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110617 ツルバラとグミ
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草取りをしていると近所の人たちが声をかけていく。かけていくだけならいいのだが、座り込んで話し込む人までいる。お互い暇をもてあましているのだが、暇だからといって話が合うとは限らない。どこで切り上げて立ち上がらせるか意外とテクニックがいる。
本家のおばさんが歯医者に行く途中といいながら寄ってきた。「あんた、よく毎日家のことをするね!」。他にすることがないのでとはプライドがあってちょっと言いにくい。適当にごまかしていると、今年のツルバラは見事だね!とこちらのプライドをくすぐってくる。たしかに年々生垣のツルバラは豪華になっていく。
「ここにはグミがあってね」。一気に話題が変わる。「今もありますよ」。甘くて美味しかったというが、そうだったかな?妙に口の中に苦味(アク)が残って、甘いものに飢えていた時代だったからあれでも甘く感じられたんだろう。そういえば、今の子どもたちがグミを盗んで行くのを見たことがない。盗るのは年寄りばかりである。
上の話は18日に掲載する予定でしたが、安曇野通信の追伸が届いたので今日に変更しました。内容は2枚の写真の説明です。
「写真の説明をしていませんでしたので」とあり、
①「白樺林は東洋一といわれ八千穂高原に在る。」
②「池は写真で説明します」と説明板の写真が添付(手抜きですがよく分かります)されていました。御射鹿池(みしゃかいけ)と呼ばれ、東山魁夷画伯の『緑響く』のモデルになったそうです。たしか吉永小百合さんのアクオスのCMにも使われていたなあ。
『八千穂高原』と『御射鹿池』で検索するとたくさんの投稿写真が見られます。
110616 台湾紀行5(日月潭)
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| 日月潭。たしかに水がきれいだ。 | 文武廟の廟門越しに眺める日月潭 |
ここ日月潭は台湾のほぼ中央に位置し、海抜約770m.の高原にある。水深27m.のエメラルド色の天然湖である。湖の北側の形が太陽に、南側が月に似ているところからそれぞれ、日潭、月潭と呼ばれ、全体で日月潭と呼ばれるのだとガイドさんは言う。形から太陽と月を連想するとはすごい想像力だ。というよりすごい「こじつけ」だと思えるのだが・・・・。
台湾の新婚旅行の人気№1はこの日月潭で、自殺の人気№1もここらしい。というのもガイドさんの受け売りだが、それにしても新婚旅行と自殺の名所の№1をふたつ並べるのは、事実とはいえどうかと思う。
安曇野通信が届きました。日付は「6月14日」。本文は「八ヶ岳のついでに」とだけあり、それぞれの写真に短くコメントが・・・・・。
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| 絵になる池とはなるほど・・・・ | 白樺にはレンゲツツジが良く合います |
110614 花菖蒲2
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5000株・10万本というのはちょっと大げさな感じがした。しかし、きれいに整備されて(この日もおそらくボランティアの人だろう、何人もの人が草取りをしていた。その横で、鴨が懸命に水の中に首を突っ込んでいたのは、手伝いに来ていたようでほほえましかった)いろんな種類の菖蒲が咲き誇っている。伊豆の海・長井小紫・天女の冠・佐野の雪・兒化粧・・・・・など、よくもこうした名前をつけたもんだと感心する。「夜叉姫」なんていう怖いものまである。
それにしても見学する人たちはほとんどが熟年以上である。それも9割以上が女性。といいながら、言う本人がそのわずか1割にも満たない男性の中の一人である。そうそう、おそらく20代であろう女性を一人だけ見かけた。見るからに真面目そうな人で、今流行の化粧はまったく見当たらない。この風景の中に溶け込んでいるのがいいことなのか・・・・・。
110612 花菖蒲1
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夕方のテレビで、菖蒲の花が映っていた。5000株、10万本の菖蒲といっていた。場所はみやこ町(合併でこの名前になったが前の豊津町の方が好きだ)にある花菖蒲公園とある。早速ネットで調べる。周辺の人気スポットとして「豊前国分寺三重塔」があった。10年ほど前に見学に行ったところである。となると、「青い林檎」へ行く途中にあることになる。
