130209 韓国紅葉紀行18(感謝)

ガイドさんはおそらく40は超えている。すごく日本語が上手で、時々韓国人特有の発音で改めて現地のガイドさんだということを気づかせてくれる。最初に添乗員さんが紹介する時にガイドさんのことを「やわらかい方」と言った。はじめてそんな表現を聞いたし、ガイドさんもはじめてそういうことをいわれたと言っていた。ところが、時間が経つにつれてぴったりの表現だと思うようになった。「やわらかなガイド=伊(ユン)さん」。
韓屋村では、お客さんを寒い中歩かせたくないからここまで入ってきて、と連絡している。会社で一番やさしい運転手さんだから無理を言えるのだと。狭い急な坂を下りてくるバスに乗り込みながら、ツアー客、拍手!ホテルについてわずかだが感謝をこめてほかの人に分からないようにチップを渡す。
馬耳山から釜山に行く途中、バスが急に止まる。ガイドさん、「びっくりしたでしょう。バスが急に止まったから。運転手さんがみなさんに聴いてもらいたくてサービスエリアでCDを買ったので今かけているところなんです」。乗客、拍手!どんなにやさしい運転手さんだって、ふつうここまでやる人なんているはずがない。おそらくあのチップをどう使おうか彼は考えたのだと思う。受け取る時も妙に固辞することもなく気持ちよく受け取ってくれた。そして、これが彼なりの感謝の気持ちだと分かった。こちらの方がずいぶん得をしたような気持ちになった。

130206 韓国紅葉紀行(馬耳山塔寺)

山の中に入っていくと右手に一つのとがった山が見えてきて、それがやがて二つ並んだ姿になる。その姿から「馬耳山」と呼ぶ。どう見ても馬の耳には見えないわ、という人もいるが、位置によってはそう見えるかもしれないし、昔の人の想像力はすごいなと思ってしまう。

その山のふもとに「馬耳山塔寺」と呼ばれるお寺がある。境内には石を積み上げて造られた塔が80基残っている。もともとは108基だったそうだが、やはり煩悩の数ということか。接着剤も使わずただ積み上げただけにもかかわらず、どんなに強い風が吹いても倒れることがない。それは馬耳山に存在する「気」のせいだと考えられ、それでここを「霊山」と呼んでいる、とはガイドさん。

小雨の中を二人で一番上まで上ったが、下から見上げても、上から見下ろしても石の塔によってここは一種独特の雰囲気を醸し出している。連れ合いが、今度の旅で一番感銘を受けたのがこの雰囲気だ。

130202 韓国紅葉紀行16(3日目の朝)

3日目。目覚めると外は雨。今回は雨に祟られる。今までの「運」をここで一気に使い果たしてしまった。TV(NHK)の天気予報では日本も東北地方が荒れ模様と出ている。東北・北海道に行った人たちは大変だ。そういえば、中国では万里の長城で日本人ツアー客が、なんと大雪で遭難死したと報道している。韓国でよかった。

ガイドさん。「みなさんが早く集合したので私の方が走り回りました」と。私たちは2日続けて一番あと。それでも10分前にはバスに乗ったのに。日本人だからなのか。年を取った人たちだからなのか。たまたまそういうせっかちな人たちだったからなのか。

恒例の、「忘れ物、ないですか?パスポート、大丈夫ですか?結婚指輪、洗面所に置いてないですか?スリッパ、履いてないでしょうね?信じられないような話ですがたまにあるんですよ」。そういえば、部屋を出てエレベータに乗る時、エレベータの乗り口の前にスリッパが一足きちんと並べられていたが・・・・・・・。

130130 韓国紅葉紀行15(全州韓屋村)

午後は全州韓屋村観光。あるツアー客の女性によればここが今回のツアーの目玉だという。何人か韓国大好きなおばちゃんがいていろいろ教えてくれるので勉強になる。「千年全州」と呼ばれる伝統文化都市で、特にこの地域には都心に約700余軒の韓国伝統家屋が集落を成していて、もちろん実際に生活している人がいて、生活と文化と観光が共存している場所、とはガイドさんの受け売り。
いかんせん、傘を差しての散策。明るくあたたかい時に、ゆっくりと歩くのであれば歴史にも浸ることができただろうが、冷たい小雨に暗さを増していく夕暮れ。これではせっかくの歴史的な街並みもただの薄汚れた建物にしか見えない。繰り返す。明るく、あたたかい季節(とき)にもう一度訪れてみた。それもツアー客としてでなく。

