111211 臼杵7(鬼たち)

 これまでは塔の姿を見るだけだったが、今回は違った。例の駐車場のおじさんから言われた「ここのこれだけは必ず見てほしい」のひとつとして教えられたのがこの三重塔である。特に一層目の軒下に小さな鬼たちが見えるというのである。これまではそこまで見たことはなかったが、たしかに四隅にそれぞれ鬼たちが軒を支えている。懸命になっているのもあるし、軽々と背負っているのもある。笑っているようでもあり、ふてくされているようでもあり、これを造った大工たちのユーモアが感じられる。何はともあれ、150年の長きにわたって塔を支えてきた鬼たちに乾杯!

 これで「臼杵紀行」は終了だが、毎年恒例になっている「臼杵のふぐを食べる会」が12月3日にあったので、それが番外編となる。

111210 臼杵7(龍原寺三重塔1)

 龍原寺の三重塔は旧市街の入り口に建つ、ある意味臼杵の象徴といえる建造物である。何度見てもその姿の端麗さと歴史を感じさせる重厚さとで見飽きることがない。パンフレットには「九州に2つしかない江戸期の木造三重塔の一つとして知られている」とある。九州には4つの三重塔があると言われている。豊前国分寺三重塔は明治、平戸市の最教寺は平成元年、瀬高町清水寺は昭和と聞いている。もうひとつはどこだろう。 

111209 臼杵6(二王座)

 臼杵の観光スポットの双璧(ちょっと大げさか?)といえば、石仏と二王座歴史の道であろう。時間が止まったような城下町特有の町並みを残している。ゆっくりと坂道を歩くと、出会ったのは一組の夫婦と犬を連れた男性だけである。少し坂道の石畳が気持ちいい。おそらくあの駐車場のおじさんの撮った雨に濡れて黒々とした道はここなのだろう。そうそう、思い出した。この道はたしか映画「なごり雪」のロケ地になっていたはずだ。
 臼杵は古い町の例にもれずお寺が多い。高台から見ても大きなお寺が目立つ。ここ二王座はわずかな距離に廃寺になった旧真光寺を含めて6つものお寺がひしめいている。それが立派なお寺ばかりなのだから驚く。その中のひとつ、竹林山法音寺の山門に仁王像を見つける。色鮮やかな仁王像もいいが、それに踏みつけられた邪鬼の方に惹きつけられる。このことは阿修羅展でのブログに詳しく書いている。「09年10月13日阿修羅展3」を参照いただきたい。 

111208 臼杵5(若木屋ランチ)

写真を撮ることは了解していただいたが、掲載までは聞かなかった。味のある顔をしてたんだがな~今回は削除。

 雨が昨夜から降り続いている。「運が良かった」とつくづく思う。その話はこの「臼杵」が終わってから掲載したい。

 町中にある市営の駐車場に停める。。確か1時間80円だったか、ずいぶん安かったと記憶している。係りのお年寄りが気さくに声をかけてくれる。「観光ですか?」。自分が撮ったという観光スポットの写真まで見せてくれて「ここのこれは必ず見ていってほしい」とまで教えてくれる。その写真の中の町並みが雨上がりの石畳を撮ったもので素晴らしい写真作品となっている。そのことを言うと「いや~」とはにかむのもかわいらしい。
 臼杵の町並みは古い建物が残り、入り組んだ道路とともに風情が感じられる。ただ以前来た時に比べると今日は日曜日だというのに人通りが少ない。以前は中央商店街「八町大路」では観光客でごった返していたのを記憶している。それがまるで眠ってしまったかのようである。その象徴が猫の多さだ。ここは古い建物を残しつつ、きれいに化粧し、電線も地下に埋め、すっきりとした通りになっている。これだけの努力をして、何が足りないのか。何が足りなくてまるで眠ってしまったかのようになってしまったのか。もったいない話だ。
 昔、クチナシの実で色づけした「黄飯」という郷土料理を食べたことがあるが、今回は佐藤さんと相談の末、若木屋さんを選ぶ。そこで頼んだ若木屋ランチのボリュームのあること。とうとう完食できなかった。話はガラッと変わるが、そのお店で30代の男女のバイクライダーに会う。ふたりは白馬渓でも見かけた。女性の方は細身の長身で、白いライダージャケット姿のかっこよさに見惚れてしまった方だった。その「かっこよさ」には佐藤さんも賛成してくれたのだから折り紙つきである。

111205 臼杵4(白馬渓)

