260215 鎌倉紀行40(長谷寺6見晴台)

経堂から下がると見晴台への石段が見える
ほんのわずかな階段だが、上った先には絶景が見える

木々の先には、鎌倉の町並みと鎌倉の海と由比ガ浜と
ずっと遠くには三浦半島が見える
この長谷寺は計画にはなかったところなのでバタバタしたところがあったが、
のんびりと遠くを眺めるのがなんと癒されることか!

260210 鎌倉紀行39(長谷寺5経堂)

本堂の横に経堂がある

中央に八角形の回転式書架があって、「輪蔵」という
高野山でも同じものがあったが、輪蔵の腕木を押して一回転すると、
一切経をすべて読んだと同じ功徳が得られると言われています
必死になって押してみましたが、びくともしません
説明板をよく読むと、観音縁日(毎月18日)に回すことが出来ると書いてあります
今日は21日、回るわけがありません

壁側に「マニ車」があったので、それを回しました

昔々、NHKでシルクロードの特集がありました
チベットでの映像で、「マニ車」を何度か観たことがあります
あれは確か1980年代でした
中国に侵略されてから30年ほど経っていました
あのころは、まさかこんな妖怪のような国になるとは
思いもしませんでした

260201 鎌倉紀行37(長谷寺3本尊)

上境内に上がると、中央に本堂(観音堂)があり、本尊を拝むことが出来る
高さ9.18mの巨大な木彫りの「十一面観音菩薩立像」である

伝承によると、721年、大和の国で二人の仏師が巨木から二体の観音像を三日三晩で彫り上げる
そのうちの一体は、大和長谷寺の本尊となり、
もう一体は海中に投じられ、それが何年か後に相模の国の沖合の海面に現れ、
ここ鎌倉の長谷寺に本尊として祀られている、そうだ
長谷寺が先にあったのか、本尊を祀る場所として長谷寺が出来たのか、
おそらく後者だと思うが・・・・・

今から10年前、2015年の6月に連れ合いと車で奈良を巡り、
長谷寺で観音像を拝んでいます
そのあまりの大きさに圧倒されたのを覚えています

ちなみに、その高さは10.18mです

260125 鎌倉紀行36(長谷寺2下境内)

長谷寺は山のすそ野に広がる下境内と、中腹に切り開かれた上境内にわかれており、
下境内は二つの池を有する回遊式庭園になっている
山門をくぐるとすぐ左に「妙智池」、左には「放生池」がある

長谷寺には、一年中いろんな花が咲き乱れ、「花の寺」とも呼ばれている
この旅に出る前にどの番組かは忘れたが、
その花(庭)を守る職人たちの姿が特集されていたのを、たまたま観たのを思い出している
今はちょうど端境期で、
桜は終わり、一番有名なアジサイにはあとひと月ほど待たないとならない
それでも小さな花たちが迎えてくれたし、
その間に何とも可愛い3体のお地蔵さんを見つけた

前には「良縁地蔵」と書かれた小さな看板が立ち、
境内には3か所に隠されており、全てを見つけて写真に撮ると良縁に恵まれる、
と「るるぶ」に書かれていました
もうとっくに通り過ぎた縁なので、たまたま見つけたこの一体だけで良しとしましょう

 

260120 鎌倉紀行35(長谷寺1山門)

予定では、二日目に鶴岡八幡宮から浄妙寺・報国寺、そして杉本寺を回る予定でした
それを、鶴岡八幡宮を初日に回し、
浄妙寺までタクシーを使ったので時間が余ってしまいまし
そこで、江ノ電で帰る途中、急遽「長谷寺」へと向かいました

鎌倉駅から3つ目が長谷駅
駅から10分以内で長谷寺という好立地のためか多くの観光客が訪れていました
特に外国人の人が多かったようです
交差点を左折すると遠くに山門が見えてきます

山門にぶら下がる赤い大きな提灯が印象的です
印象的といえば、門を覆うように見える松が目立ちます
「内かぶりの松」というそうです

260115 鎌倉紀行34(岐れ路)

歌の橋からすぐの交差点でこんな名前の信号を見つけました
下に書いてあるローマ字で読み方は分かりました
読み方は分かったのですが、なんのこっちゃと疑問が湧いてきます
「岐」は「わかれみち」とか「えだみち」を表す文字だとは知っていました
でも、信号にこの文字が使われているのを見るのは初めてです

周りを見回してもやっぱりなんのこっちゃです
そして、気が付きました
ここは十字路ではなく、三叉路なんです
そうか、それでかっこよく、鎌倉らしく「岐れ路」なんて名前を付けたのか
これはあくまでも個人の感想です
信じるか信じないかはあなた次第です

260110 鎌倉紀行33(歌の橋)

この後、歩いて鎌倉駅まで戻るつもりです
途中どうしても見たい橋があります
前回訪れた時に見つけたもので、「鎌倉十橋」の一つで「歌の橋」と名付けられています
杉本寺から150mほど行った所、二階堂川が滑川に流れ込むところにあります
流れ込むといっても雨の日以外は、これでも川ですかといいたくなるくらいの小さなもの
だから橋の長さも4・5mあるかな
そんなもんです

鎌倉時代、ある御家人が謀反の罪で捕らえれた時、
和歌を詠んで奉納したそうです
その和歌に感動した将軍実朝がその罪を許しました
そのお礼にとこの橋を架けたので、「歌の橋」という名前が付いたそうです
名前がカッコいいと思って写真を撮って、帰ってから調べて感動したのを覚えています
2回目ですが、しつこくもう一度伝えたいと思います

うちの近くにも似たような小さな橋がありますが、
「華の橋」とか「歌の橋」とか、カッコいい名前はついていません
というより名前自体がありません
さすが「鎌倉」というべきなのか・・・・

260105 鎌倉紀行32(杉本寺5諸々)

本堂の右手には鐘楼が、その奥に熊野大権現と白山大権現を祀る社がある
といいながら、肝心の社の写真を撮るのを忘れています
社と鐘楼の間には、
たくさんの五輪塔群と赤い胸当てをした可愛い7体のお地蔵さんが祀られています
右の写真はどこかの田舎の写真ではありません
鎌倉の住宅って、なんとまあ、狭い土地に建っているんですね

そうそう、帰りの苔の石段のところで、若い女の子から写真を頼まれました
どこかは忘れたけど、以前もそんなことがあって、
「やはり見る人からは上手な人って分かるのかな?」って自慢したら、
連れ合いからは「何言ってんの。一眼レフ持ってるから勘違いしてるのよ!」
ときつく言われました
今回も一眼レフが効いたかな
記念です  私も撮ってもらいました