140403 退職2(青い林檎)

  行橋の街外れの住宅街の中に素敵な食事処がある。「青い林檎」という。何も看板も出ていないので偶然にということはない。口コミでその名が広がって、知る人ぞ知るである。初めは行橋の駅前にあったころからなので、20年以上は経っている。

  今回、事務室の中が総入れ替え状態になったので、お別れの前に仲の良かった人たち(若い女性3人に場違いな私の4人)と食事をしようということになり、私がここを推薦した。ずいぶん宣伝しておいたので、建物を見ただけで彼女たちは興奮してしまった。木々に囲まれ、ようやく薄暗くなり始めた中のシルエットはたしかに魅力的だ。木々の下には今を盛りと白と藤色のクリスマスローズが咲き乱れている。

  余談ながら、事務室は女性たちのおかげでうまく回っていた。中にはよくもこんな人間性でやってこれたなという者さえいたが、彼女たちの支えでなんとかもったといえる。彼女たちに感謝、かんしゃ!!

140401 退職1(老兵)

  2年間勤めた工科短大もこの3月で退職となった。60、65、68と3回目の退職だ。2年間でやっとさまざまな仕事にも慣れたところだったが、告げられた理由は「後進に道を譲ってください」というものだった。年金制度がどうのこうのと説明されたが、今度来る人が県職OBで60歳というのであれば、68歳である以上こう言われたら答えようがない。つい、ある有名な言葉を思い出してしまった。「老兵は死なず。ただ消え去るのみ」。ちょっとかっこつけすぎか!?

  6回シリーズで3回目の退職についてアップします。オランダ紀行はいったいいつ終わるのやら!

140331 オランダ紀行29(余郷さん3)

  隠れ教会。余郷さんがツアーでは決して行かない所へ案内しますという。オランダはプロレスタントの国。それでも少数ながらカトリックの信者もいる。社会的に拒否されたカトリックの信者たちが信仰を守るために作った秘密の教会。街の中の静かな別世界。

  ダム広場の道中、すごいものを見た。フェルメールの「牛乳を注ぐ女」が銅像になっている。もちろん(?)ピクリとも動かないのだが、牛乳だけは壺から下のカップへ注がれている。よく見るとエプロンの下にホースがあって壺へと循環している。イタリアでもフランスでもこうしたパフォーマンスを見てきたが、これがナンバー1!!

  集合の時間まで中央駅のカフェで休みましょうという。日本と違って勝手に構内に入って、プラットホームにも行ける。本当に、余郷さん。ありがとうございました。

140328 オランダ紀行28(余郷さん2)

  トラムと呼ばれる路面電車が市民の足になっている。一日乗車券を買うと読み取り機にタッチすれば何度でも乗れる。いかにもアムステルダムに慣れてますよという顔をしているが、これも余郷さんがそばにいてくれるからこそ。

  「飲みの市」。この言葉にあこがれてどうしても行きたかった所。ガラクタ市。今流行りのフリーマーケットみたいなものか。17時までとかで片づけ始めていた店が多かったのが残念。

  「花市場」。オランダといえばなんといっても「チューリップ」。ところが、時季は9月の終わり。あるのはドライフラワーと球根ばかり。

140325 オランダ紀行27(余郷さん)

  現地オランダの企画会社の社員。ふだんは添乗員と必要に応じてガイドがつくだけなのに、今回は余郷さんが3日間ずっと付っきりだった。直行便で、オランダだけのツアーというのは阪急にとっても初めてのこと。それだけにこのツアーを企画した星野さんも必死だし、私たちも全力投球ですという。

  余郷さん、ちょっと見、芸術家肌だが、なんと演劇に関わってとうとうオランダに住み着いてしまったという。夜の運河クルーズまでの3時間余りの時間、自由に過ごしてもいいし、ホテルに帰って休んでもいいという。もちろん前者を選んだが、さあどうして過ごすか。行きたい所はあるのだがどう動いていいのか。困っている私たちを見かねてか、なんと私たちに付き合ってくれた。

140322 オランダ紀行26(運河)

  ミュージアム広場からシンゲル運河を越えると旧市街に入る。歩くたびにいつも運河を見、橋を渡る。ユヤマさんの話では、いくつもの運河が同心円状に街を巡り、その総延長は100キロを超えるという。運河に区切られた島は90を超え、1500もの橋が架かっている。「街の中に運河があるのか。運河の中に町があるのか」なんてユヤマさん、カッコいい。

  彼女の説明の中で特に「オランダは千年かけて乾かしてきた低地人たちの国」という言葉が印象に残る。国を表すネーデルランド(Netherland)は「低い土地」という意味らしい。「低地人」という言葉には誇りが込められているようだ。小学生の時の時の国語の教科書かなんかで、水門から水の漏れているのを見つけた少年が自分の腕を穴に入れて漏れを防ぎ、浸水から守ったという話を読んだような気がする。そう言えば「神は大地を作ったがオランダだけはオランダ人が作った」という言葉(※)を司馬遼太郎の本で見た覚えがある。

  (※)正しくは「まことに世界は神がつくり給うたが、オランダだけはオランダ人がつくった」(朝日文庫 街道をゆく35「オランダ紀行」P234)でした。この言葉を見つけた時の気持ちは、薬師丸ひろ子の有名なセリフ「カ・イ・カ・ン」に匹敵するものだった。

140318 オランダ紀行25(アンネ・フランク)

  「ユダヤ人迫害」というものをどう解釈したらいいのか。アンネ・フランクの家系は数百年もドイツに住み続けながら、ユダヤ人ということで迫害を受けドイツを脱出し、オランダへ逃れた。やがてそのオランダもドイツに占領され、「ユダヤ人狩り」が始まり、アンネ一家も捕らえられ悲惨な運命を迎える。

  アンネが隠れ住んだ屋根裏部屋は今は観光名所となり、この日もたくさんの人が前の道を埋めつくしていた。すぐ近くに建てられているアンネの銅像を見ていると、どこかの国の「・・・・少女像」を思い出してしまった。その差はあまりにも大きすぎるけれど。家の前には道を隔てて運河が流れている。雲ひとつない青空と穏やかな日差しの運河を彼女も眺めていたのだろうか。

  アンネの日記を筆頭に彼女に関する本がたくさん破られた事件が起きてしまった。どうも精神的におかしな人のようだが、日本人もだんだんとおかしくなってきたようで気が滅入ってくる。

140314 オランダ紀行24(ダイヤモンド)

GASSN DIAMONDS 女性研磨士

  オランダといえばまずは「チューリップ」を想う。もうひとつダイヤモンドでも栄えた。それも第二次世界大戦の終了とともに、オランダでのダイヤモンド産業はほぼ幕を閉じた。今いるのはアムステルダムでも最古の、そして最大のダイヤモンド工場であった「GASSN DIAMONDS」。ほとんど興味もないが、ツアーのコースの中に組み込まれているので仕方ない。ツアーではどうしてもこうしたお店に連れて行かれる。

キミマロ

  ダイヤモンドや研磨作業をしているところを見せてくれるのだが、猫に小判・豚に真珠状態だ。日本人スタッフが説明してくれる。もう慣れに慣れて芸の域にまで達している。私はひそかに「ガッサンのキミマロ」と名付けた。

  今朝2時過ぎに家が大きく揺れた。テレビでは愛媛沖を震源とする地震が発生し、大分県北は震度5弱と告げている。2007年(もうあれから7年も経つのか)の玄海沖地震の時の揺れの方が激しかった。たまたま外で草取りをしていて、四つん這いになって立つことすらできなかった。今日は卒業式だったのだが、だれもが寝不足を訴えていた。