111223 神戸ルミナリエ5(光のアーチ2)

 目の前に光のアーチが続く。300メートルにわたってアーチが重なり光の渦となっている。あまりの美しさにこうした時に出るはずの声も少ない。圧倒されてしまったのである。そういう私もただ「うわー」としか言葉が出てこない。写真でも見たし、テレビでも見ている。特集での素晴らしい映像も見てきている。それでもやはり現実に目の前で見る感動には及ばない。この感動は言葉でも映像でも上手く伝えられそうもない。
 今年のテーマは「希望の光」。仲町通りの会場にはまず「フロントーネ(聖なる暗号)」と「ガレリア(未来を見つめて)」が続く。作者のダニエル・モンテベルデ氏はメッセージの中で、
ーさまざまな夢や希望を胸に/会場を訪れた人々は/「希望の光」を探すために/魂の旅を始めます/聖なる暗号を読み解き/・・・・・
と述べている。 

111221 神戸ルミナリエ4(光のアーチ1)

 荷物をホテルに置いてそのまま会場へ。ホテルから歩いて15分のはずが・・・・・
 入り口はなんと元町駅の近く。車の進入をストップして、周りはパイプ製の二重の柵と数メータおきに配置された警官とガードマンに誘導されていく。「立ち止まらないで下さい」「危険ですから立ち止まって写真撮影しないで下さい」と言われ続ける。「この列から出ると再入場は入り口まで戻ってください」。
 こちらの感覚では直接仲町通りのルミナリエ会場かメイン会場の東遊園地に行けるものとばかり思っていた。まあ、会場の入り口ではいくらかは待たされるだろうとは思ったが。それが入り口が元町とは。とにかくものすごい人である。それでも今日は普通日なので土・日の3分の一ですよ。3日の土曜日に来た時には大丸の前で1時間待たされました、と添乗員さん。
 とにかくひたすら人波に着いて行くだけ。そして、最後の角を曲がると・・・・・・ 

111219 神戸ルミナリエ3(異人館)

 ゆっくりと北野坂を登る。途中、西村珈琲のお店を見つける。前回来た時に、ここでお茶したのを思い出す。というより、これは連れ合いの受け売りでそんな昔のことを覚えているような私ではない。言われてみれば、そういえば、という程度である。
 突き当たりは風見鶏の館と萌黄の館がある。なんで「モエギ」というのかと思ったら建物全体が萌黄色なんだ。とはいえ、「萌黄(モエギ)」という言葉から受けるイメージとは程遠い色彩だったけれど。
 隣の北野天満宮にお参りする。急な石段にちょっと尻込みする。その人が一番元気に登るのがほほえましい。その後、時間もないので北野通りだけを散策する。旧パナマ領事館、ラインの館、北野美術館と続き、道の反対側には英国館、洋館長屋(仏蘭西館)、ベンの家と続く。洋館長屋にはたくさんのサンタが飾られている。これも見たような印象がある。ひょっとしたら何かの番組だったかもしれないし、似たような別な場所だったのかもしれない。
 そのあと、今日の宿、「ポートタワーホテル」へ。 

たった今、北朝鮮の「キム・ジョンイル総書記」が17日、急病のため死去したという速報が報道された。この頃、50日以上も消息のないのはおかしいと盛んに取り上げられた例のアナウンサーが重々しい口調でそのことを伝えている。この後、どんなことが起きるのだろう?

111216 神戸ルミナリエ2(逆走)

こちらが正面。真っ暗な中で田んぼに入って撮りました。 製作者の梅津さん自身が見学に来た人たちに説明をしている。子どもたちが喜ぶのが一番うれしいとか。

 神戸まで2時間ごとに休憩を取りながら約7時間で走る。新幹線の時も思ったけれどトンネルの多いこと。時には1キロを超えるトンネルが5つも続いている箇所もある。書写山という看板を見たところでは連続7つというのさえあった。ほとんど山の中を走るが、今年は12月を過ぎても紅葉が残っている。
 福山SAから次の三木SAまでを1時間10分くらいですと言っていたのに、ジャスト2時間かかる。すいません。引き算を間違えました。3歳児の計算能力でした、と添乗員は言うが、3歳児が聞いたら腹を立てそうだ。この添乗員は憎めないキャラの持ち主だった。予定の時間が来ると帽子を被って身構えていたお年寄りが、SAに着くと女性たちよりも早くトイレに急ぐ。年を取るというのは大変だ。
 中国道から神戸へ行く入り口を見落とし、何十メートルか進んでしまう。そのままバックしていく。みんなあっけに取られたが、しまいには笑い出してしまう。運転手くん、冷や汗者だっただろう。少し行くと看板が出ていた。「高速道路では逆走しないで下さい!」。今度は出口を間違える。料金所の方が再入場させてくれる。その時のやり取り。
     どこからですか? -  九州です  -  分かりました。
こういうのを【思いやり】または【絆】という。

