120710 佐伯紀行5(汲心亭)

   

 この通りで一番心に残ったのは、記念館のすぐ近くにある茶室「汲心亭」である。二つの建物からなっており、本館を「更深軒」、草庵を「五味庵」という。風情のある趣で、つい厚かましく建物の中に入り庭を眺めてしまった。亭の女性の方はゆっくりどうぞといってくれたが、お茶も注文せず見学するだけというのはやはりちょっと厚かましすぎた。

 

 

 ここは1年ほど前に連れ合いがお茶の会があったとかで訪れている。「素晴らしかったよ」と繰り返し聞かされていたがたしかにその通りだった。建物も素晴らしかったが、周りの若葉と草庵の横に咲く桜がよかった。花の下の女性たちも負けずに「華」がある・・・・・かな?おそらく秋の紅葉も若葉に負けないと思う。その季節(とき)にもう一度訪れよう。 

120707 佐伯紀行4(国木田独歩記念館)

 この町並みの中ほどに「国木田独歩記念館」がある。私がいた40年も前も何かというと「国木田独歩」という名前を聞いた。駅でも列車が到着すると独歩の「佐伯の春、先づ城山に来たり・・・・・・・・佐伯は城山のものなればなり」という言葉が流れていたような気がする。
 ところで、何かで知ったのだが、彼は22歳という若さにもかかわらず佐伯の学校に教頭として迎えられる。しかしわずか10ヶ月でこの町を追われたそうだ。彼のクリスチャンとしての思想・言動がこの小さな町(当時人口わずか5千人だったという)には合わなかったのだろう。なのに国木田独歩一辺倒です。この構図、「封建制度は親の敵でござる」といって二度と戻ってこなかったある明治人のふるさとに似ていませんか。
 されはさておき、「独歩記念館」そのものは一見の価値あり。天井の低い古い日本建築と城山のふもとの地形を生かした庭園が魅力である。魅力といえば、受付の若い女性の親切な対応が素敵だったのを付け加えておく。 

120704 佐伯紀行3(歴史と文学の道)

 城山のふもとに沿って「養賢寺」まで続く通りは「歴史と文学の道」と呼ばれ、日本の道百選にも選ばれている。道も建物も保存され整備されていて、わずか700mの程度の短い通りだが趣があってびっくりした。なにもないのに「城下町〇〇」と呼ぶどこかの市(まち)とは大違いである。
 佐伯鶴城高校の真向かいにある「養賢寺」は、旧藩主毛利家の菩提寺で禅宗の名刹である。大入島中学校に勤めた時、風呂をもらい、夕食のご飯をいつも炊いていてくれた「柴田のばあちゃん」が亡くなった時に駆けつけたが、葬儀の行われたのがこの寺であった。この機会にゆっくり見学をと思って訪れたが、なんと「拝観禁止」の立て札が。

120701 佐伯紀行2(城山2)

 頂上までは少し急な登りなので負荷がかかってちょうどいい運動になる。昔も登る人が多かったが、今も健康ブームだろう、多くの人と出会う。その中の一人の方と話をしたが、「佐伯は地獄だ」という言葉が今も胸に突き刺さっている。
 私がいた40年ほど前に御三家と呼ばれた「興人・二平」はすでに倒産し、唯一残った「佐伯造船」も瀕死の状態らしい。穏やかな気候とこじんまりとした町並みと穏やかな人情とで、私たち夫婦には今も懐かしさで胸が熱くなる土地だけにその言葉が哀しい。本丸跡のある頂上から眺める佐伯の町は、眠っているように見える。

120629 佐伯紀行(城山1)

 九重登山の会が九重に登らなくなってどのくらい経つだろう。若い人は物足りないようだが、私より上の人たち(もちろん私も含めて)はどこかここか不具合が出てきて積極的ではなくなった。今回は一番年長の方が企画した「佐伯を訪ねる旅」となった。佐伯は新卒で勤めたところで、大入島中学校、佐伯城南中学校とあしかけ8年ほどを過ごした思い出の地である。ここで結婚をし、二人の娘も生まれ、病気もしたし、いまだに年に数回電話をくれる教え子もいる。
 「三の丸櫓門」の下にある駐車場に車を停め、城山に登る。門をくぐると「文化会館」迎えてくれる。いろんな行事で訪れた建物だが、37年前もこんな風に古かったような気がする。時間が止まってしまったようだ。時間が止まったといえば、県大会で来た時にもここで保育園児に出会った覚えがある。他の事はほとんど忘れたのに、こんなことは鮮明に覚えているが、これはどう説明したらいいのだろう。そして、全く同じように園児たちに出会った。 

120626 韓国桜紀行23(国際市場3)

狭い通りを外れて車の多い通りに出てみる。ここは本来片側2車線のはずが歩道側はすべて車で埋まっている。といってもこちらではこれは違法駐車ではないという。それも前後の感覚がほとんどないという神業的な駐車の仕方だ。どうして停めるのだろう、どうしてここを抜け出すのだろうと心配していたら、車の持ち主の若い夫婦が帰ってきて、近くにいた人にキイを渡す。一人が運転をし、一人が合図をする。何度も何度も切り返して見事脱出。見てるこちらはハラハラドキドキだが、実際やってる方はなんのためらいもなくあっさりとやってしまう。そして、持ち主からなにがしかのお金をもらっていた。ここは、有料駐車場、だったんだ!

120624 韓国桜紀行22(国際市場2)

入り口の広場から一歩細い路地に入ったら、すぐに食べ物の屋台が通りの真ん中にで~んと構えている。まだ2時前なのでたくさんの人がイスに座ってはしで食べている。見るからに不衛生(といったら地元の人に悪い気がするが、やはり日本人の感覚から言えばそうでしょう)そうで、ただ眺めるだけが精一杯だった。
ほんとのところは「興味津々」である。台湾でもそうだったが、汚いなあとつぶやきながらも、「こんなところこそ美味しいもんがあるんだよな~」と自分の偏見と勇気の無さを嘆いているのである。

韓国桜紀行もあと1回を残すのみ。よくもまあこんなに長く書けたもんだと一人で関心しきり。

120622 韓国桜紀行21(国際市場1)

   

 最後は「国際市場」へ。雨も完全に上がり、普通日(水曜日)なのに国際市場には多くの観光客と地元の人に、中学生くらいではないかと思える若い人たちで賑わっている。ガイドさんの説明と注意を受けると、いいおっさんおばさんが6名、つるんで歩いても面白くないのでガイドさんの注意を守って一人で歩き回る。

   

 とにかく狭い通りに溢れるほどのお店と品物が並べられている。びっくりしたのは屋台や軽トラの荷台にこぼれそうなほどに積まれた靴下の山。13足 10,000ウォン。16足 1,000円と書かれていたのにはびっくりを通り越して唖然としてしまった。他の通りでもすごい人だかりなので、何事かと覗き込んだらここではサングラス。バイタリティーがあると言うべきなのか・・・・・・・。