 11時過ぎに白馬渓に到着する。石仏から何分もかからない。登り口の鳥居のところで歩こう会かなにかの団体が集まっている。ほとんどが年寄りだが少しだけ若い人から子どもが交じっている。それらの中に巻き込まれたので時間をかけてやり過ごしゆっくりと登る。大した登りではないのに息が上がりそうになる。同行の佐藤さんが、明日当たり足が痛くなりそうだとつぶやくのを聞いてにんまりとする。
 天保4年に創建されたという白馬渓神宮(現在はとても『大』のつくほどのものではないが)までの間には小さいが形のよいたくさん(8つ)の石造りの橋と鳥居、石灯籠が残されており、往時の参拝者の多さが偲ばれる。途中の紅葉はまだ色づいてなく、本殿の上にある池(説明図にもただ単に池とだけある)の周りの紅葉もいくらかは色づいていたがその赤も薄くてにごっている。おそらく池の水面に紅葉が映って素晴らしかっただろうなと思わせるだけに残念である。

 

111204 臼杵3(臼杵石仏2)

  最後は古園石仏。通称古園十三仏と呼ばれるが、特に中尊の大日如来像は日本石仏の中でも最高傑作のひとつといえる。高く秀でた眉、切れ長の伏し目に、ほのかに紅を刷いた唇が印象的である。資料によれば、「平成5年8月25日には中尊大日如来像の仏頭が復位され、昔日の荘厳な姿に復した」とあるが、個人的には修復前の仏体の下に安置されていた姿の方が様々な歴史を感じてよかったような気がする。
 古園石仏からは左手に満願寺が見え、周りの田んぼには刈り取られた稲わらがそのまま放置されている。手前を木材を満載したトラックが走る。だから、と聞かれても答えようがない。ただその景色が目に留まったのである。もうひとつ目に留まったものがある。送っていただいたパンフレットの中の「うすきがいど」の表紙に山頭火の作が載せられている。「しぐるるや 石を刻んで 仏となす」。

111202 臼杵2(臼杵石仏1)

 臼杵に行く以上、「臼杵石仏」を抜きにしての観光はない。高速を降りて左折。5分も走れば4群59体の磨崖仏が迎えてくれる。前に訪れたのは大日如来像の頭部が切り離されて仏体の下に置かれていた時だからずいぶん昔になる。
 駐車場にいた人の話ではゆっくり廻って30分ほどだということだったが、それこそゆっくりと心行くまで写真を撮りながら廻る。石仏は四つのエリアに分かれている。まずホキ石仏第一群20数体の仏が迎えてくれる。次のホキ石仏第二群では第一龕(がん)の阿弥陀三尊像、特に中尊阿弥陀如来像のどっしりとした豊かな姿が素晴らしい。次は山王山石仏。三体の石仏で中央の如来像は大きな身体の割には輪郭が丸く、目鼻立ちは童子のそれを思わせる。そのためか通称「隠れ地蔵」とも呼ばれているそうだ。

※「ホキ」=パンフには「岸險(がけ)」という意味の地名ですとある
※「龕(がん)」=断崖などを掘って仏を安置する場所 

111130 臼杵1(メール便)

     

 フランス紀行は一時中断します。27日、臼杵へ紅葉狩りに出かけたのでそちらを優先します。フランス紀行はまだ10回ほどが残っていますので、また後日。そろそろ飽きてきたって?まあそう言わずに付き合ってください。

 このメール便、今日届いたんだよね?と確認する。中に入っている「観光資料送付のご案内」の文書には「11月14日」の日付が打ってある。電話で資料を請求したのは10日過ぎだったか?白馬渓の紅葉を見たいのでついでに臼杵の観光資料を送ってくださいと電話した。担当の女性の方は「23日にはもみじ祭りがあり、甘酒の接待もあるのでぜひお越しください」とこうした電話自体をすごく喜んでくれ、直ぐに送りますと言ってくれた。
 退職する年だったか、県の指導主事に来てもらったことがある。その接待で食事に出た時、耶馬溪の紅葉の話から臼杵出身の彼に「臼杵には隠れたモミジの名所、白馬渓があります。ぜひ訪れてください」と言われたことがあり、それがずっと心に残っていた。今回、佐藤さんとの紅葉狩りの目的地としてここを選んだ。ところが23日は雨になり27日の日曜日に変更したのだが、資料が届いたのは前日の26日である。延ばしたから前日になったが、そうでなければ出かけた後に届いたということだ。
 中には丁寧なご案内の文書とたくさんの資料が入っている。しかし、繰り返すが届いたのは26日。「白馬渓もみじ祭り」の文書にある「日時 平成23年11月23日」の文字がちょっと寂しい。ご案内の文書の日付が「11月14日」であるだけになおさらである。佐藤さんとの話の中で、メール便は遅れることが多いんですよね、となったが、電話口での女性の明るい対応がうれしかっただけに少し残念な気分である。