今日、左上の奥歯を抜いた。ここ何年か、調子が悪かったが、とうとう引導を渡された。30年以上前に右下の親知らずを抜いて以来だ。夕食の後に飲んだ薬が効いたのだろう。うずいていた痛みが和らいだ。いつまで経っても歯を触られるのは慣れることがない

130127 韓国紅葉紀行14 (内臓山国立公園4)

私らは彼らの派手なパフォーマンスに圧倒されるが、こちらでは見てる方も負けてはいない。それも男よりもおばちゃんたちだ。芸人の仕掛けてくるノリに負けずに、それどころか食ってしまっている時もある。特に太鼓を取り上げてしまって敲いているおばちゃんの笑顔は素敵だ。「恍惚」という言葉がぴったりだ。
「お父さんも好きね!」と言われるが、本当に好きだ。あの、「ンチャ、ンチャ・・・・」というリズミカルな威勢のいい音が流れてきただけで胸が騒ぐ。騒ぐなんてもんじゃない。震えてくる。シャイで、照れ屋で、誰が見たって正反対の私だからこそあの猥雑さに憧れるのかもしれない。ひょっとして、私の血の中に彼らの血が少し混ざっているのかもしれない。

130124 韓国紅葉紀行13(内臓山国立公園3)

演歌を生業(なりわい)とする人たちにも二通りある。テレビや劇場で歌う人に、こうしたドサ廻りで生きている人たちである。この人たちを何と呼ぶのか。ガイドさんに聞いてみようと思いながらとうとう忘れてしまった。
この人たちにもふた通りあるようだ。テントやシートを張って、一種、小屋掛け式にやっているものと店や屋台の前を借りて一人でやっているものと。どちらにも共通しているのは、猥雑なほどのにぎやかさとそれで食べているんだという必死さと、中には好きでやっているんだという開き直りの明るさも見える。

130122 「312」

時たま、ほんの時たま、昔の自分に戻っている幸せな時間がある。昔を思い出すというのはそれには当てはまらない。その時の、人、ものに触れた時そういう時間を持つことができる。
連れ合いに誘われてあるお店でランチする。名前を「312」という。今から20年ほど前、宮島町の入口にあった、薄暗い階段を上がった奥に「312」と名前のついた軽くお酒を飲ませてくれるお店があった。マスターはまだ二十歳代の若者で、素敵な音楽と洒落た飲み物と、楽しいトークがあった。
この店を教えてくれたのは今となってははっきりとはしないが、たしか上の娘だったと思う。その当時、病に倒れ、生きるか死ぬかの体験をした。それからだと思う。ほとんど遊びに出なかった私が、飲み会にも少しは付き合うようになったし、そうしたお店にも行くようになった。「人生観、変わったよね」と連れ合いは云うが、少しは変わらないとね。
他の場所に移った「312」にも1・2度行ったが、そのまま足は遠のいた。年末、北高の近くに「312」があったよと連れ合いが言う。正月過ぎてやっと出かけることができたが、マスターの声を聞いたとたん、20年前に戻っていた。もちろんそれはほんの一瞬に過ぎなかったのだが・・・・。(1月19日)

130120 ハウステンボス4

さあ、光の王国。食事をゆっくりとしたので、パレス・ハウステンボスの正面玄関でのイルミネーションのイベントに遅れてしまった。ここでは光のガーデンのイルミネーションをゆっくりと見る。音楽に合わせて光が動く。動くといえば、ホテルの前の広場では建物の壁面に映像が映しだされている。「3Dプロジェクトマッピング」とか名前がついているが、意味はとんとわからない。ドラゴンが現れ、女たちが踊り、時計が時を刻む。
学食のおばちゃんに言われた。「白い観覧車には乗りましたか?」。けっこう見ていないイルミネーションがあるようだ。損をしたととるか楽しみが残ったととるか?!(13/1/6)

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