101008 彼岸花(原爆の火)

     

 彼岸花を堪能したのと12時も過ぎて腹が空いてきたのとで、昼食を兼ねて星の文化館を目指す。というよりも近くの平和の広場にあるという「原爆の火」を見なくて星野村を見たというなかれである。担任をしていた頃は、平和授業でずいぶんこの星野村に点る「原爆の火」を題材に、原爆の恐ろしさ、戦争の悲惨さについて教えてきたものである。
 ところが、こんなに近くにあったのに実際には見たことがなかった。それで教えていたのだから、ある面いい加減なものである。そこで、遅ればせながら何はさておいてもこの火だけは見なければとやってきたのである。きれいに整備された広場にそれはあった。たしかに火は燃え続けている。この火についての説明は「平和の塔の由来」(右の写真)として展示されている。
 

     
     

 昼食は茶の文化館にある「星野茶寮」で蕎麦を食べる。窓際の席で遠くの山並みが望めて景色までおいしい。13時は過ぎたが、このまま帰るのはもったいない。どうしようかと考えあぐねていると、佐藤さんが「高良大社へ行きましょうか」という。朝、私が話していたことを覚えていてくれたのである。10歳以上も離れているのだが、同世代ですねと私に合わせてくれる。ほんとにこの気配りには参ってしまう。こういったところから「友情」は生まれるし、深まっていくと思う。 

101006 キンモクセイ

   

   車の温度計は17℃を指していた。ひんやりとした気持ちのいい朝である。ところが、ちょっと前までのあのキチガイじみた暑さが気持ちに残っていて、このひんやり感がイマイチ信用できない。公民館について車を降りた途端、あの匂いが襲ってきた。キンモクセイである。
 昨日から敷地内の樹木の剪定に業者が入っている。あわてて車を移動したのは昨日である。私がいつも車を停める場所の上にはキンモクセイが10本ほど茂っている。その時にはもちろん匂いもしなかったし、剪定の様子を見た時にも花が咲いているような様子はなかった。ところが、たった一晩でこの匂いである。作業の邪魔にならないように写真を撮りにいったが、花に近寄った場所よりも少し離れたところの方が香りが強い。この時期になるといつも、この香りを届けられたら、と思ってしまう。
 今度「CLOSE‐UP №3」というレンズを買った。これは今装着しているレンズに取り付けられるというものである。標準と望遠を同じカメラで取り替えていたら、ゴミが入ったのか写真に妙な影が浮かぶようになった。それで、欲しかったマクロレンズをあきらめたのである。取り扱いは簡単だが、肝心のピントを合わせるのが難しい。それをなんとかしようと思うのもこれからの楽しみである。
 

101004 彼岸花(鹿里棚田)

     
     

 彼の教えてくれた通り、製茶園の先をすぐ右に入ると、道を知らせる看板も多く、「鹿里棚田」はすぐに見つかった。狭い道に沢山の車が停まっていて、多くのアマチュア写真家で賑わっていた。棚田自体の見事さ、美しさは上原地区の方が上だが、彼岸花の美しさではこちらの方が勝っている。ほんとにいい所を教えてくれた。
 谷を降りて向こうに渡り、写真を撮り続ける。いつもだと20日には満開になっているはずが、今年は例年に比べて花が遅れている。それでこれくらいだから最高の時にあったらいったいどんな情景を目にするのだろう。今年は土・日しか使えなかったが、来年からは毎日が日曜日となる。最高の時期を求めて出かけてみようと思う。

     
     

101001 彼岸花(石積棚田)

昔の地すべりの跡だとか 石積がきれいでした 俳句にしてみました

 

