140818 さようなら 朝日新聞!

8月5日朝刊

  東北に出発した5日の朝刊に従軍慰安婦についての朝日の言いわけが2面にわたって掲載されていた。それを知ったのは旅行から帰った次の日のことだった。

  びっくりした! 驚いた!! あきれかえった!!! 以前から朝日の記事には偏向が見られるとは思っていた。そして、従軍慰安婦についても、当初から他紙からも、研究者からも、週刊誌からも、おかしいおかしいという声はずっと上がっていた。それでもずっと購読してきたのだが・・・・・・・

  戦争と性、軍隊と性の問題は、残念ながら人類が生まれた時からあった問題であるし、どこの国にもあったことだ。もちろん今でも行われている。だからといって、正当化しようと思わないし、できるわけでもない。それではどうして日本だけが非難されているのか。その元を作ったのが朝日新聞なのだ。吉田清治という全く当てにならない詐欺師の強制連行のネタに、日本軍が直接関与して朝鮮の女性をセックス・スレイブ(性奴隷)にしたという記事を執拗に流し続けたのである。
  おまけに女子挺身隊の話を持ち込んだために、それが「20万人の従軍慰安婦」という韓国の非難、国連の報告へとつながって、日本とはとんでもない国、国民であるという話になってしまった。ただの一市民である私でさえ、学徒動員・女子挺身隊がどんなものであったかがくらい知っているのに、新聞記者が知らなかったで済まされるもんか。だれが考えたって(なかには田嶋さんみたいな人もいるが)おかしいと思うことを、あの、あの朝日新聞が30年以上にわたって垂れ流してきたのにはなにか意図があったとしか考えられない。朝日の罪は重く、「間違っていました・知りませんでした・誤用でした・見抜けませんでした・取り消します」ですむ話ではない。

  私たちの世代の学生時代のファッションといえば、ジュンやバンといった服装を身につけ、手には「朝日ジャーナル」を持つというのが定番だった。それだけ朝日新聞は特別な存在だった。文字通りのオピニヨンリーダーであり「社会の木鐸」だった。それだけに悲しいし、情けないし、腹立たしい。

  このブログではできるだけ政治的な話は掲載しないようにしてきたのだが、今回は腹の虫がおさまらない。もう一度言う。「さようなら 朝日新聞!」

140816 東北四大夏祭り3(青森駅)

丸の内北口から新幹線乗り場までのわずかな間に一人が行方不明になる。奥さん曰く、「うちの人は携帯を持たない人なんですよ」と。こういう時に「持たない人」なんてまるで他人事のように言う。

新青森駅までおよそ3時間。揺れもせず静かなものだから眠りこんでしまい、気がついたら駅まじか。新幹線のために田んぼの中に造られた新駅という。駅の周りが閑散としているのと、降り続く雨のためにいよいよ寂しく感じる。県全体で人口130万人で、県庁所在地の青森市は30万人を切っている。ガイドさんの話では「あと20年もすれば若い人がいなくなってしまうのではと心配している」という。

ねぶたが19時から始まるというので早めに夕食を取る。早めといって16時30分からだ。交通規制に遅れたらバスを遠くに停めなくてはならないので早く食べます、と勝田さん。このあといろんな場面でこの言葉を繰り返される。分かっちゃいるが・・・・・。食事場所は青森港内に係留されているメモリアルシップ「八甲田丸」だった。

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140813 東北四大夏祭り2(東京駅)

羽田に着くとCAのアナウンス通り東京は快晴だった。あちこちで台風の影響で被害が出ているというのに、ここだけは穏やかだ。各自、朝食(どこに行っていいのか分からないので、一番に見つけたカレー屋さんに入る)をとって、モノレールで浜松町へ。8年前、下の娘の結婚式の時、何度かこの駅を使ったがまだ覚えていた。

勝田(添乗員)さんの号令一下、一号車38名、一糸乱れぬ集団行動といいたいところだが、なにしろ後期高齢者が大半を占めるツアー。浜松町駅から山手線で東京駅に着いた時には一組の夫婦が行方不明。ここで東北新幹線に乗るまでは自由行動。ところがどこへ行けばいいのか。ゆったりとどこかへ行ける時間の余裕もない。おまけに丸の内側はお店も何も全くない。駅の写真を撮ろうと外へ出てみたが、全景を撮れるほどの広さの場所もない。なんかイメージしていた光景と全然違っていて、ただただ狭苦しくて、ただただ暑苦しいだけだった。

