111024 市民の本棚

   

 図書館から連絡が入る。リクエストされた本が入荷しました。一週間以内に貸し出しに来てください。今回は二冊頼んだ。佐々木譲の「警官の条件」と今野敏の「隠蔽捜査4転迷」である。確か新聞に新刊書として広告が出ていたのを見て図書館に申し込みに行った。これまではどうしようか迷いながら結局は本屋で予約するか店頭に出るのを待って購入していた。娘のようにネットで買うというところまではいっていない。
 そうすると本棚がまたあふれてしまう。退職した時、教育関係の本はほとんど処分した。それでも全集などはもう読みもしないのに捨てきれず埃をかぶっている。片付けるのが大好きな連れ合いには事ある毎に捨てろ、すてろと言われ続けている。
 そういう状況なのでこの「リクエストカード」は全くありがたい制度である。自分で買う必要もなく、読み終われば図書館に返せばいい。新刊でなく中津の図書館にない場合は 県内を探して取り寄せてくれるし、県外であれば送料の半額を負担すればよい。新刊を希望すれば購入してくれる。この制度を知って以来どうしても読みたい本はリクエストするようにしている。ちょっと厚かましいかなとは思わないでもないが、市の図書館のモットーのひとつに「市民の本棚」とあるし、館の人が自分のお金で買うのではなく図書館の予算で買うようになっているし、第一、そういう制度があるのになんで利用するのが厚かましいのかと開き直っている。
 さっそく図書館に出かけ受け取ってくる。帰りに明屋(本屋)で立ち読みをしていると読みたいなという本を新たに見つけた。海堂尊の「ナニワモンスター」。しかし、すぐに申し込むのはやはり「厚かましいかな」とさすがの私も考える。悩ましいところではある。

111023 フランス紀行11(ベルナール)

     

 アンボワーズ城を対岸に見るところでバスが停まる。運転手のベルナールが河岸にレオナルド・ダ・ヴィンチの像があるからみんなに見せたいと言う。寄りかかっているのは「メデューサの頭」。頭髪は無数の毒蛇で、見たものを石に変えるというギリシャ神話に出てくる怪物。中学時代、学校の図書室で借りて夢中になって読んだ記憶がある。現代のギリシャは大変なことになっているようだ。
 前回、ダ・ヴィンチを弘法大師に例えたが訂正する。ダ・ヴィンチはアンボワーズ城で晩年の3年間を過ごし、死後、遺言により城の教会に葬られているという。ということでシャンポール城の「二重らせん階段」は彼の設計であるという可能性は大きい。

 「ベルナール」-見るからに人のよさそうな典型的なフランス人(とはどういう人のことを言うのかな?)。笑顔もいいし、なぜかみんなに好かれる。目尻が下がって、ひげを生やして(ここまでは私もそうなんだが)いつも笑っていて、若い女の子の言い方をすれば「かわいい!」となる。気軽に写真を撮ってくれるし、一緒に映ってもくれる。
 食事の時にはスマートフォンに入れている女の子の写真をみんなに見せてくれる。江尻さん曰く、「奥さんでないのはタシカ。でも、彼女であるかは定かではない」そうだ。とにかくみんなの人気者。 

111021 フランス紀行10(古城巡り)

  ブロワ城  ショーモン城 アンボワーズ城 
   

 ロワール渓谷は「フランスの庭園」とも呼ばれ、2000年には渓谷全体が世界遺産に登録された。シャンポール城は81年にはすでに世界遺産に登録されていたので、あらためて2000年の登録に組み込まれた。
 ホテルまでの道筋にもいくつかのお城を見ることができたが、写真と城の名前が一致したのは「ブロワ城・ショーモン城・アンボワーズ城」の3つだけだった。ロワール渓谷の数あるお城の中には、橋のような形をした「シュノンソー城」や「河の中洲に建てられその美しさから「ロワールの真珠」と称えられた「アゼ・ル・リドー城」といった美しい城が多く、古城巡りが人気らしい。

 ネットで見つけた上記の二つの城の写真を掲載しておきます。

 シュノンソー城   アゼ・ル・リドー城
   

111019 フランス紀行9(シャンポール城)

 大聖堂のあと、ロワール地方にある(一説には1,000ともいうが)古城の中でも最も人気のある(世界遺産に登録されたのが最も早いお城)シャンポール城の見学に向かう。ここでは下車観光、つまり車から降りて外から見るだけの予定だったが、時間に余裕があるのでという江尻さんの提案で城内に入ることになった。入ってよかった。外からでは分からない、そとからではとうてい見ることのできなかったすばらしいものを見ることができた。もちろん入場料として9.5ユーロ(約1,000円)が必要だったが・・・・
 シャンポール城はここロワール渓谷の中でも最大の威容を誇る城で、華麗に装飾された屋根が素晴らしい。しかし、一歩中に入ってみると住むのには全く適していないのがよく分かる。この城を造ったフランソワ一世自身がほとんど滞在したことがなかったというが、それはそうだろうと納得。
 この城の見所のひとつに「二重らせん階段」がある。ふたつの階段を使えば相手に出会うことなく昇り降りができる造りになっている。これを設計したのはレオナルド・ダ・ヴィンチだといわれているそうだが、どこにでも現れる弘法大師のようなものか?  

