100219 雑食系男子

通勤途中の道沿いで 7年前、大宰府の飛梅を

 久しぶりの暖かい日ざしに誘われて、ipodで好きな音楽を聴きながら汚れた車の洗車を始めた。洗車や草取りは嫌いではない。というより好きな方だ。自分が動いた分だけ結果が見えるのはうれしい。教育なんて結果のはっきりしない仕事についていたせいだろうか。だから、自分の車だけではなく、連れ合いの車まで洗ってあげる。苦にはならないが、さすがに2台ともなると疲れるし、翌日には身体の節々が悲鳴をあげる。

 用事で訪れた連れ合いの友だちが私のカッコを見て、先生は絶対に演歌なんか聞かないよね、といったそうである。そんなことはない。たしかに今聞いているのは「Baby Face」と「Yoshie N」のアルバムである。しかし、ipodの中には秋元順子や坂本冬美の曲も入っている。坂本冬美の「また君に恋してる」は大好きだ。吉田拓郎もあるしさだまさしもたくさん入っている。「氷雨」は名曲中の名曲だと思っているし、カラオケで歌うのは「氷雨」と「夢一夜」と「22才の別れ」である。ここには外国の歌など入る余地がない。つまり、今流行の言葉で言えば、音楽に関して私は「雑食系男子」である。

100216 ビストロ・ボラーユ

このすぐ後、カウンターもいっぱいになる

 1ヶ月以上もこの店に来ていない。できれば最低でも月1で来たい店である。気取らなくていいし、料理も美味しい。もちろん料理が美味しいかどうかが一番の決め手なんだが、もうひとつ「くつろげるか」もその店に行きたくなるための大きなポイントである。

 人から「いい店はないですか?」と聞かれることが多い。退職してからの方がこういう会話が多くなってきたようだ。時間が自由になり、まあそれなりの年金をもらっている年代である。そういう時、私は2軒のお店を紹介することにしている。1軒は行橋の住宅街の中にあるお店で「青い林檎」という。駅前にあった時からだからもう20年近くになっていると思う。ところが、その店には車で50分近くかかるので、それをいうとほとんどの人が「ちょっとね」としり込みをする。娘たちからも「遠すぎる!」と却下される。

 もう1軒が北口にある「ビストロ・ボラーユ」である。もうこのブログで紹介したのも3回目である。ここは家内の方がみんなに薦めている。それでも「あんなに薦めたのに私の名前を出してないのよ」と時々ぐちる。私のブログと同じだ。掲載する以上やはり見てほしいし、コメントがほしい。紹介する以上、やはりだれだれさんの紹介ですと言ってほしいのである。今日はコンサートに一緒に行った方を誘った。喜んでもらえたが、楽しく食事できたのでこちらの方も、すなおに「いい気分」だ。この食事がチョコの代わりよと言われたのが少し不満か。

100215 クラシック

      

 13日、宇佐の「ウサノピア」で、「若い芽を育てるハートフルコンサート」と題して日本・台湾音楽交流演奏会があった。お寺の娘さんが出演するとかで家内はお寺を通して、私はクォータインの店長さんに頼まれて券を購入する。もう一人、耶馬溪の、家内のお姉さん的存在の方と3人で出かける。あとで一緒に食事をすることになっているのでそれに釣られて出かけたところも多分にある。

 10日にはキム・ヨンジャのミニライブとこのところ音楽づいている。何度も言うがこれもブログのおかげである。ふだんだと言葉があとからあとからわいてくるのに、今回はその回路が遮断されている。音も楽しいし、演奏姿も楽しいのに言葉が出ない。やはり経験したことのない、興味のなかったことについて語ろうとすること自体、どだい無理な話だったのである。その中でも、一人の演奏家についてだけは書けそうだ。

 「許 恕藍」。「シュー・スーラン」と発音する。バイオリニスト。紹介の時、台湾の演奏家の先頭を歩く。素敵な女性だ。すごく背が高く見えたが、ほかの人と並ぶとそうでもない。スタイルが抜群なのと肌が白くてそれを強調したドレスというのがそう思わせているようだ。こういった話になってくるとやっと私らしくなってきたと自分でも思う。家内は年は分からんよというが、とにかく素敵だ。中ほどの席だったのに舞台の上の人の顔がよく分からない。「夜目、遠目・・・・」なのかもしれない。

