グランド・オダリスク。同時代の批評家からは「この女の脊椎骨の数は普通の人間より3本多い」と揶揄された、などとガイドは知ったかぶりをして言う。そう言われてみればたしかに妙に長く見える。しかし、だからと言って彼女の美しさ、妖艶さが少しでも減るもんではない。批評家もガイドもそれこそいらぬおせっかい。 |
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| 民衆を導く自由の女神 美術の教科書の定番だった |
ナポレオン一世の戴冠式 実際はもっと大きな絵だが、ナポレオンをメインに |
グランド・オダリスク。同時代の批評家からは「この女の脊椎骨の数は普通の人間より3本多い」と揶揄された、などとガイドは知ったかぶりをして言う。そう言われてみればたしかに妙に長く見える。しかし、だからと言って彼女の美しさ、妖艶さが少しでも減るもんではない。批評家もガイドもそれこそいらぬおせっかい。 |
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| 民衆を導く自由の女神 美術の教科書の定番だった |
ナポレオン一世の戴冠式 実際はもっと大きな絵だが、ナポレオンをメインに |
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本日の市内観光はルーブル美術館を除いて車窓観光と計画にはあった。そうだろうな。2日間ともなにもかもゆっくりと見て回るなんて土台無理な話と分かっていてもほとんどバスからとは・・・・・・・。コンコルド広場を中心に見学して回ったが、聞いた時には分かっていた説明もバスの動きとともに頭の中を素通りしてしまった。それでもエッフェル塔だけは真正面に塔を望めるスポットで写真をゆっくりと撮るだけの時間はとってくれた。「Merci!」
ここはシャイヨー宮のトロカデロ広場で、ここからのエッフェル塔は絶景でどの観光パンフレットにも載っている場所である。エッフェル塔=高さでは東京タワーに少し負けるが、姿はこちらの方が断然いいと個人的には思う。色も落ち着いているし、下半身がどっしりとして安定感がある。まるでフランス女性(失礼!)のようなスタイルだ。何より周囲に高い建物がないのでエッフェル塔だけがあますところなくその存在感を誇示している。足の間から遠くにはエコール・ミリテール(旧陸軍士官学校)が見える。この景色にマッチしている。
写真の順番が狂ってしまった。たてや横やサイズの違いなどで始めに考えていた順序で挿入してみるとあっちこっちに飛んでしまった。そこで、サイズと形でまとめてみると上手く並んだ。昔、ワードで学校だよりを作っていた時に写真を挿入すると文字が飛んで回って拾い集めるのに苦労したことがあった。それを思い出した。
①ノートルダム寺院 ②広場の噴水 ③遠くに凱旋門を望むシャンゼリゼ通りだと思う ④この建物はどうしても思い出せない ⑤エッフェル塔 ②足の間にエコール・ミリテール ⑦オベリスク ⑧凱旋門 ⑨同行三人 ピース!