140810 東北四大夏祭り1(旅の運)

  北九州空港に6時集合。東北四大夏祭りツアーの開始。何年か前、神戸のルミナリエに行った時のメンバーと久しぶりの旅。丸3年は経っていないのにお互いずいぶん年を取ったなあ。耶馬渓の人は3時起きだったとか。

  北九州空港では雨だったのだが東京は晴れ。CA はいう。「まもなく羽田に到着します。東京はお出かけ日和の快晴です。観光の方はお楽しみください。お仕事の方は・・・頑張ってください」。「・・・」は少し間があったことを表しているのだが、なにか意味深でおかしかった。

  スペイン紀行を一時中断します。今回のツアーは一言で言うと、「疲れた!」。これまで維持してきた旅の運を使い果たしてしまったようだ。詳細はこのあとで。

140804 スペイン紀行5(サグラダ・ファミリア2)

  日本名では「聖家族贖罪教会」という。「贖罪」といっても罪を償うというのではなく、建設費用が故人の寄付で賄われていることによる。これについてガイドさんが面白いことを言った。たとえば国の予算などで一度に造るのではなく、ダラダラとやるほうが金になります。工事をしながらそれを見せて金を取る。これを「逆生産性理論」といいます(ほんまかいな!?そんな言葉 あるんかいな?)。おそらく永遠に完成しないでしょう。二条城もそれをまねしました。

  困った時のネット頼み。「平成23年から20年間の予定で修理事業を進めます」とあった。「二条城一日城主募金」なんてのもあった。ガイドさん、おそらくこのことを言ったのだろう。

140731 スペイン紀行4(サグラダ・ファミリア)

  「サグラダ・ファミリア」。なんといってもこのツアーの第一の目玉。それも大きなおおきな。バスを降りて建物の間から遠くにその姿を見た時、大袈裟だが「ゾクッ」とした。1882年に工事が始まって132年。未だに造り続けていることでかえって有名になってしまった。

  ガウディ没後100年の2026年に完成予定という。まてよ、最終的には18本造られる塔のうち完成したのは6本。12本はこれからだ。130年経って6本なのにあと12年でできるものだろうか。ネットで見ていたら「サグラダ・ファミリア完成イメージ動画」というのがあった。圧巻の一言だし、これだけのものがあと12年で本当にできるのか、いよいよ心配になってきた。

140727 スペイン紀行3(モーニングコール)

  一日目のホテルは、バルセロナ近郊のタラーサにある「DON CANDIDO」という名前のホテルだ。中は円形の吹き抜けでそれを客室が囲んでいる。ツル科の植物が垂れていて壮観だ。一泊目だがどうも阪急の時よりもレベルが少し上のようだ。

  さあ、このツアーの第一の目玉「サグラダ・ファミリア」へ出発。と、思ったらいつまで経っても出発しない。一組の夫婦が来ていない。モーニングコールが聞こえなかったとのことで、慌てて降りて来ているそうだ。たしかにホテルに入ったのが0時を超えていた。疲れて爆睡していたとも考えられるが、坂井さん(添乗員さん)によれば、「コールを忘れられた可能性があります」とのこと。スペインだ。ありそうなことだ。

140724 スペイン紀行2(乗り継ぎ)

アムステルダムには予定通り到着したのだが、バルセロナへの乗り継ぎ便は4時間半待ち。先に断わっておくと、インチョンでの乗り継ぎの2時間はイライラしたが、今回は全く気にならなかった。行きと帰りの違いはあったが、それよりもどうも場所が影響しているようだ。朴さんになってから何事につけてイライラが募る。

添乗員さんの話では、このツアー、38名。イタリアもそうだったが、38名は多すぎる。季節的には一番いい時。観光客も多い。乗り継ぎの飛行機は小さいので、38名分を一度に確保するというのはJTBといえども簡単ではなかったようだ。

ところで、乗り継ぎのチケットは各自購入しなければならない。機械は8台でセルフサービス。ところが、2台に一人、担当者がついて手助けをしてくれる。というより全部やってくれる。おそらくセルフにしたはいいが、パニックを起こし、混雑し・・・・・・・、それで担当者がついたのだと思う。

今朝の水やりの時、気がついた。実が3つついていた。大きいので長さ9センチ、幅6センチ。白いウリだとか。