200311 沖縄紀行31(終わり)

とうとう最終回までたどり着きました

「出発」のところで書いたように、早く離陸する便に合わせたので、那覇空港ではずいぶん待たされました

帰り着くのが深夜になりそうなので、空港で夜食を食べる
沖縄に来たのですから、やはり「沖縄そば」でしょう
そして、すっかりとりこになった「オリオンビール」です
ビギンの歌にもある「オジー自慢のオリオンビール」(←クリック
ひょっとしたらスーパードライより美味しいかも・・・・

すっかり沖縄が気に入った連れ合いは、
「気候のいい時にもう一度来たいね。その時はレンタカーで」という
だけどその時には「首里城」はもうないのか!
美しい姿を見ることができたと喜ぶべきか、
もう見ることができないと悲しむべきか
少なくとも、私に生きているうちにはもう見ることはできないだろうな・・・・

200308 韓国コロナウイルス

「韓国コロナウイルス」なんてタイトル付けて
我ながら子供らしい反応だとは思うのですが

3月6日 新型コロナウイルス 日本の入国制限に韓国猛反発(FNN)
3月7日 日本が韓国からの入国制限を強化したことに対して
「隣国日本が背を向けた。科学的でもなければ賢いとも言えない。日本の不当な措置には相応な措置が不可避だ」(韓国首相)

どこかで見た風景
そうそう、昨年8月に韓国をホワイトリストから外した時に
ヒステリックに反応した姿と全くおんなじだ
「背を向けた」なんて仲がいいつもりでいたんだろうか
それはそれで、背中辺りがぞくぞくするほど気持ち悪イイ!!

さらに追い打ち
何らかの形で韓国に制限をかけている国は100か国を超えるという
3月7日 「韓国からの入国者を隔離している中国には何も言わない政府が、日本にだけは激しい憤怒をあらわにしている」(朝鮮日報)
中国様には、ご主人様には、怖くて何も言えないのでしょう
だから余計に反日に頼っているのです
それはそれでむかつくというか、かわいそうというか・・・・

話がドロドロしてきたので、今回も写真だけはきれいなものを

お詫び 「100か国を超える」は4日の午前9時の時点で、「92の国と地域」でした
    お詫びして訂正します

 

200306 沖縄紀行30(首里城2)

ここ首里城は、沖縄戦で日本軍が地下に第32軍の総司令部を置いたため、
米軍の攻撃目標となり、ここに降り注いだ砲弾は「鉄の暴風」と呼ばれるものだったと、
若いガイドさんが繰り返し話してくれた
今でも毎年何十万トンもの不発弾が処理されているというのだから、言葉も出ない
1958年(昭和33年)に守礼門が再建され、
1992年(平成4年)に正殿を中心とする建築群が再建される

そして、2000年に世界遺産に登録された
ガイドさんも言っていたが、この美しい景色が二度と失われることのないように・・・・

とここまで書いたら、なんとなんと、首里城が炎上している姿が映っていた
ほんとに何が起きるのか・・・・・

200304 沖縄紀行29(首里城1)

さあ、これからこの旅行のメインイベント「首里城」へ
バスを降りてまず目にしたのは「守礼の門」
写真等で目にしていたものとは違って、思った以上に小さくてかわいかった
仮にもお城の正門なので、
もっと厳めしくて、迫力があって、と思っていたので・・・・
色彩的にも華やかで、本土のお城の正門とは役目が全く違って見える
「守礼の門」という名前からして、
いかにも平和を愛し、平和に国を保ってきた歴史がうかがえる
見た瞬間、なにか「デジャブ」な思いがしたのだが、
そうだ、二千円札に使われていたんだ
この頃全く見なくなったんだけど、沖縄では今でも自動販売機でも通有するとテレビで言っていた

200301 武漢コロナウイルス

囲碁の会長さんから連絡が入る
3月いっぱい公民館の使用が禁止されたので、囲碁クラブも休みますという
とんでもない話になってきた
小・中・高が3月いっぱい休校という方針が政府から出たと聞いた時は、呆気にとられた!!
大変になるだろうとは思っていたが、
正直な話、昨日の今日、こんな田舎にまでここまでの影響があるなんて

言いたかないが、これまでの人類の歴史上(おおげさかな!?)世界的な不幸の発生源はすべてが中国だったといってもいい
中世ヨーロッパの人口の3分の一が死亡したペストの起源が中国だとはよく知られた話

感染病だけじゃない
あの国と関係を持つとろくなことがない
チベット・ウイグル・内モンゴル・・・・・・
特にウイグル
「ウイグル人弾圧」とネットで検索すると、
中国はウイグル人の絶滅計画やり放題」と出てくる
日本は島国でよかったとつくづく思う

今度の武漢コロナウイルスだっていまだに一言の謝罪すらないのに、
日本の防疫対策は不十分などと上から目線で批判する
原因を作ったのはお前じゃないか  と言っても通じる相手じゃない
鎖国のできる時代じゃないし、中国だけ相手にしないってのもできないし・・・・

囲碁クラブ中止から中国批判にまで発展してしまった
せめて、写真だけでも美しいものを!!!

200229 沖縄紀行28(ひめゆりの塔)

沖縄紀行もあと4回を残すのみ
いい加減に終わらないと・・・・

沖縄は今回で3回目
佐伯から耶馬溪中学校に転勤してきて最初の職員旅行で訪れている
ということは40数年前だ
あの頃は物凄く飲む先生が多かった
詳しくは話せないけど・・・・・
2度目は、校長会の九州大会が沖縄で開催された時だ
ということは15年は経っている
あの時は台風で飛行機が飛ぶかが問題だった
その度にここ「ひめゆりの塔」を訪れている
今日も慰霊碑の前には、多くの修学旅行生が平和について学んでいた

200226 豊後水道河津桜まつり2

前回打ち合わせ会をしたときに、例年の満開時期を調べて日程も決めたのに、
今年の異常な暖かさで、満開も過ぎ、所によっては葉桜になっているところもあった

蔵谷で食べたアジを散らした弁当とアジの天ぷらの美味しかったこと
コリコリと歯ごたえがある
食べ終わる直前に、目の前の海がにわかに掻き曇り、雨が吹き上げてきた
明日(18日)は北九州は大雪の恐れがあるというが、納得!!

3時前に帰り着き、連れ合いがあきれていた

200223 豊後水道河津桜まつり1

山の会の仲間で2年ぶりのお出かけ
「お出かけ」という表現がぴったりの年寄り仲間になってしまった
年寄りのくせに(失礼!)意外と出事の多い人たちだ
サークルに教室、中には週2回も絵手紙教室を開いている人もいる
やっと全員そろったと思ったら、昨日までとは打って変わって荒れ模様の天気

9時に宇佐のミスターマックスで合流
2台に分乗して、高速に乗って「さくらSA」まで1時間半
四浦展望台から深良津、田ノ浦から蔵谷で昼食
これで青空の元であればどんなにきれいだっただろうと思うくらい桜のピンクが鮮やかだ
それと、見物客をものともせず、
花の蜜を求めてメジロたちがすぐ近くを飛び回っているのがかわいい
それにしても、メジロってこんなにも小さかったのかなあ