101222 イルミネーション3

   
 近づいて撮りました  アイデアは良かったが、汚れてた

 ハウステンボスのカウントダウンに出かけてその話をブログに書くつもりだった。5年前に日帰りのカウントダウンに行って素晴らしかったので、今回はホテル・アムステルダムに泊まろうよと楽しみにしていたのだが、31日の宿泊は満室で空きは全くありませんとあっさりと断られた。今、ハウステンボスは元気で、いろんな催し物が行なわれている。「光の国」というイベントも行なわれている。来年は早目に申し込もう。2月の「長崎ランタンフェスティバル」の宿は危ういところで間に合った。
 なのになぜイルミネーションなのか。今晩(20日)忘年会で「あかとら」に行く。18日の登山の反省会もあかとらだったので、ほんとのところ食傷気味である。反省会の後、みんなを誘ってイルミネーションを観に行く。今年も喜んでくれた。その時、カーブミラーに映ったイルミネーションを撮影すると面白いだろうなと気がついた。
 梅津邸は毎晩すごい人出で、時々車が通れなくなる。とうとう、パトカーの巡回が始まった。不粋なことをするもんだとは思うが、たしかにこんなに多いと事故も起こりかねない。梅津さんも交通整理に出て頑張っている。彼の話では警察官も「個人的には口を出したくないのですが・・・・」ということらしい。
 

   
 5年前のイルミネーション  カウントダウンの花火

101220 お買い物2

   

 松本清張原作の映画にこの海岸を主人公が歩く場面はなかったか?それにしても荒涼たる雰囲気が良く出ている。安曇野さん、ありがとう!

 うっかりして夕食の時、ビールを飲んでしまった。なんで「うっかり」かというと、今日は孫に頼まれた「ロスト・サンクチュアリー」を買いに行く日だったのだ。おそらく一日くらい遅れたからといってお店は文句は言わないし、忘れたらいけないからと催促の電話をかけてくれと頼んでおいた肝心の孫からの電話もないくらいなのだから。とはいえ、彼には必ず13日には買っておくと約束したし、お店にも明日来ますとあんなに強く言った手前、自分が許せない、とたっくんのことになると張り切ってしまう。
 昨日に比べると今夜は風もほとんど感じないくらいの穏やかな夜だ。予約しておいたカードを買って、ツタヤまで足を延ばす。「CSI・NY5」を見てしまったので何かないかと・・・・・。あった!「リ・ジェネシス」のシーズン4が入っていた。
 ユメタウンの前にあるジョイフルの前には何組もの若い親子が並んで待っている。今流行のヤンママじゃない、ギャルママというやつか。こちらの持っている母親のイメージとは全く異質のものである。おまけに子どもたちのなんとこましゃくれた格好であることよ。そして、そこには父親の存在がない。というと、連れ合いから「お父さんはおそらく忘年会よ!」と言われた。そうか、お互い様か!

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安曇野通信 11.08お元気ですか 安曇野通信 11.24雪がだんだん里へ

 ほんとに困った時の安曇野通信。そうそう出かけるわけにも行かず、そうかといって適当な写真があるわけでもなし。そんな時に安曇野通信は助かるし、私も素敵な山の姿を見ることができる。次回は「親不知の海岸」の写真です。

 ユメタウンに行こうという。 < 削除 >。今年一番の寒波がやってきて、朝、車に乗った時の温度は「2度」だった。帰り(15時)の温度も3度。ぜんぜん上がっていない。大会議室を使った人から「部屋が暖かくなりません」と文句を言われたが、調べてみると温風は出てはいるが、あまりの寒さと機械が古いのと部屋が広すぎるのと人の数が少ないのと、いろんな条件が重なったようだ。夕食後、フリースを重ね着して、歩いてユメタウンに出かける。毎日のウォーキングの代わりでもある。
 新しい道路の歩道が工事中なので昔ながらの道を歩く。この道は小さい頃母親に連れられて田んぼや畑に通った道である。自分にとって「道」と呼べるものが3つあるが、その中の一つだ。あの頃はそれなりの広さだったのに、こんなに狭い道だったのか。そういえば娘たちが小さい頃、バイクを追いかけていたパトカーがあまりの狭さに道からはずれて田んぼに落ちたのを見ていて、帰ってきて楽しそうに話していたのを思い出した。映画には良く出てくるシーンだが、現実にあるんだーと聞きながらこちらも楽しくなったのを覚えている。
 ユメタウンは人も多く、買い物客で賑わっていた。師走に入ってみんなの気持ちもうきうきしているようだ。おまけに良く分からないが、今日は「5倍」の日だそうだ。そのうえこれでもかというくらい暖房も効いていて、着込んで行ったこちらとしては暑くてたまらない。目当てのものを買った後、3階へ。孫に頼まれたものが明日発売開始だ。「ロスト・サンクチュアリー」。入荷しているというので担当者に頼んだが、今日は販売できないという。明日になればというので予約だけしておく。

