120119 フランス紀行7(ヴェルサイユ宮殿1)

 4月の韓国、桜紀行の話し合いを持つ。場所は「赤とら」。新年会も兼ねてである。JTBの「旅物語」で行こうとすんなりと決まる。そこから呑みはなれ、食べなはれとなった。気分が高揚したところで用意した「上海カニ三昧3日間」はどうだろうかと切り出すと、いいなあとなってしまった。提案したこちらの方があっ気に取られたというのがほんとのところだ。それが2月。
 ある人が言っていた。「行ける時、行っとらんとなあ」。妙にしんみりと心に沁みた。これがだめを押したみたいだ。

 ヴェルサイユ宮殿。とにかく「豪華絢爛」「絢爛豪華」。至るところに使われている純金の装飾が鮮やかで、、しかしきれい過ぎる。
 室内での見所は「鏡の間」。当時鏡そのものが宝石に匹敵(?)するものだったという。それが長い室内の片側の壁一面に張られ、そこで毎夜舞踏会が開かれた。いかに当時にフランスが全盛を極めていたかを物語る鏡の間である。
 あとは一応すごいなと思うものの、だからどうなのといった感じである。わび・さびに生きる日本人にはちょっと消化しきれない豪華さである。人気はある秀吉になぜか軽さを感じてしまうのは、やはり彼の桁外れの派手好みについていけないのと似てはいないか。あるご婦人がつぶやいていた。「住みたいとは思わないなあ」。その正直な感想にひそかに共感である。 

120115 フランス紀行26(昼食)

 嵐山光三郎がこう書いていた。「景気が悪くて不安な時代には美談が流行る。・・・・・景気が良くて幸福な時代には凶悪事件が起こる・・・・・」。なんでこの言葉に引っかかったかというと、毎年のように成人式の後には若者たちが荒れたかということを繰り返しくりかえし報道していた。まるで、すべての成人たちがそうであるかのように。ところが、今年は全くその姿を見ることはなかったからだ。ひょっとしてあったのかもしれないが、テレビっ子の私が全く見ていないのである。繰り返し報道されたのはある市長が今年はAKB48の歌を式典で歌ったことくらいである。
 善悪の問題ではなく、荒れる若者が本当にいなかったのかが気になる。嵐山の視点で言えば、「成人式の日に、アンちゃんたちが酒を飲んで暴れるのが幸福な時代の産物」であるとするならば、それさえもなくなった、あるいは、報道されなかったのはそれだけ今は不安な時代だということになってしまう。

   
   

 予定表には「昼食はシャンビニヨンソースの肉料理(シャンビニヨンなんていうと特別美味しく思えるから不思議)とイチジクのタルトをお楽しみください」とある。イチジクの酸味が効いて美味しい。こんなのばかり食べてると帰ってからが大変だ。

 先輩に、あんた、美味しいものばかり食べてると身体によくないよ、と言われてしまった。書く内容に困るとよく外食(そとしょく)の話を載せるようにしている。まあ食べるのは嫌いじゃないし、撮った写真も見映えがいい。読んでくれる人の中には「そのお店、どこ?」と聞いてくる人もいる。みんな食べるのが嫌いじゃないようだ。ところが、上のようなことを書いているといつも食べてると思われてしまいがちだ。ところが、普段は野菜中心のヘルシーなものばかり。退職して弁当がなくなったら昨年の検診に比較して、体重が2.6キロ、ウエストが3センチ減った。おかげで血糖値も正常値に戻る。 

120111 フランス紀行25(モネの庭3)

 耳たぶが赤くなっている。触ってみると熱を持っているし、こりこりとした触感がもある。いつからか耳をいじる癖がついてしまった。こういうのを心理学者は何というのだろう。それで傷ついてしまったからよ、と同情してくれない。朝早くから耳鼻科へ。医者は、これはあたり過ぎではなくて、なんか虫にやられているようですよ、と。薬局へ行くとあれこれ聞かれる。薬事法の改正とやらで聞かなければならなくなったそうだが、正直な話、時々うんざりする。今時虫刺されですか?これがうんざりでなくて何を・・・・・。「医者がそう言いました」とぶすっと言うとそれ以上は聞こうとしなかったが。

 モネの家は壁がピンクで、窓枠・雨戸が緑色。とても印象的である。さすがモネだといったらおこがましいか?
 室内は撮影禁止なのでひたすら庭にカメラを向ける。この時期でもいろんな花が咲いているが、これがすいれんの咲く6月だったら、この庭はそれこそ色彩であふれていることだろう。
 帰る時に気がついたのだが、ここには中国人がいない。いたとしても似合わないし、おそらく居心地悪いだろうなあ。ゆったりとした気分で過ごすことができたのは、庭の素晴らしさは当然の事ながら、あの我が物顔の中国人のいないことが一番の理由のようだ。 

120107フランス紀行24(モネの庭2)

 「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・・・・」ー今日は七日。七草の日である。春の七草が直ぐ出てくるのは、秋とは違って食べることができるからであると誰かが言っていたが「花より団子」である。今年に入ってなかなかブログを書くことができない。こうも寒いとただひたすらコタツにもぐりこんで寒さをやり過ごすことに専念している。ということで、途中下車していた「フランス紀行」を再開することにします。「モネの庭1」で中断していました。「証文の出し惜しみ」のような気がしないでもないのですが、付き合ってください。

