110604 台湾紀行2(台中)

本堂は傷みが激しく、新しく作られた白い覆堂に収まっている。 ここも派手だが、日月潭はこんなものじゃない。
   
同じ「弥勒」でも広隆寺の半跏思惟像と似ても似つかない。   

 12:25、空港よりバスで出発。ツアー客が41名になったのでバスを2台にしました、とガイドさん。私たち2号車は20名なのでバスの中はがら空き。勝手に好きなところに座る。動き始めてびっくり。左ハンドルに右側通行。確かにここは外国だと実感する。ガイドさんは「許」さんという。この後何度か彼女の話が出てくる。
 まずは台湾第三の町「台中」へ。商業の町で、観光客は「日月潭」へ行くため泊まるだけの町だそうだ。とはいえ、そのままホテルへとなったら時間が余りすぎてもてあましてしまう。そこで「宝覚寺」を訪れる。この寺を有名にしているのは「弥勒大仏像」である。しかし、日本人が考える「弥勒菩薩」とは似て似つかぬキンキラキンの金色の布袋様だ。「優しい笑顔」なんて案内には書いてあったが、どこからそういう表現が出てくるのだろう。おまけに高さが30m.もあるので圧倒される。
 とはいえ、ここには戦前に亡くなった1万4千人の日本人移民の遺骨が安置された塔もあって、いまも日本人の関係者が訪れるという。 

110603 一郎と由紀夫

紅山あじさい。名前に惹かれて買いました。太宰府の山野草のお店です。もう少しすると、赤みが濃くなって、梅雨空の木の下闇で鮮やかです。 ホタルブクロ。これから書くことがあまりに情けないことなので、せめて写真だけはきれいなものをと思って・・・・・・・

 できるだけこうしたことはこのブログには掲載しないつもりでしたが、あまりの情けなさについ解禁してしまいました。それも、「小沢一郎」について書くつもりだったのに、昨日のテレビに出ていた彼の姿と朝刊の見出しを見て急遽予定変更。彼とは小沢一郎ではなく、「鳩山由紀夫」である。
 昨年の退陣劇以来、彼がテレビに映ると、即チャンネルを変えるようにしてきた。あのどこを見ているのか分からない、妙に無表情で、目玉のぎょろりとした蛙面(カエルが腹を立てそうだ。あんなのと一緒にするなと)は、生理的に受け付けなくなっていた。もちろん顔だけで受け付けないのではなく、沖縄に対する発言、かっこつけて総理を辞めたら議員も辞職すると言った約束を、あっさりと裏切ったことが背景にはある。でないと、顔だけで判断するほど差別主義者じゃあない。
 見出しには」『鳩山氏「人間うそをついてはいけない』とでている。一瞬、「鳩山さん、嘘をついてはいけません」という意味かと思った。この見出しをつけたのは誰だか知らないが、相当な皮肉屋さんのようだ。それはそうだよね。あの裏切りはそう簡単には許されるもんではない。よくもまあ、蛙山さん、いけしゃあしゃあと言えたもんだ。たしか自民党の質問に蛙山さんは「あなた方には言われたくない」と迷セリフをはいたはずだ。あの時はちょっとはカッコイイと思ったものだが・・・・。
 肝心の小沢一郎だが、書く意欲もなくなってしまった。ただ一言。小沢さん、あなたは政治家ではなく『政治屋』でした。

110601 台湾紀行1(出発)

     

 幼稚園の遠足のような気持ち、と誰かが言っていたが、その通り。11時に寝たのに目が覚めて目覚ましを見たらなんと2時15分。いつものように、というより遠足の気分でもう眠れない。知らない土地に行くというのはワクワクするもんですね。
 4月の終わりに桜ツアーで東北に行くことにしていた。永年の夢がやっと実現できるという時に東日本の大震災で急遽予定変更。屋久島と台湾に希望が分かれたが、多数決で台湾に決定。屋久島はある面登山だからだろうか。
 福岡空港から定時(10時10分)に離陸する。11時20分到着と聞いたが、時差が1時間あるので実質2時間のフライトとなる。とにかく「近い!」。会社は「チャイナ・エアライン」。機内食はライスを頼む。肉はチキンで意外(失礼!)に美味しい。これなら空港で食べなくてもよかった。不味かったし、高かった。以前来た時よりもレストランのスペースは半分くらいになっていたし、お店もいくつか閉店になっていた。不景気かもしれないがあんな不味いものを出していたら不景気でなくてもつぶれそうだ。
 客室乗務員の中に素敵な人がいた。名札には「陳紅君」とあった。何かいいことがないとね。

(注)航空券には出発の時間が{9:40)となっている。送られてきた予定表では(10:10)になっている。いずれをとるか。航空券の方が正しいとは思うが・・・・。 

110531 大根

 これは何か?どう見たって「大根」だ。初めて作った大根が思いのほか上手くできて、近所の人にも褒められた。ところが、ここ何日かの雨でやっと収穫に行ったらできすぎて、ひびが入っている。
 あわてて引いたが、大丈夫のようだ。こうなったら早く配って回らないとと思うのだが、うちの近所はほとんどの家が自分の家で野菜を作っている。、夫婦ふたりだから余ってしまってというのが実態だ。
 思い切っていつも家でできたからとわざわざ持ってきてくれる先輩のところに行くと大根は作っていないという。ほっとしてもらってもらったのだが、お返しにと「ニンニクとタマネギ」をもらってしまった。大根の欲しい方、連絡ください。
 
   
今年も梅雨を前に八重のドクダミが咲きました。花は可憐なのだが、やはりドクダミ。我が物顔ではびこっている。  「台湾紀行」がどんどん遅れます。こうなったらなにがなんでも明日から掲載しよう! 