111017 フランス紀行8(シャルトル大聖堂3)

 一歩内部へ足を踏み入れると、そこは外とは別世界。暗闇の中にステンドグラスを通して様々な光が舞うように零れ落ちてくる。ゴシック建築特有の高さとステンドグラスの色彩が私たちの目を高くたかく、天へといざなってくれるような錯覚を覚える。おそらく中世の人々はその光(神)に包まれて恍惚とした想いになっただろう。
 白や赤や黄色や様々な色が使われているが、全体としては青で統一されている。「シャルトルブルー」というのだそうだ。『神は「光あれ」といわれた。すると光が現れた(新約聖書・創世記より)』。光=神。だから教会はいつの時代もこの光を表現するために様々な工夫をしてきた。その最大のものがステンドグラスなのです。そして、文字の読めない多くの人々に聖書の物語を伝える、いわゆる「マンガ」だったのです、とはいずれも私の覚えているガイドの大田さんのふたつのことば。

 上の段の中と右のステンドグラスは「バラの窓」と呼ばれているそうだが本当にすばらしいものだった。ついうっとりとなってしまった。ぜひ写真をクリックしてみてください。 

111015 フランス紀行7(シャルトル大聖堂2)

  6月の平戸紀行で教会巡りをした。島の中の、そこに住む信者のために教会だから小さいのは当たり前なのだが、それでも異国情緒を味わうことができた。
 ところが、シャルトル大聖堂ときたら圧倒的なスケールで私たちに迫ってくる。日本人の現地ガイドの方が案内してくれたのだが、彼の説明もふたつほどしか覚えていない。建物のスケールの大きさとステンドグラスの美しさに圧倒されて、ただただため息が出るだけ。それでもたくさんの写真を撮った。あとはそれを見てもらおう。

111013 フランス紀行6(シャルトル大聖堂1)

     

 8:00、ホテルを出発。一路シャルトル大聖堂へ。やっとフランス観光の始まりである。これまでの、長い飛行時間を含めて前奏でエネルギーを使い果たしてしまいそうだ。これを見る人も「やっとかよ!」という思いだろう。約90キロを1時間半かけてのドライブである。
 車窓からの眺めでフランスの広さを実感する。ここでいう広さは国土の面積をいうのではない。とにかく畑・はたけ・・・・、森・もり・・・・、放牧・ほうぼく・・・・。日本で言いう山は全く見かけない。平坦な大地がどこまでも続いていく。フランスは文字通りの農業大国だ。 

111012 65の手習い

 これまでふうらんとばかり思っていました。先輩の指摘でこれは「セッコク」だということを知りました。セッコクなら何度も見たことがあるのにどうして思い込んだんだろう。
 素人の思い込みは禁物ですね。ありがとうございました。

                                 季節が巡って朝晩ひんやりとしてきたと思ったら、ホトトギスがたくさんの花芽をつけていました。にぎやかになりそうです。その中で一番早く咲いた花の写真です。
 この花の斑点が「粋」だと表現した人がいました。確かこのブログにもそのことを書いたはずです。
 

 35年前、佐伯から帰ってきて勤めた耶馬溪中学校。当時学校では囲碁が流行っていた。ほとんどの先生が昼休み、給食もそこそこに休憩室に駆け込んで相手を見つけては打っていた。非常に強い人が二人いて、そこそこの人もかなりいた。一番強い人が日本棋院から取り寄せたグッズ(扇子・湯飲み・色紙・・・・)を景品に、土曜日の午後、近くの食堂で囲碁大会を開いたこともあった。のんびりとした古き良き時代。私は見よう見真似で相手をしてもらった程度だった。次に異動した学校ではそこまでのことはなかったので私の囲碁の歴史もそこで時間が止まってしまった。
 退職を機になにか趣味をと考えて「篆刻」を始めた。それだけでは時間はつぶれないので探していると、うちの畑を作ってもらっていたじいさんの養子さんが囲碁をするというので早速お願いをしてみた。快く受けてくれたのだが、「七目」で打ってもらったのにそれでも相手にならない。上には上がいるもんだと感心していると、北部の公民館に囲碁のサークルがあるので行きませんかという。毎週、水と土の13時から17時まで。同じくらいの人もいるそうなので楽しみに参加する。
 今日(12日)で3回目。1日の土曜日では相手をしてくれたのはここで一番のけんか碁を打つという人で(よく相手をしてくれたもんだ)、容赦なく殺されてしまった。二人目の人は途中から解説を始めてしまった。あまりの下手さにあきれてしまったのだろうと気の毒になったが、それにしても碁を打っている途中で解説をやられた日にはこっちの立つ瀬がない。
 4日の水曜日。初めの相手もやはり「7目」の人だが穏やかな人でこちらに合わせてくれているなと分かる。やはり徹底的にやられるとやる気がなくなる。少しはおだててほしいもんだ。「ほめて育てる」という言葉もあるんですよ。二人目は私といい勝負。いい手が打てたりミスをしたりでいかにも初心者同士の囲碁である。その上に勝つことができたのでぐっとやる気が出てきた。
 65の手習い、続きますように!