111214 神戸ルミナリエ1(出発)

 
マッチした写真がないので、ルミナリエに引っ掛けて近所の「イルミネーション」の写真を掲載する。田んぼの中の一軒家「梅津邸」である。昨年も掲載したが、今年特に変わったのが「がんばろう 日本」。
   M  8分の一秒  F 8  ISO800  WB(PRE)  三脚使用  ストロボなし
 

 6:30 自宅出発。あの人たち、きっと早くやってくるから急げよ。案の定、20分前には外の広場で車のエンジン音がする。
 7:40 余裕を持って小倉着。心配した車の駐車も上手くいく。おまけに駅のパン屋さんで朝食もできた。
 8:20 出発。いざ「神戸ルミナリエ」へ。小倉駅発といっても新幹線ではない。バスでの「神戸ルミナリエと京都への旅」。バスというのが少し引っかかったがフランスへ一緒に行った方に連絡すると「行きましょう!一度は行ってみたかった」と二つ返事。
 最近では近所の個人宅や一つの通りが共同で始めるなど広がってきている。12月が近づくと博多や小倉でのイルミネーションも紹介されるようになってきた。特に今年は、大震災への思いを受け止めたものが多い。そうなるとやはり神戸ルミナリエはどうしても見ておきたい!

111212 臼杵8(番外編)

 
 
     
     
     
     

 ここ、福わ内でのふぐを食べる会も長く続いている。それだけ美味しかったからでもあろうが、少しずつ初めの頃の感動が薄れてきてもいる。昨年は照り焼きの味が薄くて生臭さが残って頂けなかった。今回、それは私好みの濃い味ではなかったがそれなりに美味しく頂けた。それなのに最後に出たメロンに全く味がなかった。果物は切って、食べてみるまでは分からないからねという人もいるが、だからといって美味しくないよとも言えないなんてどうしても理解できない。味の濃い薄いは個人的な好みの問題と考えることもできるが、味があるかないかは何と言っていいのか?
 そういえば、今年はゆったりと味わいながら食べるという雰囲気ではなかった。前の料理が残っているのに次の料理を持ってくる。お酒を飲む人の前には料理がふたつも三つも残っている。お客に料理を楽しんでもらうという心遣い「091212ふぐ三昧(2)」はどこに行ってしまったのか。これではとても三ツ星にはなれないだろうな。なんとも後味の悪い思いが残ってしまった。そろそろ会場を変える時期になっているのでは・・・・・。 

111211 臼杵7(鬼たち)

 これまでは塔の姿を見るだけだったが、今回は違った。例の駐車場のおじさんから言われた「ここのこれだけは必ず見てほしい」のひとつとして教えられたのがこの三重塔である。特に一層目の軒下に小さな鬼たちが見えるというのである。これまではそこまで見たことはなかったが、たしかに四隅にそれぞれ鬼たちが軒を支えている。懸命になっているのもあるし、軽々と背負っているのもある。笑っているようでもあり、ふてくされているようでもあり、これを造った大工たちのユーモアが感じられる。何はともあれ、150年の長きにわたって塔を支えてきた鬼たちに乾杯!

 これで「臼杵紀行」は終了だが、毎年恒例になっている「臼杵のふぐを食べる会」が12月3日にあったので、それが番外編となる。

111210 臼杵7(龍原寺三重塔1)

 龍原寺の三重塔は旧市街の入り口に建つ、ある意味臼杵の象徴といえる建造物である。何度見てもその姿の端麗さと歴史を感じさせる重厚さとで見飽きることがない。パンフレットには「九州に2つしかない江戸期の木造三重塔の一つとして知られている」とある。九州には4つの三重塔があると言われている。豊前国分寺三重塔は明治、平戸市の最教寺は平成元年、瀬高町清水寺は昭和と聞いている。もうひとつはどこだろう。