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| ミラボー橋 橋にかかる彫刻が目立つ | 自由の女神像 真中に小さく | サラダ 濃い赤がビート |
12:30、パリに入る。セーヌ川に架かるミラボー橋が迎えてくれる。セーヌ川にはたくさんの橋が架かり、雰囲気のある橋も多い。その橋をめぐるツアーもあると聞く。たしかこのミラボー橋を題材にしたシャンソンがあったのを記憶しているが何と言ったっけ。その先にはパリでは珍しい高層ビル群を背景に本家「自由の女神」像が見える。パリの街には高層ビルは似合わないでしょう、と思うのだが、そうも言っていられない時代になったのか。アメリカ独立100周年の記念にフランスから贈られたニューヨークにある自由の女神のほうが有名だが、本家の像はこじんまりとしている。それにしてもこの女神像、あちらこちらで見かけるが、たしか宇佐にある10号線沿いの中古車センターにもこのレプリカがで~んと飾られている。人気者だ。
13:00、昼食。サラダに入っていた赤カブ(ビート)が酸味が効いて美味しい。
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以前にも書いたが、添乗員の江尻さんには散々脅された。最初はうんざり聞いていたのだが、どうした心境の変化か、この脅しが耳に心地良くなってきた。おそらく彼女の私たちの身を案じる思いが伝わってきたからだろう。その思いはモン・サン・ミシェルで形として見ることができた。その彼女が素敵な話をしてくれた。それは・・・・・
大震災の後、東北の観光地が落ち込んでいることを知り、ガイド仲間や阪急交通社の関係者に呼びかけて会津若松へのツアー旅行を企画したそうだ。何とか助けたいという思いを形にするには私たちのできることはこれだから、と。いったいこの団体は何なんだろうと何度も聞かれたし、どこでもどうしてやってきたのかを話しまくりました。すごく喜んでくれましたよ。買い物だってしまくりました。その「しまくりました」という言い方がかわいいやらおかしいやら・・・・)。一人で会津のお酒を何本も買いまくり、この人、どれだけの酒飲みかと思われたようです。たしかに呑みそうな雰囲気は持っている。お一人様で居酒屋に出没しそうである。
だんだんと震災の話も途切れがちになっている昨今、忘れていないよと伝えたいし、伝えるだけでなく何か形になることができたらとつくづく思う。他人事みたいだけど「江尻さん、がんばれ!」。
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今年は記念の年だそうだ。つまり、10回目=10周年である。集合写真は会の始まる前に撮ることが決まりだ。そう、酔う前にということ。たしかにみんなまだまともな顔をしている。今年はいつものメンバーの中から二人が欠席した。一人はおじさんの法事だとか。もう一人は「ヒロさん」だ。やはり参加することは叶わなかった。しかし、れいこさんの話ではずいぶん良くなっているとか。何日か前に電話で話した時にはずいぶん元気がないなというのが正直な感想だったが、れいこさんはもっとひどかった時を知っているので「これからだんだんと良くなるよ」と自信たっぷりに言う。その気持ちがこちらにも伝わってきてずいぶん気持ちが明るくなってきた。ヒロさん、みんな心配しているし、元気なあなたに会えることを楽しみにしていますよ。来年こそは会いましょう!
ところで、10年も経つと同窓会の雰囲気もずいぶん変わってきたなと思う。昨年も書いたが、この同窓会は「参加できるのは幸せであり、だれもが幸せを求めて参加しているはずである」と私は思っている。お互いを思いながら集まり、楽しい時を過ごすのが同窓会のはずだ。話変わるが、4年に一度開かれている中学校の時の同窓会に60歳の還暦同窓会以来出席しなくなった。中学校の時、お前にいじめられたことがある。いまだに恨んでいるなんて、からまれてうんざりしてしまったからだ。いじめられることはあってもいじめるなんて、とは思うが、50年近くそう思って生きてきたんだろうからいまさらそんなことはないなんていっても聞く耳はもたないだろうし・・・・。ということでこちらのほうで縁を切ることにした。それにしてもこんなに長いとその思いはすでに「怨念」になっているのではとこわくなってくる。
書き換えようとするのに内容はあまり変わりません。この辺で止めておきましょう。
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8:00にホテルを出発。一路パリへ。2時間で休憩。こちらではガソリンスタンドにコンビニが併設されている場合が多い。バスを降りるとひんやりとする。乾燥した空気なので心地いい。バスの温度計では17℃である。この話は9月の16日のことだからあれからもう50日は経っている。それなのに九州は毎日20℃を超えて夏日になることもある。
誰かが言っていた。「山がねえなあ!」。モン・サン・ミシェルを出てすでに3時間が経とうとしている。その間、時々森らしきものが農地の合間に見え、農家が点在し、牛が寝転がっているのをのぞいて、ただひたすら平地が続いている。見方を変えればのっぺらぼうで代わり映えのしない自然ともいえる。だからこそ、わずか200mにも満たない岩山に特別の思いを寄せるのだろう。そして、ちょっと高いところがあると「OOのスイス」と名づけるのだそうだ。
〔閑話休題〕 これは11月の2日に掲載する予定でした。この日は私の66回目の誕生日でした。だからどうだというわけではないのですが・・・・・。
白い秋明菊のつぼみ。掲載する写真がないので、と思っていたら安曇野通信があった。 |
日本一美しい「涸沢」の紅葉だそうです。たくさんの写真の届くことを期待して! |
タイトルを「センパイ2」としたのだが、とりたてて書く内容がない。「1」でも書いたが、ヒロさんから携帯が入っていた。何日も見ないことが多いのに(ということは何日もかかってこないということにもなる)今日は虫が知らせたのか。胃を全摘したそうで「食べることが仕事になってしまいました」と。
今日は普段になく用事が重なった。年金のことで市役所に、持病の薬をもらいに内科まで、そして、パソコンを買い換えたので受け取りにやまだ電機へ。ところが、今日は3日。つまり「文化の日」だ。全く忘れていたのではない。何度かカレンダーを見ては3日は赤い色になっているなとということは記憶にあるのだが、それが祝日で、病院や市役所はお休みなんだということに結びついていなかったのである。3月に完全退職して家にいることになったら脳細胞の神経細胞、ニューロンの働きが鈍くなってしまったようだ。それを世間では痴呆症の始まりというのではなかったか?