   
   

 庭は彼が自ら池を掘るところ始め、朝の光から夕闇までの姿を繰り返しくりかえし絵にした。自分の絵の題材にするために造った庭園もいつの間にかその世話をすることが主になり、ほとんどの時間をそれに費やすようになってしまったとガイドさんは言うが、そうすると200点以上もの作品はいったいいつ描いたのだろう。
 この日、私が見た専属の庭師は5人だったが、それ位はいないとこれだけの広さ、これだけの植物たちの世話はできない。同時にモネの大変さが理解できた。ひょっとして彼もうんざりしていたのではないかと、庭と畑の草取りに追い回される私としては妄想してしまう。 

120101 明けまして・・

 

 今年の年賀状の言葉を何にするか。「おめでとう」はちょっと使えないなあ、という人が多いらしい。ちょっと天邪鬼なところのある私としては「なんでー」となってしまう。たしかに未曾有の災害があり、家を流され、家族を流され、どうして生きていけばいいのか途方にくれている人たちが多くいるのにとは分かっているけど、だからといって「明けましておめでとう」まで使っていいのかどうかなんて、そこまで落ち込まなければならないのか。
 生きていることで確かに分かっていることは、誰もがひたすら「死」へ向かって今を生きていることだけのはず。その生きている中では大なり小なり誰もが「苦」を抱えているし、抱えているからこそ「生」を確かに感じることができる。それなのに・・・・・・・・・・・・・・・・・
 なんか分けわかんなくなってきました。ということであえて「明けましておめでとう」と言うことにします。ということであえて「ヒロさん、明けましておめでとう。元気な貴方に会える日を楽しみにしています」と言うことにしました。

111231 京都の旅2(清水寺と坂の道)

     
     

 清水寺。昨年の4月、娘と孫と、三人で桜の京都を散策したことがある。桜は見事だったが、さすがに今回の清水寺の紅葉はすでに盛りを過ぎていた。

     
三年坂・産寧坂・再念坂とも言われている。  二年坂・和服を着ている女性は中国人の観光客だった。  八坂の塔・坂を下りていくと急に現れる。 

 

 今回の「神戸ルミナリエと京都の旅」もこれで終わり。ルミナリエ見学の時間帯には雨の予報が出ていたのに、とうとう一度も雨に遭うことなく旅行を終えることができた。これが最高。7時間もかかったバスの移動も意外と苦にならなかった。ルミナリエにも感動できた。お仲間とも楽しく行動できた。またこのメンバーで旅行に出かけようとなった。4月になりそうだ。

 今年も一年「おーちゃんのブログ」に訪れてくれてありがとうございました。あと10回分残っている「フランス紀行」を終えたら4月まで旅行の予定がありません。それでも何やかやと「紀行」にはならないブログを載せるとは思いますので、ぜひ覗いてみてください。それでは今年はこれで!

111230 京都の旅1(平等院鳳凰堂)

  OO先生は修学旅行で来たことがあるという。そう言われてみれば来たようなないような。鳳凰堂を見学する間は何も感じなかったのに、外に出て駐車場を見た途端、あれ!これは前に見たぞとなってしまった。これを視感感というのだろうか。そういえば、明治神宮での清正の井戸や八芳園での石柱の時にも感じた感覚である。
 単なるデ・」ジャブではなく実際に来たことがあるようだ。バスが駐車場を出て、町を出て、宇治川沿いに出た時にも「あれ!」となってしまった。それにしても、肝心の鳳凰堂は覚えていなくて、何の変哲もない駐車場や川筋の風景が心のどこかに残されているなんて、こういう感覚を何というのだろう。
 阿弥陀堂の見学。壁や柱にも触るな、もたれるな!たしかに国宝で、保存のためには仕方ないにしても、写真もだめですとなったら楽しみも半減。ついついルーブルと比較してしまう。担当者の荘重な口調で説明を聞くと、ホーと感心してしまうのだが、暗い中で見るとほとんどかすれてしまった壁画などは心にも残らない。

111228 神戸ルミナリエ8(南京町)

 ルミナリエに行く前に、何はともあれ食事をと南京町に出かける。ところが、ここは横浜の中華街にはとうてい及ばないし、長崎の中華街よりもずっと小さい。添乗員さんのアドバイスでは、お店の中に入って食べるよりもここでは立ち食いが多いとの事。何度も同じことを繰り返していたが実際に行ってみるとその通り。規模が小さいだけでなく、いわゆる観光客が安心して食事を楽しめるお店も見当たらない。さすがに立ち食いは、ということで、ちまきを買い、それを持って餃子の専門店で食べることに。もちろんギョウザとビールを注文し、ちまきを持ち込むことの了解も取って。
 当然の事ながらこれでは一時しのぎにしかならず、ルミナリエの会場の屋台で神戸牛(と書いてあったが、神戸牛にもピンからキリまでありそうだ)の串焼きをみんなで食べる。帰りにもう一度南京町に寄り、ラーメンの立ち食いに挑戦。素敵なレストランでの〇〇料理もいいけれど、これはこれで美味しかったし、いい思い出になった。