190319 奈良紀行79(唐招提寺3)

修学旅行では、金堂と講堂を見て、中の仏さんたちを拝んで、というのが決まりだったが、
今回は二か所増やしました
この寺は聖武天皇に招かれ、日本に戒律を伝えるためにやってきた「鑑真和上」の創建されたもの
5度の渡航失敗を重ね、その苦労で失明しながら初志を貫く姿は、井上靖の「天平の甍」で知られている
娘の本棚にあったのを記憶してるのだが、何度探しても見当たらない

その戒律を授ける儀式「受戒」の行われる場所が「戒壇堂跡」である
今は戒壇が残るのみ
だが、その何もないことがかえって今も何かが残っているような気がする
不思議な場所です

190316 小倉記念病院

1年ぶり(3月11日)に小倉記念病院に出かける
ますます1年の経つのが早くなってきた
駅で連れ合いと別れ、彼女は「井筒屋」へ

病院までは駅から屋根の付いた高架道路があり、雨に濡れずに行くことができる
動く歩道まで付いて至れり尽くせりだ
遠くに見える工場はおそらく新日鐵住金だと思う
血液検査にレントゲン、負荷をかけた心電図検査に担当医の問診で、10時半から2時間かかった
一階ホールにあるコンビニでおにぎりを買って昼を済ませる
あとは漫画ミュージアムに行って連れ合いからの連絡があるまでのんびりとマンガを読む

夜、連絡が入る
同級生が急死したと
明日が通夜で明後日が葬式だという
16回生11人で沖縄に行き、帰り那覇空港で倒れたと
おそらく心筋梗塞ではないかと
同じ病気で倒れた後25年間何もなくて元気で過ごす私と
高校時代柔道部でずっと元気印でやってきて、一回の発作であの世に行った彼との「この差」はいったい何だろう

※ブログの調子が悪くて写真が入ったり入らなかったりで、順番がおかしくなりました

190314 奈良紀行78(唐招提寺2)

華麗な薬師寺を見た後なので、唐招提寺が質素に見えてくる
しかし、奈良という風土にはこちらの方が似合っていると思うのだがどうだろう

南大門をくぐると正面に金堂が見える
薬師寺の金堂のように派手はでしさはないが、かえってどっしりとした風格さえ感じる
前面に並ぶ8本の円柱が美しい

前に立っている石灯篭が気になるのだが、どこにも説明がない
ないとなると余計に気になってしまう
後ろの講堂は、平城京にあった東朝集殿という建築物を移築したもの
奈良時代の宮殿建築で唯一残っている貴重なものだそうだ
両側に流れるような屋根の姿が美しい

190310 奈良紀行77(唐招提寺1)

薬師寺から唐招提寺へ
歩いてわずか10分ほど
こんなにも近かったのか
事前の調べではどなたかが「歴史の道を通るべし」と書いてあったので期待したのだが、
単なるちょっとした田舎の風景
この程度の道だったらどこにでも転がっている、とはきついか

まあ「歴史の道」と胸を張って言えるようなもんじゃないのはたしか
都会の中ならともかく、奈良県の、それもこの辺りはもともと田舎っぽい

190307 奈良紀行76(薬師寺7)

境内の北方にある玄奘三蔵院伽藍で平山郁夫のシルクロードを描いた大作←クリック)を見ることができた
あらたに拝観料を取られるなら止めとこうと思ったのだが、ひょっとしてということもあるからと聞いてみたら、受付の女性が「共通券ですから大丈夫ですよ」と
聞いて良かった 見てよかった
一言でいえば、「言葉を失った」です
作品は・・・・・「圧巻」の一言です

朝・昼・夜の一日の流れで描かれた玄奘三蔵の旅
中でも中央の三面「西方浄土須弥山」には息をのんだ
雪を被った山の神々しいまでの白さは、いったいどうして表現できたのだろう

壁画殿内では「一切撮影禁止」とありました
言葉ではうまく伝えられません
ぜひ一度は訪れて実際に見てください

190304 奈良紀行75(薬師寺6)

金堂に安置されているのは国宝・薬師三尊像
中央に薬師如来坐像、右に日光菩薩、左に月光菩薩
特に脇侍の両菩薩が有名である
中学の時、美術の千土先生が両菩薩の腰のくびれを絶賛していたが、
あらためてゆっくり見るとその「くびれ」となめらかな黒い肌とが官能的に見えてしかたない
あれ、月光菩薩には後ろにあるはずの光背がないぞ!

昔、お坊さんが修学旅行生を相手のお説教の中で、「お薬師様はお医者さん、日光菩薩は日勤のナース、月光菩薩は夜勤のナース、と覚えていただくとよろしい」と言っていた
座布団 3枚!!!

190301 奈良紀行74(薬師寺5)

金堂
伽藍復興のトップを切って昭和51年に完成した
時の管長であった高田好胤師が伽藍復興のために般若心経の写経勧進を始めたのがテレビで大きく取り上げられたのを、師の姿と共に思い出す
繰り返しますーあれから40年、龍宮造と呼ばれる壮麗な姿も少し落ち着いてきている
その後ろにある大講堂は薬師寺最大の建物で、2003年に完成
今だ華やかさを保っている

それにしても東塔しか残っていない薬師寺の復興を写経勧進でやろうと考え、やり遂げた好胤師の凄さにただひたすら感動するのみ!!

190224 奈良紀行73(薬師寺4)

「西塔」
昭和56年に再建される
次の年に訪れたので、その朱色の鮮やかさにびっくりしたのを覚えている
あれから40年!(キミマロ調で)、だいぶ色も落ち着いてきてしっとりとしている

薬師寺の塔といえば、教科書に載っていた佐々木信綱の短歌を思い出す

   ゆく秋の 大和の国の 薬師寺の
                 塔の上なる ひとひらの雲

「の」という助詞の多用で流れるようなリズムが最後の「雲」という体言止めで
びしりと切られる爽快感 絶妙です!!