100214 東の谷のひなまつり

  「東の谷のひなまつり」。なんと雛やかな(こんな言葉があったかな?)言葉か!本耶馬渓には東谷と西谷とがある。その東谷の専念寺というお寺で3年前から地域の人手作りの小さなひな祭りが始まった。第1回目に出かけた時には、いくつかの立派なひな壇が飾られていて、それこそ鄙びた山里の、ひなびた山寺に華やかな人形たちが色取りを添えて楽しかった。

 それが3回目ともなるとお寺のお庫裏に文字通りあふれんばかりのお雛様が飾られている。お接待の方(いい言葉だね)に聞くと、昨年から、うちの家にあるお雛様、箱に入ったままでかわいそうだからぜひ飾ってくさいと頼まれることが多くなったとか。

 そういえば我が家でも飾らなくなって何年だろう。押入れから出して、一つひとつ箱から取り出し飾るのはけっこう手間がかかる。それでも娘たちのいる間は喜ぶ顔が見たくて飾ってきた。それが成長するにつれて娘たちよりも飾られたお雛様の方が喜んでいるのではと思うようになった。嫁いで遠くに行ってしまった今では、連れ合いは陶器のおひなさまを玄関に飾っている。いろんな家でもおひな様が眠ったままになっているはずだ。それがこうしてたくさんの人に見てもらえたらどんなに喜んでいることか。

 「東の谷のひなまつり」。なんとやさしい響きの言葉であることよ。今年はこの言葉に誘われて専念寺まで出かけた。 

100211 キム・ヨンジャ

ほんとは写真を撮りたかったけどまさかね。しかたなくネットから拝借しました。

 

 幕が上がるにつれてひとつの世界が広がっていく。歌謡ショウというのに昨年まで行ったことがなかった。華やかである。キラキラ輝いている。こんなのに行く人の気が知れんなんて見下したようなことを言った人がいたが、そんなにカッコつけんで行ってごらん、と言いたい。私も若い頃は拓郎・陽水・さだまさし・小田和正などに出かけた。今思うと彼らのコンサートのおとなしいこと。暗いというほうがいいか。岡林信康が美空ひばりに憧れるのも分かるような気がする。

 1曲・2曲と歌が続く。2曲目の歌だけ名前を知っている。たしか「釜山港へ帰れ」といったはず。その後のあいさつの中で「全力投球」という言葉を使ったが、たしかにパワフルである。そしてなにより後ろ姿に色気がある。顔が見えない(暗い上に老眼が進んでいる)だけに迫力となって迫ってくる。というと後ろ姿だけ意識しているようだが、いやたしかに意識している。男だから。しかし、彼女も後ろ姿には自信を持っているようだ。曲に入る前には必ず(?)客席に背を向けて、ゆっくりと前を向いてから歌い始める。

 雰囲気は6月に博多で観た秋元順子に似ている。力強さではこちらが上だが。終わり近くになって客席に下りてくる。一人ひとりと握手しながら歌う。すぐ近くまで近づいてびっくり!思いのほか小さい。小さいというより可憐というべきか。家内も、あんなに腕が細い!と驚いている。それがなぜこんなにも大きく見えたのか。秋元順子に似ているといってすいません。きれいなかわいい顔をしている。それが歌っている時には大きくおおきく見える。その話を事務室ですると、図書の彼女が一言。「オーラがあるんですね」。

 せっかくのライブも最後でぶち壊し。歌い終わったキム・ヨンジャが挨拶をし、頭を下げているのに観客は我勝ちにと出口へ急ぐ。駐車場の混雑を避けようとしているのだろうが、幕が下りるまで待つのが礼儀だろう。アンコールの拍手をするのがこうした場合の決まりごとだろう。嫌な言葉だけど誰かが言った。「民度が低いね!」。納得している自分が情けない。

100209 新春芸能華舞台

適当な写真がありません。まさかライブで写真を撮るわけにはいかないし。

 

 「明日は14時に文化会館やから30分前には出るよ」と言われた。何の話か完全に忘れていた。「新春芸能華舞台」である。義弟から招待券をいただいていた。「○○さんが招待券をくれるというけど、行く?」。「ああ、いいよ」。おそらくただ言ってみただけのはずなのに、まさか私が行ってもいいよなんていうとは思っても見なかったのだろう、びっくりしていた。ブログを始めてからずいぶん積極的になったと思う。よっぽど気に入ったことでないと「絶対に」出かけようとはしなかった私が、ブログのネタになるからといそいそと出かけていく。こんな私がまだ信じれらないようだが、一番信じられないのは私の方である。

