131020 怒涛の一日part1

 9日の午前1時30分-胸が締め付けられ息苦しくて目が覚める。横になっているのがきつくて、起き出してテレビの前に座る。真っ先に思ったのが心筋梗塞。始めて発作が起きたのは48の時。それ以来一度も起きていないし、年に1回の検診でも「問題ありませんね。また、来年会いましょう」と言われ続けてきたので「それはないだろう」と思うばかり。

 3時30分-ようやく横になれるようになる。もちろん全く痛みが消えたわけじゃない。少し落ち着くと余計にいろんなことが頭に浮かんでくる。

 6時30分-連れ合いが起き出す。いつものことながらオロオロしないでくれるのが有難い。というより「大げさなんだから!」と思っているのか。

 8時30分-かかりつけの賀来内科に自分で運転していく。9時に先生が出て来てから、心電図・レントゲンと検査が始まる。それからだ。怒涛の一日が始まった。検査の結果連れ合いも呼ばれ、すぐに市民病院に行くように言われる。それも奥さんの運転でいくように、と。おまけに私がそうするかを看護師に確認するように指示をしている。

131017 私の読書5

  最も繰り返し読んできた本としてはおそらく長部日出男の「天皇はどこから来たのか」があげられるだろう。長部は作家であり学者ではないのだが、自分の歩いた体験をもとに展開される論は、細かい字句に拘ったり史料を満載した学者の本よりずっと読みやすく、読み応えがある。この本はベッドの横に積み上げられた(これをツンドクという)本の中にいつもある。

 こうした分野の本を読むきっかけとなったのは松本清張の「古代史疑」である。奥付に「昭和48年9月15日14版発行」とある。そういえばあの頃は邪馬台国ブームだったと思う。何で買ったのか。おそらく、著者が「松本清張」であること。そして、最大の理由は、赤く塗りつぶされた「古代史疑」というタイトルの斬新さに引かれたからだと思う。

131015 私の読書4

  いろんな分野の本に手を出すのだが、繰返し読むのは決まっている。この「繰り返し」読むということが連れ合いにはどうしても理解できないようだ。最も繰り返し読んでいるのは「山本七平」だ。それを決定づけたのが「空気の研究」である。なんとも味もそっけもない題名だが、日本人のものの考え方、日本人独特の意思決定の仕方を「空気」という言葉に見つけ、私にとっての日本人論の決定版になっている。ところが、この本も本棚の中には見つからない。いったいどうなっているのやら。

  ちょうど一週間入院しました。先ほど退院してきたばかりです。このことについてはできるだけ早めに報告しようと思っています。

131008 私の読書3

 前回取り上げた本の範疇に入るものとして谷沢永一の「完本 紙つぶて」がある。これは「紙つぶて 二箇目」となり、「紙つぶて 自作自註最終版」と続いていく。内容としては書評よりも文化人との論争が楽しい。特に同僚の大学教授に向ける罵倒の凄まじさは痛快を通り越して、牙を向けられた人が気の毒になってしまうほどだ。

 3冊ともあるはずが「完本」が見つからない。本棚の中に埋もれているとは思うが、誰かに貸したままになっているかもしれない。その可能性の方が大きい。昔、ビートルズのLP(ジョン・レノンのイマジンが入っていたので大事にしていたのだが)を若い英語の先生に授業で使いたいというので貸してあげて忘れてしまい、退職する頃に思い出していまさら言えず、あきらめたことがあった。あ~あ!

 彼のゼミでレポートの不備を突かれ、立ち往生しただけでなくとうとう泣き出してしまった女子学生がいた。私もどうして逃げおおせることができたのか。その時のことを夢に見て、何年に一度の割合でうなされることがあることを見ると、後遺症はいまだに残っているようだ。

131005 夕食4(教え子)

  帰りにこれまで立ち寄った2度とも満席で断られている「bar St fellows」に三度目の正直と寄ってみる。昔々、本町の紅心堂というカメラ屋さんの近くにあったサントリーバーに似た雰囲気で、連れ合いも興味深々のお店だ。こじんまりとしていてマスターは若くてイケメンでとても爽やかな雰囲気だ。

