130418 法事4(京都の町に夢が咲く)

宿泊場所は「京都ホテルサンルート」。この時期よくとれたもんだ。企画から業者への手配と、横浜の甥には感謝・かんしゃ!繁華街の河原町には徒歩で10分という立地にある。河原町の居酒屋で食事をし、そのあとの自由行動として用意してくれたのが、①先斗町散策コース②円山公園ライトアップコース③坊主BARで一杯コース④ホテルでののんびりコースと盛り沢山なのだが、この雨風ではどうしようもない。とはいえ、さすが河原町。人で一杯だ。「坊主BARで一杯」というのにはちょっと心惹かれるものがあったのだが・・・・。

居酒屋の名前は「京の町に夢が咲く」。よくこんな名前をつけたもんだ。田舎じゃ考えられない名前だ。ビルの地下にあって、意匠も派手派手!これも田舎じゃ考えられない。0千円で飲み放題。これまで飲み放題で元を取ったという記憶がない。それでも今回はその飲み放題でさえ楽しさにつながった。楽しく気の合う人たちと日頃と違う場所でお酒、ということが、こんなにも心躍るものになるとは。お店の中の近くの一角(というほどの広さがある)では若者たちが元気を出していた。全ての仕切りの戸を開け放って、おそらく200人は軽く超えていただろう。どこかの大学の新入生コンパだと言っていた。そうだ、京都は学生の街だったんだ。

130417 法事3(低気圧)

 法事のあと、駅前の「山水茶寮(昨年の北部豪雨のあと、本耶馬渓の店を閉めて中津に出てきた)」で昼食をとり、ソニックに乗る。小倉で9分の接続時間で新幹線のぞみに乗り換える。学生の頃(50年前の話)、休みになると帰省に利用していたのが「特急みどり」だった。9時間はかかっていた。今は中津から新大阪まで、小倉で新幹線に乗り換え、2時間45分だ。信じられない速さだ。

 春の嵐だと天気予報は繰り返していた。門司からやってきた姉の話では、家を出る時には台風のような雨風だったそうだ。行けるだろうかと心配していたら中津では雨くらいで拍子抜けしたとびっくりしていた。広島を過ぎても、新神戸を越えてもいやな雲は広がっているが、雨が降るでもなく、街路樹も揺れていない。ところが、車内の電光掲示板では繰り返しくりかえし「急速に発達した低気圧の影響により関西の在来線や特急に間引き運転や運転休止が行われています」と告げている。

新大阪から降り始めた雨は、京都に着くころには春の嵐になっていた。

圓徳院から八坂神社の間で見た光景。犬矢来=犬のマーキング(小便)を防ぐためのものだが実際に見たのは初めて。そして、軒先の豪華なしだれ桜。京都は絵になるなあ。

130416 法事2(トカゲの自殺)

 法事と言えばいつも思い出すことがある。思い出すというよりトラウマのようになって染みついているといったほうが正確だ。

 いつの法事だったのか、甥たちが座敷の外でワイワイ騒いでいる。縁側の横に小さな(というよりいつまで経っても大きくなれない)バラがある。それをとり囲んで真剣に話し込んでいる。のぞいてみるとバラの枝になにかが刺さっている。干からびたトカゲである。私にすれば見慣れた風景だが、横浜や熊本といった都会に住んでいる甥にとっては何が何だか分からないのだ。

 どう決着がついたのか。「おそらくこれはトカゲが自殺したんだろう」となる。自殺という高度な精神の働きを、あのトカゲが、あの小さな頭脳で紡いだとどうして導き出したんだろう。自然から離れるとはどういうことのか思い知らされた出来事だ。蛇足ながら、トカゲの自殺を「モズの速贄」と言います。

130414 法事1(前夜祭)

 4月6日。父親の25回忌と母親の17回忌。それと父親の半年後に亡くなった長兄の25回忌と、お寺さんの許しを得て全部まとめて法事をした。こうした時にはできるだけみんなでどこかに出かけるようにしている。今回は横浜の甥が企画してくれて、三人ののど仏を納めている大谷本廟へお参りしようとなった。本来なら桜の一番いい時期のはずだったのだが、今年は桜も早く開花したし、週末は春の嵐になるとTVがうるさい。いったいどんな旅になることやら。