 ひと山(合瀬耳納峠と看板が出ていたがいったい何と読むんだろう)を越えると、こちら側にも「上原地区」があり、谷の向こうに立派な棚田と彼岸花が見える。道路沿いにはテントが張られ、ダゴ汁やまんじゅうが売られ、お茶の接待も。だんだんと彼岸花ツアーらしくなってきた。ここは同じ上原地区でも「広内・上原地区」の棚田で、石積みがとてもきれいで、137段、412枚の棚田があるという。ひとつ一つ人の手で石が積み上げられ、作られ、守られ、それが美しいだけにそれを維持してきた人々の苦労がしのばれる。
 しかし、棚田までは遠く、こちらから写すしかない。お茶の接待をしてくれた若い人に、他にもいい所がないか聞くと、自分の会社(星野製茶園と照れくさそうに言うのがかわいい)の近くに「六里」という所が素晴らしいので、ぜひ寄ってくださいと教えてくれた。張り切って車に乗ろうとするとその若者が追いかけてきて、「ろくり」は「鹿里」と書きます。間違えやすいから注意してください、と。
 彼のあまりの優しさに感激してしまった。たしか九年庵の時にも同じような親切な若者に出会った。「こんな若い人と出会うとうれしくてしょうがない」と書いたが、今回もそうだ。今回は彼の写真を撮るのを忘れなかった。  

100928 彼岸花(1)

   

  8:30、佐藤さんと待ち合わせる。昨年もこの時期、彼岸花を見に一人で竹田の七つ森古墳に出かけた。一人で出かけたが好きなように動けて気楽なもんである。特に写真を撮り始めると、周りのことなどお構いなしに動き回るので連れ合いは嫌がる。それでも道中の長さと退屈さには閉口したので、今年は私のパソコンの師匠である佐藤さんに声をかけると気持ちよく応じてくれた。彼の写真の腕は私よりずっと上なのでその点でも心強い。
 いつもだと山国川沿いの田んぼの畦を鮮やかに縁取っているはずの彼岸花が今年は少ない。星野支所に電話をして確かめたが、担当の人も今年はずいぶん遅れています。いつが最盛期なのか自信を持っては言えません。すいません、という。不安になりながらもダメな時は高良大社にでも行きましょうかなどと話してみる。私の一方的なおしゃべりを絶妙な相づちで助けてくれる。やはり彼を誘って正解である。
 日田から夜明けダムで筑後川を渡る。浮羽町から左折し、山の中に入っていく。「上原地区」と書いた小さな看板を見つけ、2・3台の車が停まっていたので降りてみたが、「えっ、これがあの棚田!?」としか言いようのない情けない情景である。少ないけどたしかに棚田があり、畦には彼岸花が咲いているし、稲刈りも始まっていた。何枚か撮ったが、「これで終わりだったら仕舞いには怒るでー」と文句を言いながら先へ進む。(9/25)
 

100926 おくりびと(セリフ)

ニコライ堂 湯島天神

 三つ目はせりふ。わずか5分の遅れを口汚くとがめた男が、葬儀の後には涙を流して感謝する。妻に先立たれ、それも幼い子どもを残して・・・。男のとまどい、いらだちが一気に噴き出したものだろう。だから余計に「あいづ、今までで一番綺麗でした」というセリフが切なく沁みてくる。思わず涙をこぼしたが、一番後ろの席でよかった。
 いろんなことがあって辞めるという主人公に社長は昼食に誘う。フグの白子をチューチュー音を立ててしゃぶりながら言う。「これだってご遺体だよ。生きものが生き物食って生きてる。死ぬ気になれなきゃ喰うしかない。喰うならうまい方がいい。うまいんだよなあ、困ったことに」。社長のなんともうまそうにしゃぶりつく表情ににやにやしながら、「うまいんだよなあ、困ったことに」とすまなそうな表情にしんみりとなってしまう。生きることとはつなぐことなんだなあと感じてしまう。
 銭湯のおばさんの葬式の帰り、二人は川原にいる。そして、男が小さくてきれいな石を妻に渡す。「昔さあ、人間が文字を持たなかったくらい大昔ね。自分の気持ちに似た石を探して相手に送ったんだって。もらった方はその石の感触や重さから相手の心を読み解く。・・・・」。男は幼い頃父親と「石文(いしぶみ)」の交換をする。家族を捨てた父親は子どもからもらった石を握りしめて亡くなる。
 脚本家の小山は、向田邦子のエッセイで「石文」の話を知ったそうだ。いろんな意味でこの映画の底に流れるものの象徴がこの石文なのだろう。図書館の安永さんに探してもらったら、その向田邦子のエッセイ「男どき女どき」は耶馬溪の図書館にあるという。 

100923 おくりびと(音)

神田川。この電車に向けて檸檬を投げたのかな? スクランブル交差点。今ではどこにでもある風景!