 14時からの「キム・ヨンジャミニライブ」を見るはずが、早めに着いたおかげで第一部の「華舞台」の最後を見ることができた。こういう世界もあったのかとびっくり!舞台でカラオケを熱唱する人も総踊りを繰り広げる人たちも、それを見ている人たちも一つのの世界に浸っている。こういう時は外から見たらだめだ。若い頃のように冷めた目で見るようなことはなくなったが、まだまだ思いっきり入り込むこともできない。

 第二部の幕間に、前列左の方からざわめきが広がっていく。「市長よ、しちょうよ、シチョウヨ、sityouyo・・・・・」。市長と奥さんが入ってくる。よくよく考えてみればそう驚くことでもないか。NPO法人に移行したとはいえ、昨年までは文化会館の運営は中津市がやっていたのだから。これも準公務だよなんて思うのはこっちの勝手であって、ひょっとして純粋にキム・ヨンジャのファンかもしれない。そういえばキム・ヨンジャに声をかけられた時、市長は「あなたの涙の鎖が一番好きな曲です」なんて言ってたっけ。

100207 おーちゃん 紀行 写真

生まれ変わった記念すべき第1回目のブログの写真です。 これはある人から送っていただいたものです。我が家ではなかなか育ちません。

 ブログはどうなったのと心配してメールをくれた人がいました。ありがたいことです。28日に投稿してから今日(3日)で6日経ちました。4日ごとには必ず更新しようと決めていたので、そんなに遅くなってはいないのですが・・・・。それだけ楽しみにしてくれているのかな。

 今日は久々の休日で、ブログをのぞいたら出なくなっていました。荒らしてしまったのか、失礼があったのかと心配しております、というメールが昨日(6日)届きました。こんな風に言っていただくと涙が出そうです。年をとったのでしょう。こういう感情を抑えられなくなってきました。いずれにしろ、こういう読者の皆さんの言葉に励まされて、なんていうとどこかの雑誌で見た賞をいただいた作家のコメントみたいです。

 これまで使っていたサーバーは不具合が多いそうで、私のブログを管理してしてくれている方の話ではサーバーを変えるそうです。変更には少し時間がかかるとのことですのでお待ちくださいとのこと。うずうずしています。と書いたらけっこう時間がかかりました。私のブログには写真が毎回何枚もあります。それを1枚1枚移し変えると聞きました。膨大な手間がかかっています。ほんとに感謝・カンシャ・かんしゃです。

 これを機会にブログのタイトルを変えます。あまりに平凡すぎて、このタイトルではのぞいてくれる人があまりいないようです。いろいろ考えた末、「おーちゃんの写真紀行」としました。
「おーちゃん」-これまでのブログとの継続性からこの言葉は残しました。やはりあくまでも孫のためのブログ、「おーちゃんのブログ」です。
「紀行」は「旅」です。実際に別の土地に行くこともあれば、生きていること自体が旅だと解釈すれば、上手いことに生活の中で見聞きした全てが私のブログの題材になります。
「写真」は当然実際に撮った私の写真でもあります。できるだけ関連した写真を掲載したいのですが、そうそういつもあるわけではありません。時々メールで写真を送ってくれる人がいるのでそれも掲載します。さも自分で撮ったような顔をして。それでも写真のない時は・・・・・・・。この「写真」という言葉には私が見聞きしたもの、そして考えたものも含むと解釈すれば、上手いことにブログの文章も写真ということになります。
 理由づけがというか、屁理屈というか、こんなにも私は上手だったのか!

 それでは、シーズン2の開始です。

100128 ビオラと女の子

 やっとビオラの花が一輪だけ花を付けているのを見つける。1月に入って花芽があちこちで見られるようになってはいたが・・・やっと。

 一番初めに種を蒔いたのは8月の終わり。これまでだと問題なく芽が出てくるのに、今年はどうしたことかほとんど出てこない。暑さのせいだと勝手に思い込むことにする。9月の終わりになって第2回目の種まきをする。今度は1回目はいったい何だったんだろうと思えるほどに芽が出てしまった。

 この原稿は別府ビーコンプラザで行われた「協育」実践フォーラムの会場で書いている。上まで進んだところで休憩となる。1歳を越えたばかりかな、小さな女の子を抱いたお母さんが声をかけてくる。「先生、○○です!」。三光中学校に転勤した時に最初に受け持った学年の生徒である。とすれば、あれから25年は経っている。それでも私だと気がついて声をかけてくれる。抱いている娘に「あのね、お母さんの先生よ」という。こういうところが教師をやった者の醍醐味である。子どものほっぺに触れる。今も人差し指に残る感触がなんとも温かい。

 ビオラに花が咲いたよという報告が全く違う話になってしまいました。