 熊本と横浜、そして、静岡から帰ってくる甥や姪が前泊するというので、みんなで居酒屋へ。そのあと30周年で行った「フォーシーズン」へ。彼らとの付き合いも長くなった。双子の甥は亡くなった父親(長兄)と同じ年齢になったという。それにしても双子とはいえ髪の薄くなり方までよく似たもんだ。

記事に合った写真のない時には京都で撮った写真を適当に使う。なにしろ2日間で400以上撮っている。まずは言いわけ!この小さな川は有名な「高瀬川」のようだ。前々日のライトアップは見事だったらしい。川面に見える白いものは桜の花びらだ

130408 紅葉探訪4(光明禅寺)

1時過ぎになって太宰府のお石の茶屋でやっと昼食をとる。大駐車場から天満宮までの賑わいに比べたら、本殿の裏は閑散としていて2軒ほどの茶屋が閉まっていた。秋の3連休、紅葉の季節、不景気なんだなあ。お昼は「おでん定食」。もちろん梅が枝餅も。参道の「かさの家」の梅が枝餅には行列ができるが、私はここ(お石茶屋)のが一番好きだ。

帰りに目的地の「光明禅寺」へ行く。これまでは玄関を上がると目の前に木箱があって、参詣料として200円を自分で入れていた。このスタイルはここに来始めた20年前から変わっていなかった。ところが、今日は男の人が座っていて、まるで監視しているようだった。たしかに監視している。えっ!と思いながら庭を見る縁側に出ると、これまで入ることのできた座敷への通路が閉められ、庭に面した窓にはカーテンが張られていた。座敷の畳や縁側に座って心ゆくまで庭を眺めることのできたとっておきの場所だったのに。

おそらくお金を払わない人が多くなったんだろう。おそらくマナーの悪い人が増えてきたのだろう。やむにやまれずの対応だったんだろう。でも、ここで見続けてきた紅葉の素晴らしさ、ゆったりとした時間がどこかに行ってしまい、二度と戻ってこないだろう悲しさがこみ上げてきた。

桜が散ったこの時にやっと紅葉探訪が終わりました。違和感を覚えながらの人が多かったのではないかと反省しています。と言いながら、おそらくこうしたこと(時期を外れる)はこれからもしょっちゅうだと思います。これに懲りずに今後ともお付き合いください。今度は一気に「桜紀行」となります。

130405 紅葉探訪3(大興禅寺)

九年庵だけではもったいないと、ここにも行きませんかと佐藤さんが提案してくれた。ナビに導かれて鳥栖まで引き返す。途中、鳥栖アウトレットの近くにまで来たのにはびっくりした。何度かここまでは来ていたのに、大興禅寺のことは全く知らなかった。まず目に飛び込んできたのは急な石段だ。数えながら登ると126段あった。途中から喘ぎあえぎ登ったのだが、こんなに苦しむからこそありがたさが増すのだろうと納得。

本殿の下の銀杏の樹の下に黄色い落ち葉が折り敷いている。風が山から吹いてくる。と、銀杏の葉っぱがあとからあとから降り続く。写真では分かりにくいのだが、茎を下にしてくるくる回る。子どもたちは大喜びだ。

130404 紅葉探訪2(仁比山神社)

九年庵の隣に「仁比山神社」がある。初めて来た時には目的地の九年庵よりも紅葉がずっと素晴らしかった。ここにはクスノキの巨木もあって、樹齢は800年を超えるという。今回は九年庵と同じように紅葉は盛りを過ぎていた。

そこで紅葉以外のものを撮ることに専念した。一番心惹かれたのは和服姿でお客の接待をする若い女性と味見のお菓子を配って回る小さな女の子だ。若い女性はなかなかシャッターチャンスに恵まれず、あきらめて石段を降り始めたらお店から出てきたのであわててシャッターを押したが、全体的にぼけてしまった。

130403 紅葉探訪1(九年庵)

佐藤さんとの「紅葉探訪」をやっと今頃になって掲載することになった。我ながら遅すぎると思ったのだが、せっかく出かけ、せっかく原稿を書いたのだからと、すいません、我慢してください。

今は九年庵まで直接は行けない。吉野ヶ里の駐車場からバスでピストン輸送される。それだけ観光客が多いということだ。私たちがもらった整理券は9時半ですでに「2570番」である。100人ずつ道を渡って参道を通り、九年庵の前で入場料を払ってやっと入場となる。

今年は寒波が急にやってきたためか今日23日、最終日にすでに盛りを過ぎていた。吉野ヶ里の駐車場には「落葉が始まっています」という看板が立っていた。