 ひょんなことから「おくりびと」を観る。文化の森大学では講座の一つとして映画鑑賞をすることにしている。これまで、18年「北の零年」、19年「蔵」、20年「博士の愛した数式」、21年「武士の一分」を鑑賞してきて、今年は「幸せの黄色いハンカチ」であった。ところが、前日試写をしたところ、パソコンではきれいに写った映像もスクリーンに拡大するとぼんやりとしてはっきりしない。古すぎたのかな?映画サイズの横長の画も妙に観にくい。あわてて第2候補だった「おくりびと」に変更する。
 変えてよかった。ずいぶん観易かったし、内容も素晴らしく、心に残った。
 まず、映像。山形庄内地方の移り変わる四季の自然が表情豊かで美しい。広々とした田んぼに遠くには雪を被った鳥海山がその優美な姿を見せる。冬には鶴が舞い、春にはサクラがその花びらを舞い散らせる。どこかで見た覚えがあると思ったら、藤沢周平の小説に登場する舞台である。
 次は音。それもふたつ。主役の男は元チェロ奏者という設定である。彼が劇中で弾くチェロの深く暖かい音色が、内容と風景とぴったり合っている。「静謐(せいひつ)」という言葉が浮かんでくる。
 もうひとつは衣ずれの音。納棺の儀式がひたすら美しい。特に色の失せた唇に紅を差すことであたかも命がよみがえるように見える死に化粧と、死に装束に着替えさせる時の衣ずれの音が、その場の空気をピーンと張り詰めさせ、同時になぜか心地良く響く。本木雅弘の所作は舞を見るようで、ひとつの様式美にまで高められているといっていい。俳優でうまくいかなければ納棺師でもやっていけるよ、と言われたとかいうエピソードもありそうだなと思える。

100919 磯屋

 久しぶりの磯屋である。19日、鳥栖のアウトレットに行こうと言っていた連れ合いが、当日お寺の用事が入っていたのを思い出し、代わりに磯屋に行こうとなった。前回行ったのはいつだったのか。このお店のいいところはいつに変わらず気持ちよく迎えてくれるところだ。昔、よく贔屓にしていた居酒屋で、何ヶ月か間が空いて久しぶりに出かけると、「ご無沙汰でしたね」と言われたことがあった。特に思いがあったわけではなかったのだろうが、こちらの方はその言葉に棘を感じて二度と行くことはなかった。
 このお店は天神町の小さなお店の時から行き始めて、ユメタウンの近くにお店を構えてからも、美味しいお鮨ととろけるようなお酒とゆったりとした時間が恋しくなると、年に何回か出かけてきた。まずお造りとビールを頼む。刺し身のネタが新鮮で、こりこりとした感触がなんともいえない。その後私はアサリのバター炒めを、連れ合いはサーモンのマリネを頼むのが定番である。今回は茶碗蒸しに代えた。この頃にはビールも終わり、私は「雷神(佐賀の焼酎)」をロックで飲む。ところが、雷神は製造中止になったとかで、もう手に入りません、という。この店に来たら「これ」と決めていただけにショックは大きい。代わりに西の関の冷酒を頼んだのだが・・・・。
 最後にお鮨を頼むのだが、いつからか連れ合いは「アナゴ」を、私は「玉子」を必ず入れるようにお願いするようになった。こだわりと言えば、座る場所にもこだわっている。カウンターの一番左、壁ぎわである。予約する時、その席が空いているかどうか確認するようになってしまった。ここだと隣に誰も来ないし、酔ってくるとシャンと座れなくなるので、壁にもたれかかってもいいからである。
 昨夜は熊本から出張で来た若い二人が居て、「耶馬美人」を盛んに褒めていたので別な意味でもいい気分だった。とはいえ、冷酒が効いたようで、歩いて帰るのがきつかった。

 磯屋  0979-24-3633 中津で一押しのお店。絶対満足できます。