110323 大震災に思う1

久しぶりの安曇野通信。3月始めに届いたものです。せめて写真だけでもきれいなものをと考えました。

 11日の午後2時46分、東北・関東大震災が起きる。この未曾有の出来事に対して、何か言わなければ、何か記録しておかなければと思うのだが、あまりのことに頭の方が拒否してしまって何も考えられない状態が続いた。あれから10日が経ち、ようやく少し考えられるようになった。それでもまだきちんと整理だっては考えられないので、とりあえず今、この時点で書けること、書きたいことを掲載してみようと思う。何度も言うが、あまりの出来事に、あまりの情報の多さに圧倒されてしまって、何をどう書くべきか・・・・・。我ながらしつこいなとは思っている。言い訳はいいから早く書け!と自分に言いたい。
 とりあえず言葉と写真について書いてみる。まずは言葉。
 これまでに2回この映像を見ている。それはある避難所でがんばる子どもたちのこと。取材に入ったレポーターが子どもたちに聞く。「今、何が一番欲しいですか?」。レポーターとしては当然の質問だとは思うのだが、なにか無神経さを感じてイライラしてくる。聞かれた小さな男の子が「水かな?」という。もう一人が「家が欲しい」という。横で汚れ物を洗っていた中学生くらいの女の子がサラッと言う。「命があれば十分だよ」。
 呆気にとられてしまった。これまで、これでもかこれでもかと悲惨な映像を見せられてきたし、辛い苦しい思いを聞かされてきた。もちろんそれが何も悪いことでもないのだが、もういいよ(すいません!)と思い始めたのも事実である。そんな時にこの言葉である。子どもたちの明るさと笑顔と、「命があれば・・・・・」の言葉に、私の方が勇気をもらった。 

110322 筑後柳川 1

一番狭い川幅で、この幅で川下りの船は造られているという。  

  今日(20日)ほど雨の欲しかったのは、昔々日照りが続いて田んぼの水がなくなったあの時以来か?!なんて・・・・。今日は柳川市で2月11日から4月3日まで続く「さげもんめぐり」の一つ、「おひな様水上パレード」が行なわれる予定だった。今度の大震災で各地のイベントが軒並み中止になっているので、念のため柳川市の観光協会に電話すると、応対に出た女性の方は「もちろんやりますよ。雨が降ったら順延になりますけど」とけっこう明るく応えてくれた。
 ところが、19・20日は何日も前から天気予報の雨の確率は80%だった。それでもいったん決めたことだからとガマンしてきたのだが、18日に「これじゃとても無理だから明日行きましょう」と佐藤さんに電話する。おかげで天気に恵まれ楽しい時間を過ごすことができた。なのに、今朝は穏やかで時々晴れ間も覗いている。ひょっとして夕方には雨が降り出すかもしれないからと、連れ合いと二人で図書館まで歩いて出かける。
 帰りは河口の堤防沿いに歩く。今まで一度も歩いたことのない地区である。ここが「船頭町」なのかと始めて知る。その頃になって潮の匂いに混じって、かすかに雨のかけらが顔にかかるようになった。「やっと降りだした。これで昨日出かけたのが報われた!」なんて思う自分がいるのがなんとも情けなかった。

110320 伏木峠

     
     

 日田のひな祭りにがっくりきているのが分かったのだろう。こちらの山道を通ると日田の町並みが見渡せる展望台があります。行きませんかと誘ってくれる。たしか昔の日田と中津を結ぶ街道であった道である。日田往還とも「代官道」とも呼ばれ、物資の輸送・人の往来で賑わったと云われている。途中に伏木小学校という今は廃校になった学校があったのを覚えている。三郷小学校に勤めていた時、この伏木地区から来ていた臨時の先生がいた。あの当時、ミニスカートで通っていたのにはびっくりした。
 

     
     

 展望台は杉が大きくなっていて、日田の町も全然見えなくなっていた。近くに「白馬の滝」という看板が立っていたので脇道に入る。倒木があったりして大変な思いをしたが、暗い中に滝が浮かび上がって、思いがけず素晴らしい景色を見ることができた。廃校になった伏木小学校には、取り残された門柱に今も『日田市立 伏木小学校』の札がかかっていたし、壊れかけた百葉箱がひっそりと立っていたし、『お願い 正面からの車の出入りはできません。車は西側の車道を通って、校舎裏の駐車場へ入れてください。学校長』という看板が未だにうす汚れて金網にかかっている。
ちょっと脇道に入ると、思いがけない景色に出会う。 

110317 吉井町(鏝絵)

   
   

 わずか2時間程度の散策では全てを見たとはいえないが、白壁土蔵の町並みは堪能できた。中でも薬種問屋や酒造所をやっていた「矢野家」の裏には当時の蔵が残り、改装された薬の蔵はギャラリーとして開放されて様々なイベントが行なわれているとか。大きな酒蔵もあったのだが、今は湯布院に移築されているとか。当主の方は体調を壊して今は居ないが、その方が住んでいた隠居所は総檜作りの素晴らしいものだ(たしかに一見しただけで違うなと分かる)とか。これは近くのお店に入った時にそこのお年寄りがそっと、自慢そうに話してくれた内容である。なのにせっかく訪れたのにどうしたことか写真を撮っていない。時々こうした失敗があってあとで悔やんでいる。その時も「撮っておけよ。でないと後で悔やむぞ!」と自分に言いきかせてはいたのだが・・・・。

   
   