  お店を出ようとした時、「先生!原田先生じゃないの。変わらんね~」と声をかけられる。50前(おそらく、多分、perhaps)の女性が二人、外のカウンターで飲んでいる。「ダレか覚えておらんのじゃろ」という。名前は出てこないが見覚えはある。学校でのことは全く覚えていないのに、木の子という山のふもとに家があって、家庭訪問に行ったということは思い出した。30年以上前の教え子だが、彼女の息子は私の最後の学校の時の5年生でお気に入りの「鉄平くん」だ。その子もいまはもう大学生だという。甥から「敬老の日」と祝ってもらうのも当たり前か。

  昔々の教え子に声をかけられ、彼女をちゃんと覚えていて感激され、甥に敬老の日を祝ってもらって、今日(9月21日)はなんとよき日であったことか。

131002 夕食3(敬老の日)

  横浜の甥が訪ねて来てくれた。以前にも書いたが、大分の造船所で大型の機械を据え付ける工事のためにこちらに来ている。8月に続いて二度目で今回で終わりという。終わって帰る前にとわざわざ寄ってくれた。

  例によって三人で食べに出かける。「赤とら」という希望だったが、さすがに土曜日は満席で断られてしまった。すぐ隣にある「Little Moon」というお店に行く。始めての店だが前から気になっていたお店だ。コースを頼む。ボリューム満点で内容的にもこれはもう若い人向きだ。

  甥は私たち二人の敬老の日のお祝いにと言ってくれたが、支払いはこのあと寄った「バー」にしてもらった。それにしても「敬老の日」といって祝ったこともないし(祝うつもりもないけど)、祝ってもらったのも初めてだ。喜んでいいのか・・・・・・・

  26日から30日まで旅行に出ていました。その紀行文はまた後日。

130923 夕食2(ワタリガニ)

  今晩(17日)のメニューに「ワタリガニ」がついた。いつも行くお魚さんで見つけたそうだ。今年の夏は娘と孫は2週間もいたが、だんなさんも2日間だが一緒に帰ってくれた。忙しい仕事の中をよくぞ時間を作ってくれたと感謝、かんしゃ!

  食べたい物のリクエストを聞くとこちらの地魚という。何か変わったものをと考え、以前近所の人に手に入れてもらったことがあった(091231に掲載)ので、今回もお願いした。さっそく業者に問い合わせてくれたが、これは時季のもので10月にならないと手に入らないと言われたそうだ。残念ながら他の魚を食べてもらったが、私としては一度は彼に食べてもらいたかったので正直がっくりとなった。

  身は多くはないが、大きなカニの淡白さな味に比べたら甘みが濃厚で、食べ始めたらビールを飲むのも忘れてしまう。テレビのグルメ番組でタレントがよく使う「至福の時」という言葉がぴったりである。あ~あ、何とか彼に食べさせたいものだ。

130920 夕食1(アジ)

  今晩(14日)は久しぶりに佐藤さんと我が家で夕食を食べる。佐藤さんとはこのブログに時々登場する私のPCの師匠である。そして、写真紀行に一緒に出かける相棒でもある。これまでに、「筑後紅葉紀行」に始まり、「長崎ランタンフェスタ」「平戸教会巡り」「柳川紀行」・・・・・・キリがない。ずいぶん二人で出かけたものだ。

  前回は10月の「築城航空祭」だからもうすぐ1年になる。この時には次は地元大分を巡りましょうと話していた。それも初夏に、ほんとに近場の「安心院の鏝絵」か「院内の石橋」巡りをしましょうとまで話は決まっていたのに、この夏のあまりの暑さにとうとう秋に延びてしまった。

  まずはPCの不具合を見てもらって、連れ合いも入って三人で飲み始める。私はすぐにダウンするので、佐藤さんの相手はいつも連れ合いの担当である。ところが、今回はなぜか韓国の話で盛り上がってなんとか付き合うことができた。

  そうそう、写真に写っている魚は近所の人にもらった「アジ」だ。焼いて、酢をかけて食べるとこれがなんとも美味しくて。みどりさん、ありがとう。ご主人によろしく!

  「読書」はひと休みして、「夕食」が続きます。