101216 イルミネーション2

   
   

 寒いはずである。今年一番の寒波がやってきているとか。朝、車の温度計は2度を示していた。二本杉を越えると、みぞれが白くなり、とうとう雪になる。帰りの温度は3度。全く上がっていない。もう一度言う。寒いはずだ。

 一度帰ってからカメラを抱えてもう一度出かける。8時を少し過ぎていた。たくさんの車が詰めかけるので、、遠くに停めてカメラと三脚を抱えて歩く。ただでさえ狭い道が歩くのもままならない。どうかすると危なくて、横の田んぼに降りて歩かなければならない。近寄ると子どもたちの歓声が聞こえる。それはそうだろう。灯りだけでなく、ディズニーのキャラクター人形が庭に所狭しと並べられているのだから。
 道路の電柱の陰にいる人に声をかける。やはりそうだ。このイルミネーションの製作者「梅津」さんである。2年前にも坪(庭)で話したことがある。厚かましくも、どうしてこんなに遅くなったのかと聞くと、ずいぶんバージョンアップしたため配線などに手間取ってしまったのだそうだ。おまけにテレビ局が取材にきて、5日に放送したいので点灯をそれまで待ってくれないかと頼まれたという。みんなからまだかまだかと言われ続けて大変だったそうだ。

   
   

 飾りのことから配線などの準備に取材のことまで、そして、子どもたちの喜ぶ声を聞くのが何よりの楽しみになったことなど、暗闇の中での話だが、その話し方に、彼の実直な人柄が感じられた。明日から2・3日雨の予報が出ていたが、雨が大敵との彼の言葉が気がかりだ。 

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広い道路から斜めに 田んぼに入って正面から 斜め後ろから

  一緒に働いて、楽しかった思い出のある方と久しぶりにばったり出会った。自然にワクワクしてきて今日は得をしたような気になった。

 夜のウォーキングの途中、今日も始まっていなかったね、というのが日課になっていた。昨年は11月の20日過ぎには点灯していた。昼間、車で前をわざわざ通った時、家族総出で準備していたよ、と連れ合い。もう何年も毎年素晴らしいイルミネーションを見せてくれていた家がある。昨年は登山の会の人たちを反省会の後、みんなを誘って見に行ったほどである。他の家がバージョンアップして早くも始まっていたので、他人事ながら心配になっていた。
 昨夜(4日)、いつものようにウォーキングに出ると、遠くの方に今までにない灯りが見える。ワンダーランドじゃないのというが、位置が違うよと答える。クロネコヤマトの近くにやってくると、向かいの家の先にものすごい灯りが見えた。「ものすごい」と書いたが大げさではない。「ヒエー!」となんとも変な声が出てしまった。どんなに言葉で説明してもしたりない。昨年もすごかったのに、今年はまた一段とバージョンアップである。

三脚使用  ストロボなし  撮影モード(A)  絞り(F8)  ISO(800)