110530 磯屋

  磯屋に行くのは何ヶ月ぶりだろう。何か特別なことがあると行きたくなるお店である。今回の特別なことといえば、私の公民館の退職である。これで名実共に「サンデー毎日」となった。となったら一体どうして時間を過ごすのだろうと、そればかりが気になっていた。ところが、そうなったらなったでけっこう時間は過ぎていくもので、時にはもっと時間があればいいのにと、信じられないような心配までする時もある。
 めったに訪れない私たちのことも覚えていてくれて、美味しい料理とゆったりとした会話で楽しい時間を過ごすことができる。つきだしに出ていたものがイカということで、年に2回ほど佐伯までイカ釣りに行く話をしてくれた。釣り場は「大入島」だそうだ。
 びっくりした。ここは私が教員としての第一歩を歩みだしたところである。しかも、ここで結婚し、上の娘も生まれたところである。そんなこんなで話が盛り上がり、いつになく飲んでしまった。ここに来ると必ず飲んでいた佐賀のお酒「雷神」がなくなって、大将が代わりに薦めてくれたのが長洲の小松酒造場の「豊潤」である。ここはこの頃、「耶馬美人」よりも人気が出ているそうよ、とは連れ合いのことば。びっくりした。一体どこでそんな知識を仕入れたのだろう。
 いずれにせよ、飲みすぎて鮨の写真を撮れなくなってしまった。

110527 つれづれに

   
   

 日曜日(22日)、ユメタウンに出かける。大震災の写真展をやっているので行こうという。写真集も欲しいからと。小さなスペースに、30枚ほどしかない写真展だが、やはり大きなサイズで、鮮明な写真だとあらためて胸に突き刺さるものがある。「震災地とともに~東日本大震災報道写真展」と書いた横に、あの写真があった。瓦礫の中で泣く若い女性の写真である。
 

   
   

 今、サルビアの苗をポットに仮植している。文化の森大学のおばちゃんに、館長がいなくなるともう花の苗をもらえなくなるね、といわれたので、サルビアは持ってきてあげるよと、ついカッコつけて言ってしまった。赤と紫を150ポットずつ植えたが、どのくらい歩留まりがあるか・
 上の写真はこれも種から育てたビオラである。いまが一番勢いがよくて花もしこっている。花柄を摘むのを日課にしているが、珍しいものを見つけた。上のプランターには黄色の花を植えたのに、その中にたった1輪だけに下の花の色が移っているのである。植えたプランターも違っているのに、これはどういうことなのか。花の師匠に電話すると、「そんなこともあるさ」で終わり。いいよなあ、おおらかな人間は!こっちは気になって仕方がない。知ってる人、いませんか。 

110524 津和野紀行11(門司港レトロ)

   門司港駅→旧門司三井倶楽部→国際友好記念図書館→旧大阪商船→旧門司税関→門司港ホテル

 通り道だからと、急遽「門司港レトロ」へ行くことにする。近くでけっこう人気があるところなのにあまり訪れていない。門司港レトロと言われ始めた頃、忘年会でできたばかりの門司港ホテルに泊まって、下関の「春帆楼」でフグを食べたことがある。懐かしいなあ。
 門司港には大好きな人がいて、「門司のばあちゃん」と呼んでいた。母親の妹が嫁いだ先の近くの人で、嫁ぎ先もその家ももともと親戚になる家だった。今では全く行き来がなくなったが、幼い頃夏には必ず門司のばあちゃんがやってきた。思い出すのは、汗を拭きふき駅から歩いてくる姿とお土産の荷物の中に必ず入っていた「バナナ」である。今でも思い出すと甘酸っぱい気持ちになる大好きな人だったが、ひょっとしたら「バナナ」に憧れていたのかもしれない。

 これで「津和野紀行」も終わりです。この後は「台湾紀行」が控えています。書き始めたら20回分もできました。またお付き合いください。

110523 津和野紀行10(瑠璃光寺五重塔)

   
   

 帰り、「瑠璃光寺」に寄ろうというと、「以前、門司の姉さんたちと来たのを忘れたの?」と言われてしまった。そういえばそんなことがあったな~と心細い限りだ。「その時、雪舟庭にも行ったんだけど・・・・・」と、当然これも忘れているよねという目で見る。忘れた方が新鮮な気持ちで見ることができると、これは思っただけで口には出さなかった。
 奈良の法隆寺と京都の醍醐寺と共に「日本三大塔」と賞賛されている。しかし、青々と濡れたような若葉の中に浮き立つ塔の古色を見る時、三大塔の第一に挙げたい。ここまで書いて、ある書物の中にこの塔のことが書かれていたのを思い出した。さっそく書庫の中から本を取り出して調べる。あった!
 司馬遼太郎の「街道をゆく」の第一巻、「長州路」(朝日文庫P239)に
 (長州は、いい塔をもっている)
 と、惚れぼれするおもいであった。
 古色だけでなく姿がいい。特に屋根の端がキュッと反り返っている感じがなんともいえない。古さだけでなく、「小股の切れ上がった女」のような粋さえ感じられるといったら言い過ぎか!ほんとに「惚れぼれ」してしまった。