130917 私の読書2

  立花隆といえば、定番の「宇宙からの帰還」や「臨死体験」がある。東大でのゼミのことを書いた「脳を鍛える」なんてのもあった。私の好きなのはちょっと長い題名だが、「ぼくの血となり肉となった500冊、そして血にも肉にもならなかった100冊」というのがある。ところがもう1冊ある。これも長い。「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」。

  この本に掲載されている本の全てを読むことはできないし、もちろん買うこともできない。となったら読んだ人の書評を読めばいくらかでも読んだふりができるのではないかというさもしい考えからである。それだってずいぶん飛ばして読んではいるのだが・・・・・。

130914 私の読書1

 工科短大だからもちろん購入図書のほとんどは専門書である。機械と電子と建築の3つの系がある。そうした予算以外に一般図書のためにほんのわずかだが予算が付いている。名目は「校長」となっているが、担当の私が図書の選定をしている。

 上の写真が今年選んだ本である。本がダブらないように前年度購入した以降に発売されたものの中から選ぶことを原則としている。見て分かるようにずいぶんと私の好みが入っている。「困った隣人 韓国の急所」などはそうだし、「人類20万年 遥かなる旅路」もそうだ。今、この本をすこしずつ読み始めている。真ん中に写っている「立花隆の書棚」は完全に私の好みである。

 立花隆の本は一時ずいぶん読んだ。内容的にもけっこう難しかったし、なによりどの本も分厚かった。今となってはなんであんなものを読んでいたのか不思議な思いに駆られる。

130911 祝杯!

  香港に住んでいた孫が帰ってきた。といっても九州ではなく、関西の方にである。近いとは言えないが香港に比べたら断然近い。これからは時々会えるのではないかと今から期待でわくわくする。

  私立の中高一貫校を志望したので編入試験がある。「私立」ということも、「中高一貫校」も「編入試験」も始めてのことなので、年寄り二人の方が試験が近づくにつれて不安が募り、眠りも浅くイライラしてしまった。

  母親からの電話ではそんなに興奮しなかったのに、夜、孫の晴れやかな声を聞いた時には不覚にも涙がこぼれそうになった。自分の娘の時にはあっけらかんとしていたのに。さっそく年寄り二人でお祝いだといって「ヴォラーユ」へ。調子に乗ってワインを1本空けてしまった。家に帰りついたら二人ともダウン。今朝(8月27日)の頭の痛いこと!

130908 安曇野通信 AGAIN!

 この写真、どこかで見た覚えはありませんか?そう、以前何度か掲載した「安曇野通信」で使われたものです。一つ上の先輩で安曇野に移り住んだ人がいます。山が好きで、いつも山の話をしていました。それもいつも「日本アルプス」だと言い続けていました。念願の安曇野に移り住んでからもう何年になるだろう。

 山や高山植物の写真をたくさん送ってきてくれました。それを使って「安曇野通信」として何度かこのブログにアップしました。書くものがなくなった時の、つまり、「困った時の安曇野通信」として重宝してきました。それだけではなく、せっかくの素敵な写真を独り占めにするのがもったいなかったのです。この写真は彼の家の前から見える「常念岳」だったと思います。

 先日、他人から彼の近況を聞かれ、彼の了解をとるついでにこの頃ご無沙汰の写真を送ってもらうようにお願いしました。快諾してくれたのでまた「安曇野通信」を届けることができます。期待してください。

 上の写真は「風に揺れるワタスゲ」と名付けた、一番気に入っている写真です。そうそう、始めの写真はわざわざパノラマにしてくれたものです。

130906 イタリア紀行54 番外編(石畳)

「ローマ」 「ヴァチカン」

最後をイタリアの「石畳」で終わろうと思います。ガイドブックにも、「るるぶ」にもイタリアは石畳が多く、歩くのに苦労するし、慣れていないとすべって足首を痛めることがあるので要注意とあちらこちらに書いていました。それを受けて二人してリバーウォークのスポーツショップにまで出かけて、そのためのシューズを買いました。始めてのペアルックです。今では夜のウォーキング用として重宝しています。

「アリベロベッロ」 「フィレンツェ」

これで本当に「イタリア紀行」を終了します。長い間付き合ってくれてありがとうございます。このあとどんな「写真紀行」にするか、それ以上に「あるのか」が不安です。

130903 イタリア紀行53 番外編(路地裏)

ヴェニス フィレンツェ アマルフィ

今回も、そしてこれまでもその土地、その場所での名所・旧跡を巡るのが旅の目的である。なんて、当たり前のことをカッコつけて書いてます。ところが、決められた、素晴らしい風景以外にも心惹かれる場所がたくさんあった。そのひとつが「路地裏」だ。ついついそちらに目が行って写真を撮ろうとする。気が付いたらグループはずいぶん先に行ってしまっていて、連れ合いに叱られてしまう。

ポジターノ マテーラ

それでもまた遅れてしまう。なんでこんなに心惹かれるんだろう。きれいでもないし、歴史的な価値があるわけでもなし、どちらかといえば薄汚れてさえいる。しかし、人間は濃厚に感じられる。たとえ、そこに人が映し出されていなくても。

130831 イタリア紀行52 サンタンジェロ城

パンテオンのあと、最後の、そう、この旅最後の観光スポット「サンタンジェロ城」へ。日本語では「聖天使城」と訳されるが、お城に天使ではミスマッチかな?その名前の由来となった青銅製の大天使・ミカエルの像が城の頂上に設置されている。なぜこの像が設置されたのかをガイドさんが熱を込めて説明してくれたのだが今回は割愛。

ここでの一番の売りは屋上からの眺めだ。高い建物は多いのだが、多くの観光客に開放されていてローマ市街が一望できるのはここだけかもしれない。その光景を思いっきり撮ったのだが、レンズの左側が曇ってまともな写真が少ない。なにしろこの旅で撮った枚数は総数「2237枚」だ。私は疲れただけだが、カメラの方は疲れきっているようだ。右のサン・ピエトロ大聖堂が大きく映っているのは堀田さんのを借用した。

今回の紀行はなんと記念すべき「52回」となりました。これまでの最長記録です。本当は、ローマ空港での出国審査で、係員がパスポートを全く見もせず、スタンスさえ押さなかったことや逆にインチョン空港では単なる乗り換えに何時間もかかったこと、帰り着いた福岡空港では夜の8時を回っていたのに、6つのゲート全てが開かれていたことなど、書きたいことはまだまだあります。しかし、書いている本人がちょっとうんざりしているのですから、付き合ってくれた方は「もういい加減に止めてくれ!」と思っていることでしょう。とはいえ、あと2回だけ付き合ってください。

130828 イタリア紀行51 パンテオン

「パンテオン」-世界最古の神殿で「万神殿」という意味らしい。パンテオンは高校の世界史の授業で習った覚えがある。世界史の先生は戦争帰り(昔はこんな言葉もあったんだ)で、時々ぼーとした雰囲気になる時があった。中国では大変な思いをしてきた人なんだと専らなうわさだった。殺した捕虜のそばで飯を食っていたんだなんて見てきたようなことをいう奴までいた。いくらなんでももう死んでいるだろうな。

 このころになると集中力が途切れてきていて、ああ、ここがパンテオンだったんだとあとから写真を見て思う始末。ガイドブックには「ミケランジェロが『天使の業』と絶賛したほど美しい」と書いてあるが、写真ではそう思えないし、いくら思い出しても天使の業とは・・・・・・・・