NECからパソコンの修理の見積もりがきた。54.000とある。いつも世話になっているやまだ電機の方の情報で、「Lenovo」という機種なら5万から7万でお勧めのものがあると教えてもらった。その方自身が5万のものを購入しているのだという。私のパソコンはすでに7年経っているし、これだけの費用をかけても修理代と変わらない値段の今のPCの性能には到底及ばない。なんでこんなに安くなってしまったのかとありがたいのだが、これでメーカーは、ひいては日本経済は大丈夫なのかと心配になってくる。
タイの洪水やギリシャのことで、私のPCのことから日本経済の先行きが不安になってしまった。以前だとこういうのを取り越し苦労と言っていたのだが、「取り越し苦労」で終わればいいのだが・・・・。
知多のあっちゃんが26日から29日まで帰ってきた。91歳になる叔母さんが気になるのでと言う。彼女との思い出の最初は小学生の時。そろばんを習っていた中津経理学校(とっくの昔になくなったが)でのピンポンだった。それ以来、中学・高校と卓球部でともに遊び、帰ってくるといまだに連絡をくれる。
27日夜、ヴォライユで食事をする。昨年の同窓会以来だからもう一年が経つのか!会って話すことときたらいつの間にか病気のことが主となってしまった。それだけ年をとったんだから仕方にとは思いながらやはり寂しくなる。あらかた出尽くしたところで、「さて」と身構え、「ヒロさんがね、ガンになったんだって」というとあっさり「知ってるよ」と言われてしまった。彼とのメールのやり取りの中で「先輩、実は・・・・・・」と教えられたそうだ。
翌日ブログを開くと、なんと話題の主「ヒロ」さんからのコメントが入っていた。6月以来なので懐かしくてなつかしくて・・・・・。6月で途切れてしまった時は何かあったのかなと思ったきりで、あとはたまに思い出すだけで深く考えもしなかった。そんなもんだと思いながらもやはり「この薄情者!」と反省しきり。やはり同じように「先輩、実は・・・・・」。彼の「セ・ン・パ・イ」という言葉は、聞いてもこうして目にしても心がほんわかとしてくる。あっちゃんもそうだと言う。ヒロさんの人柄が感じられてうれしくなるのだと。あの元気印のヒロさんのことだから必ず元気になるよよ言いながら分かれる。
来年こそ、彼の元気な姿を見て、彼のあの独特の「セ・ン・パ・イ!」ということばを聞きたいものだ。
なぜ、また掲載する気になったのか?ヒロさんのことばともうひとつ、このブログの始めにその動機として書いた「私をおーちゃんと呼ぶ彼のために(というより自分のためなんだが)何かを残しておきたいと思ったこと」というのが大きな理由である。変に気にせず、こんなこと書くこともおーちゃんなんだと思ってくれたほうがいい。、ひょっとして掲載したほうが私とヒロさんとの思い出もネットがある限り残るのでは、とカッコつけて思っても見た。
