151109 古希4(同窓会2)

 前回、門司港ホテルであった同窓会をさぼった。それではないだろうが、いろんな人に「お前、滅多に参加しないな」といわれた。そうかな、けっこう出ていたはずなんだが、、俺、そんなに影が薄かったのかなと真剣落ち込んだ。そう言えば、進学クラスがどうも合わなくて幼馴染もいたこともあって就職クラスにばかり行ってたし、卓球ばかりやってたな。そのことで担任の梶川に真剣怒られたこともあった。

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 それはそうと今回は素敵なご褒美が二つもあった。ひとつは1年生の時すごく気になっていた人に会えたこと。汽車通学生(てくてく歩いて通学したことしかない私には「汽車通学生」という言葉の響きだけで何か特別なことのように思えた)で、頭がよくて、生き生きしていて、出身地特有の口の悪さが魅力的だった。それまでの15年間の人生(大げさか!?)で見たことのないタイプだった。

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 もうひとつは三バカトリオの一人、いつもつるんで遊んでいた「中 泰明」にそれこそ52年ぶりに会えたことだ。それにしても彼にもらった名刺を翌朝見て驚いた。苗字が変わっていただけでなく、名前の上に「住職」とある。びっくりどころじゃない。それこそ「開いた口がふさがらない」とはこのことだ。それにしてもいかにも「住職」らしい風貌になっている。それはそうともう一人のバカ、「山県」はどうしているのだろう。後ろの背後霊(
本人の言葉)は違います。

 52年間、長い時間だ。人生いろんなことがある。だからこそ面白い。

151106 古希3(同窓会1)

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 10月29日、木曜日。駅南口のグランプラザホテルで「古希同窓会」が行われた。中津北高第16回生。卒業してから52年。半世紀を過ぎたと思うとなにか空恐ろしくなるのは私だけだろうか。実行委員長のあいさつの前に亡くなった人の名前が読み上げられた。29名いた。途中で2度ほど大きな病気もしたが、よくぞここまで無事に生きてこれたもんだと自分を褒めてやりたくなる。

 7クラスで350名を超えていた。そして今回の出席者は85名。恩師の西先生の言葉の中にこの数字はすごいことだとあったが、それでも全体の3分の一だ。出席できないのがどうのというのではないが、ここは素直に出席できたことの幸せを感謝したい。

151104 古希2(甥と姪)

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 2日昼過ぎ、横浜の甥から郵便が届く。おそらく奥さんの「弘美」さんの手配だろう。甥には申し訳ないがセンスが上品だ。

 中を見てびっくり。古希のお祝いだ。以前にも書いたがこの子たちとの付き合いは長い。不幸なことだが彼らの父親・長兄の死の後、同じ年に亡くなった親父の法事や娘の結婚式などに合わせて会う機会が多くなり、一緒に飲んだり旅行したりで付き合いは深くなった。

 啓二郎の話では「幻」に終わった11月の京都旅行も、言いだした彼らの本音は私への「サプライズ旅行」だったそうだ。なんともニクイことを考えてくれる甥や姪たちであることよ。

 古希もいいもんだ!!

151102 古  希

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古希の顔です

 この頃起床は7時30分と決まっている。どんなに早く目が覚めても(これがほとんど毎日なんだが)30分までは布団の中でダラダラと過ごす。すぐ口を出す連れ合いもこのことに関してはアンタッチャブルである。

 その彼女が部屋に入ってきて電話よという。何事か!と思ったがそれにしては笑いながら電話を差しだす。娘からだ。どうしたんだというと、何言ってんのよ。今日は誕生日、「古希」でしょ。よく生きてきました。おめでとう,代わるね。

 まずは孫の「たっくん」。例によってぼそぼそと何やらいう。どうも「おめでとう」と言ってはいるようだ。そのたっくんと話していると思ったら声が変わっている。婿殿だ。まさか婿殿から「おめでとう」なんて言ってもらえるなんて。気恥ずかしい。古希ともなると異例ずくめである。

 古希に関してあと3回アップする。またまたスペイン紀行を休みます。

151030 スペイン紀行55(マドリード3)

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 マドリードの目抜き通りの終点にスペイン広場がある。正真正銘の「スペイン」広場だ。私たちの年代にとっては、映画「ローマの休日」の影響でスペイン広場といえばついイタリアのものを思い出す。

 ここにはセルバンテスのモニュメントとドン・キホーテと従者サンチョ・パンサの像があって多くの観光客が訪れる。この日も中国人が群がって(ついつい表現が険しいものになる)いつまで経ってもどかないので写真を撮るのに苦労した。

151027 スペイン紀行54(マドリード2)

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 次はソフィア王妃芸術センター。出かける前に調べた時にはその名前に凄く期待した。「ソフィア王妃」芸術センターなんてカッコイイと思いませんか。ところが、建物自体は名前から来るロマンみたいなものは全く感じられませんでした。

 ここにはピカソの最高傑作といわれる「ゲルニカ」がある。ここも撮影禁止なので絵葉書サイズのものを買いました。いつも思うのだが、ピカソは分からん!同じ「分からん」でもダリの作品の方が興味がある。それにしてもタイトルが凄い。「偉大なる手淫者」とついていました。

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 中庭にはいろんな彫刻が置かれているが、どの彫刻よりもベンチに座る若い二人の女性がカッコよかった。センター前の広場では学校を終えた子どもたちが走り回っている。元気なもんだ。

 

151024 スペイン紀行53(マドリード1)

プラド

 午後は最後の観光地、マドリードへ。

 まずはスペイン絵画の宝庫といわれる「プラド美術館」へ。写真は正面から。ここではトレドで出てきた「ラス・メニーナス」(ベラスケス)とゴヤの「裸のマハ」が印象に残っている。というよりここも撮影禁止なので知名度のあるものしか残っていないというのが真相だ。

ラス・メニーナス 裸のマハ

 

 「ラス・メニーナス=女官たち」についてはガイドさんがすごく熱心に解説をしていたのが凄く印象に残っている。なのに、私の中には二人の小人のことしか残っていない。昔の西洋にはよく小人が出てくる。

 「裸のマハ」は中学(?)の美術の教科書に出ていて、裸に興奮したのを覚えている。そうそう、ガイドさんによると「着衣のマハ」というのもあるそうだ。

 写真はウキペディアから。

151021 「幻」の京都2

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 テレビに「ホテル評論家」という人が出ていた。そんな評論家がいたということにも驚いたが、外国人観光客のおかげでどこもホテルが取れないという。取れないだけでなく、宿泊代も値上がりしていてサラリーマンは悲鳴をあげているらしい。ということで、甥は京都と大阪のホテルを探すので叔父さんもどこか探して下さいということになった。

 三宮にいる長女に相談すると、彼女の京都の友だちも、京都は外国人観光客で凄いことになっていて大変なんよ、と言っているという。かえって三宮は穴場かも、と。結論から言うと、「幻」でした。ネットで調べても、駅の旅行社に頼んでも27日(金)一日はいいが、28日(土)もとなると一切確保できませんとつれない返事。日本の行楽地はテレビでいう通り「とんでもないこと」になっているようです。

 適当な写真がないので、前から気になっていたものを撮りに行きました。宮島町の「The Question」というスナックの側面に飾られている大きなマリリン・モンローの写真です。以前はピンク色も鮮やかだったのですが、今は色褪せて裏寂れた雰囲気になっています。昔々の、あの、あの小さい私にはちょっと怖かった猥雑なまでの賑やかさはもう全くなくなりました。