101212 佐賀関・一尺屋

精錬所の煙突とフェリー イカ!当たり前か? 堤防から沖を見る

 このタイトルで、ああ、あの話かと分かる人は通である。とかなんとか一丁前のことを言ってるが、出かけたから言える話で、そうでなければただの地名に過ぎない。前日に電話があり、「明日朝から出かけるぞ。休みをとって9時までに家に来てくれ」と。何日か前に会った時に、そろそろ釣りに付き合うかと言われていたのですぐに返事ができたが、そうでなければ「無茶言うな!」と言いそうである。
 まずは、佐賀関の精錬所の対岸、九四フェリー乗り場の近くで「ぜんご」を釣る。大分ではアジの小さいのをゼンゴと呼ぶ。イカ釣りの餌になる。昼まで釣って昼食後、「一尺屋・下浦港」へ移動する。ここで夕方までイカ釣りである。目当てはアジ釣りなのであるが、我が友はそれだけでは終わらない。週に2回はここ佐賀関から米水津まで釣りに出かけ、釣り仲間から「漁労長」とあだ名されるほどの釣りキチである。
 夕方までにイカを3杯釣って、6時からアジ釣りにかえる。海に浮く旗を挟んで左右に分かれて釣り始める。ところが、わずか何メートルも離れていないのに彼は入れ食いで、私の方は全く反応なし。技術(うで)の違いかと思ったが、彼の方に移動すると、入れた途端すごい引きがある。この日一番の40cmのアジ(写真を撮りたかったのだが、そんな暇があったら釣らんか!と叱られた)である。吊り上げるとすぐに鰓に親指を入れて骨を折る。そうしないと新鮮さが保てないというのだが、その時のアジの「キュー!」という鳴き声には毎度のことながら心が締め付けられる。とはいえ、だから釣りは止めだ!ではない。他の命を頂いて生きているんだということがよく分かる。
 妙な道徳の授業をするよりも、子どもたちには絶対に釣りをさせるべきだ。 

101208 太宰府歴史紀行(天満宮・お石茶屋・光明禅寺)

天神様 おでん定食 薬師如来

 

 何日か前に書いたばかりなので気が引けるが、お石茶屋である。この店は誰かが言った。テレビになんかに出てくる江戸時代の茶店に見えますね。もちろん何度か建て替えられているのだろうが、この茶屋については田山花袋の紀行文にも載っているそうだ。私はもちろんさだまさしの「飛梅」で知った年代である。「・・・ぼくが半分、君がひとつ、梅ケ枝餅を食べた・・・・」という歌詞がある。
 入り口を入ると、そこは土間である。正真正銘の土の、である。以前夏に来た時にはこの土間がひんやりとしていて、暑い日差しの中を歩きつかれた身体に心地良かった。その土間が冬場の今、意外と暖かく感じられる。みなさんは「お石定食」を頼んだが、私だけ「おでん定食」にした。もう一つ私のお薦めでここの「梅ケ枝餅」を食べてもらった。あんこと餅のパリッが絶妙のバランスで、参道で売っている梅ケ枝餅は妙にねっとりしている。太宰府にお越しの節はぜひお石茶屋の梅ケ枝餅を食してみてください。きっと期待を裏切らないと保証します。
 光明禅寺は相変わらずの人出だったが、、やはり盛りを過ぎて23日ほどではなかった。それでも喜んでくれたので一安心。今回始めて本堂の薬師如来を撮った。いつも庭ばかりで、お参りもせず申し分けありません。
 ここで今回の歴史紀行も終わり。幹事としてホッとしています。あとは18日の反省会で全てが終わる。 

101207 太宰府歴史紀行(観世音寺・学校院跡)

   
   

 突き抜けるような青空に観世音寺の本堂の屋根が広々と見える。いつ来てもこの風景には見とれてしまうし、いつの時も青空の中にあったような気がしている。今日は屋根の上を鳥がゆったりと回っている。そのまま、平安の刻(とき)と言っても通りそうだ。
 とはいえ、特別な建物ではないし、どちらかといえば、古ぼけた、他の場所で見れば鼻にも引っかけないかもしれないお寺である。この建物だけ見て、これが「府の大寺」とまで呼ばれた大寺院だったとは誰にも想像できないだろう。やはり太宰府という地名、太宰府という言葉が持つイメージがただのお寺以上のものを感じさせるのである。「歴史の重み」というやつだ。

   
   

 歴史といえば、都府楼跡と観世音寺との間に空き地がある。空き地には赤い実をたわわにつけたピラカンサと黄葉のきれいな何かの木が2本立っている。なにか雰囲気のある景色だ。なんでこの一等地が空き地なのかと以前から気になっていたのだが、久しぶりに歩きながら見ると「学校院跡」という立て看が立っている。「学校院は、西国の役人を養成する機関である。・・・・天応元年(781)には約200人の学生が太宰府に集まった」とある。