと悔やむことしきり。
。それでも一日目はぐずぐずしていたが二日目からはこれまでがうそのようにやり始めた。環境の大切さがよくわかった。時々、「勉強して時を待て」だよ、とおみくじで攻めると意外と乗ってくる。それでも付き合うこちらは毎日4時まで本を読んだり、篆刻の石を持っていって字入れをしたりと、時間つぶしにこちらのほうが参ってしまいそうだった。
7日目、帰って行く。改札口を抜けて階段を登り、振り返る彼を見ていると涙が出そうになる。さだまさしの「案山子」に「今度、いつ帰る?」という文句があったなあ。

ずっとビールばかり飲んでいたが、フランスに来てビールばかりじゃ芸がないと今回は「白ワイン」。すっきりとして美味しい。まずはテリーヌ。もちろん教えてもらったから名前を書けるのだがどういう料理かは分かりません。くせがあってどうも合わない。メインは白身魚。バターで炒めたお米に添えられていたが意外と美味しい。江尻さんの話では、シェフが「これは冷凍じゃないぞ!うちは新鮮な材料を使っているんだ」と盛んに自慢しているそうだが、わざわざ自慢するところが・・・・・・。最後はりんごのタルト。酸味が効いているのがうれしい。
料理を運ぶ女の子がかわいい。この旅行では女性のパワーに圧倒される場面が多かったが、この娘さんはちょっと控えめでそれだけに余計にかわいく見えてしまった。そうそう、日本語が通じる。すごいねというと「ちょっとだけ」と恥ずかしそうに答える。そこがまたうれしい。
このお店はアイスクリームが有名で、ほかの地区からわざわざ橋を渡って買いに来るほどだという。ちょうど買いに来ていた土地の女性ふたりが自分のアイスでツアーの若い子たちに味見させてくれていた。こんなこともあるんだ!
ほとんどの人が買って、なめながらバスまで歩いた。

120131 フランス紀行30(サンルイ島1)

 大宰府での彼の目的は友だちへのお土産である。いろいろ迷っていたが、境内のお守りを売る所で小さな絵馬のお守りと参道のお土産物屋で小さな提灯を買う。自分にもお守りが欲しいというので買ってあげたが、自分ではおみくじを買っていた。「小吉」。特に、学問のところで「勉強して時を待て」の言葉に、今の自分の置かれた状況を考えて納得しているのにはおかしくもあり、ほほえましくもあり・・・・。
 一番連れて行きたかったのは「お石の茶屋」である。11歳の子どもにはなんの思いも残らないとは思いながらも、いつか「おーちゃん」とあそこに行き、おーちゃんのくだくだ話すことを聞きながら、うどんと梅が枝餅を食べたなあと思い出してくれたら最高なんだが。
 もう一箇所、「都府楼跡」。この日は21日(土)。翌日からは今年一番の寒気が入ったとかで震え上がる陽気だったが、この日は日向では汗ばむくらいだった。青空の下の、広い都府楼跡での時間は彼にどう映っただろうか。

     

 夕食はパリに戻ってサンルイ島の小さなレストランで。歴史あるお店という話だが、バスを降りて渡る橋の上からノートルダム寺院が真正面に見える。みんな立ち止まって写真を撮るが、橋の下ではタキシードとウエディングドレスの二人を撮影している。カメラマンだけで付き添いもいないので本物の新婚さんではないようだ。
 小さな男の子と子犬を連れた中年の男性が声をかけてくる。寺院をバックに私たちを撮ってくれるというのである。言葉は通じなくてもそれ位は分かる。「メルシー」なんてカッコつけて、その話を江尻さんにすると真顔で「絶対にだめよ!」と言われてしまった。そんな風にしてカメラを持っていかれることが多いのだそうだ。「気をつけてください」と言われ続けてきたことはこれなんだと理解できたが、カメラは返してくれたし、その男性の笑顔も素敵だったからいまだに実感できていない。 

120127 フランス紀行29(プチ・トリアノン宮)

 18日から1週間、旧正月を利用しての里帰りである。11歳になる。4月からは中学生だ。なんと早いことか!これまでは年に2回ほど帰ってきていた(サーズの時には感染を恐れて2ヶ月近く避難してきたことがある)が、そんなこんなで私にとってこの子は特別な存在である。このブログも、彼にとっての「おーちゃん」が、私にとっての「たっくん」がどんな存在であるかの証として始めたのがそもそものきっかけである。
 どこかに連れて行きたいがいつまでも水族館ではないし、小倉に行っても映画だけではこちらが面白くない。連れ合いの提案(中学生になるので)で私の好きな大宰府に行くことになった。といいながら提案した本人は娘と井筒屋に行きたいというので大宰府へは私とふたりである。50歳以上も離れているのに、行きは日田からで約2時間半かかったのに全く苦にならない。そういう意味でも特別な存在である。

 旅行会社の謳い文句風に言えば、「秋限定!こだわりの観光スポット~マリー・アントワネットが別荘として愛した小トリアノン宮」となる。庭はヴェルサイユ宮殿とは真逆の英国風で手つかずの自然のままといった風情である。小道にヒイラギが赤い実をつけていたのが印象的である。
 池にはたくさんの魚と鳥たちがいて、女の子たちが昼食に出たフランスパンのかけらをあげていたが、魚たちの上に乗って鳥たちはそれを食いちらしている。生存競争のすさまじさを実感した。池の対岸には農家風の建物が点在し、ここでアントワネットは家畜を飼い、野菜を植えたそうだ。そうしたことからここは「王妃の村里」と呼ばれたそうだが、案内には「農婦ごっこに興じた」とある。そういえば、たしか彼女のための小さな劇場を見たのもここではなかったか?どんな芝居だったのか。ひょっとして「ヴェルサイユのばら」だったりして・・・・・。そんなことに興じたアントワネットの心境は・・・・? 

120123 フランス紀行28(ヴェルサイユ宮殿2)

 今、孫が旧正月の休みを利用して帰ってきている。あまりの寒さに震え上がっているのだが、今住んでいるところと比べれば仕方のないことだ。それにしてもあまりにうるさいので、「寒い」という言葉を口にするたびに100円という決まりを作ったがついうっかりこちらの方が口にしそうである。彼とのことは次回に詳しく掲載しようと思う。

 パンフレットには庭園の広さは100万㎡と書かれている。見当もつかない。復興予算11兆と言われても理解できないのと同じ。せめて豆腐であれば10チョウであろうと20チョウであろうとすぐに理解できるだが。カニは自分の甲羅に合わせて穴を掘るというが、自分の価値観・経験値に合わないものは頭脳のほうが拒否してしまう。それと同じで狭い国土にちんまりと生きてきた日本人のDNАがしっかりと根付いているのも拒否する原因となっている。
 この庭はルイ14世が自ら工事現場を監督したそうだ。作業員はやりにくかっただろうな。おまけに彼は「庭園案内の手引き」を書いたほどだったというから、彼は王様になるべきではなかった。この庭はフランス式庭園の最高傑作だといわれているが、感想はただ「ふ~ん」である。とにかく広い。とにかく整然としている。その幾何学模様はそれなりに見事なものだが、どうも違和感を覚える。自然と共存する。調和する。包まれて生きるという思想はかけらも見られない。刈り取り・切り刻んで思い通りにしたのがこの庭園である。どうもこのヴェルサイユ宮殿でのテーマは「違和感」になってしまったようだ。