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150319 林真理子1
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| 写真がありません。どこにネタが転がっているか分からないので、とにかくカメラを持って、とにかく写真を撮っておくようにと心がけているのですが、つい面倒になって・・・・・・・・。せめてお店の写真だけでもと思って昨夜撮りにいったら、店休日。今晩もう一度チャレンジしてみます。 行ってきました。歩いて。往復50分かかりました。われながら「好きね~」と言いたい。 |
13日・金曜日。と、ここまで書いて「そんな日だったんだ」と思いました。だから何なんだですか、だけど。連れ合いに誘われて林真理子の講演に行ってきました。
ツタヤに停めて文化会館へ。歩くので時間がかかると思って早めに出かけたら思いがけず早く着いてしまった。ちなみになんで「ツタヤ」に停めたのか。駐車料金の節約と毎晩歩いている分を少しでも補おうと思って。それと文化会館の駐車場に停めると帰りが大混雑していつ出られるか分からないので。いつだったかひどい目に遭いました。日本人ですから割り込むなんてできないし。これが的中。
大混雑の駐車場の中を横切ってすぐの焼鳥屋「日比谷 鳥こまち」へ。こじんまりとした、ちょっとおしゃれなお店。地鶏の卵黄をからめて頂く「つくね」。こってりとしたタレのついた「キモ」。かたいものとやわらかいもの2種類の「なんこつ」もいい。ここでの一押しは「ぼんぼち」だ。たしか一羽からわずかしか取れないお尻の部位だと聞いたことがある。
あとで何組も来たが満席ですと断られていた。
150314 CM(JR東海2)
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なんでこんなにもかわいい表情・しぐさができるのかとあきれるくらい。時代そのものも明るく元気だったころ。そうだ、あの頃にはまだ携帯がなかった。だからこそ余計に、待ち続ける彼女たちのドキドキ感が切なく伝わってくる。その映像に山下達郎の「クリスマス・キャロル」が流れる。何年も前の曲なのに映像とぴったりで、このCMのために作られたといっていい。
みんな個性的で素晴らしい女の子ばかりだったが、なかでもこれがきっかけで大好きになったのが「牧瀬里穂」である。あの広いおでこ。美人とは言えないが完全にかわいい。中学生がよく言った。「先生、女優さんではだれが好き?」。必ず「牧瀬里穂」と答えた。当時「幕末純情伝」という映画があった。原作「つかこうへい」。制作「角川春樹」で、コピーは「~沖田総司はBカップ~」。沖田総司は女だったという奇想天外なストーリーの幕末時代劇コメディーで、その沖田総司役に牧瀬里穂がなったのである。
彼女、「メグ・ライアン」に似てませんか?
150310 CM(JR東海1)
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| 深津絵里 | 高橋理奈 |
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| 溝渕美保 | 吉本多香美 |
お天気キャスターが「寒の戻り過ぎ」なんて言っていたが、震えあがるほどの寒さと風の強さ。これが最後だといいのだが。
シロの原稿と一緒にこんなものも出てきた。日付は「110427」とある。それでは・・・・・
我ながらCMについてこんなに書けるもんだ、と感心している自分が可笑しくなる。これではテレビっ子だと笑われても仕方がない。と、ここまで書いてなんでこんな原稿が残ったのかの理由が分かった。3月25日に「サントリー」を描いたまま山陰の旅に出て、その後桜の京都に出かけて書きそびれてしまい、引き出しに埋もれてしまったというのが真相のようだ。
音楽と映像のコラボときたら忘れられないものがある。それは1988年から92年までの5年間続いたJR東海の「クリスマスエクスプレス」である。帰ってくる彼を駅で待つ女の子(女ではない)の様々なシーンが繰り広げられる。これもipodに入れて夜歩く時、時々聞いている。
88年 深津 絵里 「帰ってくるあなたが最高のプレゼント」
89年 牧瀬 里穂 「ジングルベルを鳴らすのはあなた」
90年 高橋 理奈 「どうしても会いたい夜があります」
91年 溝渕 美保 「あなたが会いたい人も きっとあなたに会いたい」
92年 吉本多香美 「会えなかった時間を今夜取り戻したいです」
150306 啓蟄
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このまま暖かくなるのかなと期待したのだが、今日(6日)はまたまた冬に逆戻り。その寒さの中で草取りをさせられた。この「させられた」というのがミソなんだが。玄関の前に大きなモミジの木がある。物心ついた時期から鎮座しているので、樹齢は何年だろう。敷地の入口に覆いかぶさるように枝が伸びていてかっこよかった(ちょっとした自慢だった)のだが、虫にやられて枯れてきたので10年ほど前に泣く泣くその枝を切った。もったいなかったなあ・・・・・
そのモミジの足元を覆い隠すようにシャガが蔓延ってしまった。シャガの花は好きなのでそのままにしたいのだが、このままじゃ、藪になってしまうという一言で片づけなけれならなくなった。懸命に取っていると、いつものようにジョウビタキがやってきて地面を突っつく。虫がいるのだろうか。そういえば今日は「啓蟄」だ。この寒さの中、強制的に起こされ、鳥に食べられたんじゃ、虫たちもかわいそうだ。
150228 春ジャガ(1)
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昨年は3月8日に種イモを植えた、とカレンダーに書いていた。今年は畑の準備が早くできたので10日ほど早いが、近所の人も植えたというので完全な「隣百姓」となった。
準備。12日に予定の畝に苦土石灰を撒く。これまでは粉を買っていたのに粒状のものを見つけたので買ってみたが、粉末と違ってどのくらい撒いたらいいのか見当がつかない。かっこつけるもんじゃない。
1週間後の19日に堆肥と化成肥料を撒いて耕しておく。たしか昨年は種イモを植える時に種イモの間に施したがどちらがいいのだろう。堆肥は昨年1年間かけて作ったもの。好きだねえなんて言われるが、暇だけはたっぷりある。市販のものに負けないものになっているといいのだが。
150223 シロ(6)
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上の娘はなぜかシロに好かれていた。死ぬ時も、香港から孫を連れて帰省してくる彼女を待って、彼女に看取られながら息を引き取った。かわいそうなのは下の娘である。始めに彼を見つけ、我が家に受け入れるきっかけを作ったのも彼女である。なのに「どうしてもシロは私を下に見てる。姉ちゃんとは扱いが違う」そうなのだ。孫に関しては全く相手にしていない。寄っていくといつの間にか離れている。それでも手を出そうとすると「ウー」とうなる。家族にもこうであるから、番犬として見事にその職責を全うした。特に吠えていたというのではないのだが、郵便配達の人は、つないでいても怖いとよく言っていた。
彼が生きている間、毎晩連れ合いと二人でシロの散歩に付き合った。連れ合いとは二人きりになった今も毎晩歩いているが、誰かが言った「かすがい」が必要になり、シロを思い出す。
左の写真はおしりに腫瘍ができて手術をした後のものである。この時着いたあだ名が「エリマキトカゲ」。結局この腫瘍が再発して死ぬ原因になった。書きためたシロの原稿もこれで終わり。次回はスペインにもどる前にシロ以外に書いていた原稿が2枚残っていたので、忘れないうちにそれをアップしようと思う。


