 旧い町並みを撮っていて気づいたのだが、白壁の美しさもさることながら白壁と水路の丸石積みが見事に調和して素晴らしい。水路があっての白壁である。もう一つ、白壁に浮き出る鏝絵(こてえ)。安心院の鏝絵のように彩色はされていないが、あることで白壁が映えてくる。 

110313 妙な感覚

     
中は祖父。両側は孫でいとこ。二人ともこの春、高校に合格する。   少年太鼓。今年も全国大会出場。女の子がずいぶん増えた。 太極拳・夜の部 

 今日(13日)は公民館まつり。あわせて私の担当している「文化の森大学」の修了式でもある。今年は二重の意味でこれまでとは違ったものになってしまった。

     
女声コーラス「もみじ」  テリー斉藤。西谷に移り住んで5年。西谷の仙人と呼ばれていると自分で言っている。  今年の記念講演は、大分大学の教授を呼んでの大分方言について 

 一つは、私にとって最後の、文字通り最後の公民館活動であるということ。この頃会う人ごとに「さみしいね~」と言ってくれるのが何よりうれしいし、うるうるとさせてもくれる。昨日は最後の町長のおくさんがお父さんが作ったものだけどと、竹で作った見事な靴べらと孫の手とバターナイフをお別れにと持ってきてくれた。
 もう一つは、もちろん東日本の大震災である。このまつりとは直接の関係はないけれど、想像を絶する被害に頭の方が追いつかず、考えることを拒否してしまったようだ。友だちからメールが来た。「・・・・・・ひどい。天災とはいえ本当にひどい!何ができるか考えないといかんなあ」。目の前をまつりのプログラムが過ぎていくのが不思議な出来事に、つまり、ありえない出来事のような感覚になってしまった。
 日本は、わたしの国はいったいどこに流れていくのだろう。 

110309 吉井町1

     
     

 昨年、久留米のハゼ並木を見に出かけた時に通った街並みに惹かれて出かけてみた。今回も佐藤さんとである。いつも私の勝手なお誘いに快く応じてくれるので甘えてしまっている。話の合う人、合わない人というのは確かにある。普段無口(?)な私が佐藤さんといるとついしゃべってしまう。その心地良さが忘れられずにまた誘ってしまうのである。
 ネットで見た「筑後吉井 おひなさまめぐり」で、どんなおひな様なのかと期待したが、はっきり言って期待したほどではなかった。町をあげてのひなまつりは、展示されている会場が分散されて、一つひとつを見れば特別変わったものでもない。それよりも白壁通りと国道210号線(旧豊後街道)沿いに残る白壁土蔵の家々の方が素晴らしかった。豊後街道の宿場町として栄え、商人や地主が農産物加工と売買で財を蓄え、その財を使った金融活動は「吉井銀(よしいがね)」とまで呼ばれ、その富の象徴として今に残る街並みである。

白壁の家ではないが気になる通りを見つけた。ほんとに狭くておそらく見過ごしていただろう。今日はたまたま何かないかと鵜の目鷹の目でいたので気づいたのである。「画廊」という文字が見えたが、どうもそういう名のついた飲み屋さんのようだ。お年寄りの後ろ姿がなんとも言えず味がある。 

 

110306 辻村寿三郎

 一日中冷たい雨が降り続いている。確か「今日は啓蟄」だったはず。浮かれて出てきた虫たちも慌てて土の中に戻って行っただろう。私も今日は借りてきたDVD「フラッシュフォワード」を観ながら炬燵の番をするはずだった。
 「辻村寿三郎展」。寿三郎展の最初は、いつだったのか思い出せない昔、下関の大丸で観た新八犬伝だった。NHKの新八犬伝は衝撃的だった。それから、福岡三越の「昔の子どもたち」に、小倉井筒屋。そして、今回の中津家具でのひなまつり協賛の人形展と4回目である。平家物語を題材にした人形たちが展示されていた。人形もだがロビーで放映されていた「人形曼荼羅」とタイトルのついたビデオが良かった。その中で「好きなものばかり作っている。世間に後ろを向けているという負い目があったが、60を超えてふっきれた。77歳、今、青春真っ只中!」という彼の言葉が印象に残った。私も「青春、真っ只中!」と言いたいもんだ。
 話し方が「おすぎさん」に似ているのが可笑しかった。もの心着いた時から人形なんか作ってるとそうなるのよという連れ合いの言葉に納得。
 今日はもちろん写真はありません。そこで、ほとんど葉を落としてしまった庭の木々の中に見つけた春の兆しを掲載します。

   
アジサイの先端  日向ミズキのつぼみ 

110304 豊前松江河津桜

     
見るも無残な  アップでごまかす  サクラ越しに豊前海 

 豊前にある河津桜を見に出かけた。昨年、偶然テレビで放映されているのを見て出かけたが、青空の中にピンクの花が満開で素晴らしかった。その日は2月の22日だった。今日は3月の4日。ずいぶん遅れてしまったが、久しぶりの晴天に後押しされてやってきた。ところがである。10日も遅れたのにほとんどの木は三分咲き位で、中には全く蕾だけの木まであった。今年は寒さが厳しかったし、やっと暖かくなったと思ったら、今朝、本耶馬の方は雪が積もっていた。桜もとまどっているのだろう。おまけにまわりにはうっそうと木が茂っていたのが、見ての通り工場の造成とかであらかた木が伐採されてしまっている。・・・・・・言葉もなし!
 いい画が撮れなかったので、昨年の、掲載していなかった中から気に入ったのを載せようと思う。
 

     
この右側の木が切り倒されていた  上手くハチが撮れた  縦に撮るといい雰囲気