菖蒲とくれやはり「梅雨」。予報では午後から降り始め、その雨は日曜日まで降り続くと出ている。途中で降り始めた雨も椎田道路に入る頃には上がってくれた。とはいえ、帰りに降りだした雨は今もずっと降り続いている。3日間である。これだけ続く雨は梅雨とはいえ珍しい。椎田道路から田川に行く道へ左折し、すぐにある小さなパチンコ屋(この横を通るたびにこんなに車が少なくてどうしてやっていけるのかいつも不思議だった)の手前をもう一度左折するとすぐだった。
台湾紀行があと16回ほど続くのですが、途中こうした別の話が入ってきます。時期的なものがあるのでそちらを優先することになります。ご了承ください。
110610 台湾紀行4(素敵な話)
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| この2枚は今回の話とは全く関係はありません。これはバスの中から撮った「総統府」です。 |
熊本の人で、台湾の公学校(1895年日本による台湾統治が始まった。その3年後の98年から「公学校」が設置され,台湾籍の児童に対して6年間の義務教育を実施する。日本国民として養成すると同時に日本語の普及を図るものというものであった。差別的と言われたが、ある面これによって就学率は70%を超え、後の台湾発展の基礎となったともいえるのではないか)の教師として赴任し、台湾の女性と恋に落ちる。
敗戦で別れなければならなくなったが、引き揚げた後、日本で一緒になった奥さんを最近亡くす。その後、毎年一度台湾を訪れるようになる。そう、昔別れた台湾の女性に会うために。彼女は84歳。今は施設に入っているという。そういう彼はもう92歳。さすがに一週間彼女のもとを訪れて、日本に帰る頃には疲れ切って今にも倒れそうになる。それでも彼女に会った時の話をする彼の顔は、別れた時の28歳の顔になっていたそうだ。
こうした話を私たち日本人観光客にするガイドさんの思いはいったい何なんだろう。彼女の思いは分かるはずもないが、今思い出しても胸が締め付けられて、話なのにときめいてくる。ガイドさんの話の中で一番心に残った「素敵な」話である。
110607 台湾紀行3(スクーター)
台湾では交通手段としてスクーターが多く使われている。この日も最高33度になる。この暑さでは自転車でえっちらおっちらこいでなんかいられる訳がない。おまけに駐車代はただという。整然とスクーターが並んでいる光景は壮観だ。空気が悪いのかマスクをして運転している人が多い。つい日本の暴走族を連想して「えっ!」と思ってしまう。
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ここ台湾ではスクーターの二人乗りは許されているそうだ。だけでなしに、三人乗りも多い。それどころか、バスの中から4人乗りを見て呆気にとられてしまった。男が自分の足の間に子どもを、そして、後ろに乗った母親が背中に子どもを背負っているのだから・・・・・。ガイドさんは言う。5人乗りもありますよ、と。どうして5人も乗れるのかと思ったら、5人目は母親のお腹の中、だそうだ。こちらでは子どもは数に入っていないというのだが・・・・。
そういえば、空港からバスに乗った途端、挨拶代わりにガイドさんが言った。「台湾の信号を信用してはいけませんよ。信号はあくまで参考です」。ジョークだと思っていたが、実際に見るとだんだんと不安になってきた。「交差点を渡る時は生きていたければ現地の人の後について渡ってください」などと追い討ちをかけてくる。
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暗くなってくると車も増え、スクーターはすごい数になってきた。大通り沿いにはたくさんの食堂があって、多くの人で賑わっている。昼間のゴミの散らかった、ホコリまみれのうす汚れた町は、夕日の中に隠されて猥雑なほどの活気が町に溢れている。昔はこんな情景は周りにもあったような気がする。とにかくこの「猥雑さ」はくせになりそうだ。
110606 吉田拓郎 1
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吉田拓郎のCDをやっと作りました。本当はもう何ヶ月も前からできていたのですが、CDの表の写真を何するか迷ってしまって・・・・・。やっと作ったと思ったらCDをインクジェット対応のものを買ったつもりで、全く使えないものを買ってしまいました。というわけで当分はせっかくの写真は使えず、ネームペンで直接書き込まなければなりません。この頃、こうした失敗が増えてきたので憂鬱です。
「拓郎1」には以下の16曲が入っています。
1、旅の宿 2、歩道橋の上で 3、祭りのあと 4、夏休み 5、せんこう花火 6、Y 7、となりの町のお嬢さん 8、今は恋とは言わない 9、唇をかみしめて 10、外は白い雪の夜 11、ウインブルドンの夢 12、大阪行きは何番ホーム 13、いつか夜の雨が 14、街角のタンゴ 15、a day 16、アジアの片隅で



























