110716 スタンド・バイ・ミー(音楽)

 映画は確かに素晴らしかった。スチーブン・キングの原作に負うところが大きいが、やはり脚本の勝利だと思う。アカデミー賞では脚色賞を、ゴールデングローブ賞では作品と監督の二つにノミネートされた。
 そして、何よりも素晴らしいのは音楽である。映画と音楽が切り離せない代表的なものだし、もしも、主題化が「スタンド・バイ・ミー」でなかったらと考えても、どうしても想像できない。youtubeで検索するといろんな「スタンド・バイ・ミー」が出てくるが、やはりベン・E・キングが歌うのが最高だ。自分で作ったCD「My Best」の中身はいつも変更があるが、「スタンド・バイ・ミー」とイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」は必ず入っている。
 久しぶりに「ビストロ・ボラーユ」で食事をする。帰りの車から電話で予約をする。カウンター席しかなかったが、ゆっくりとした時間を過ごす。
 
 熊本の甥が父親(私の上の兄貴)のお墓参りにきた。この7月が命日である。お寺に参った後必ず寄ってくる。第一声が「あっちこっちに行ってるねー」。ブログを見てくれているようだ。

お店 生ハムピザサラダ 骨付耶馬溪鳥のコンフィー
ガーリックトースト 花咲オムライス 募金箱

110715 台湾紀行13(中正紀念堂)

 3日目。まず「寿山公園」を見学する。ここは高雄を一望できる高台にあり、戦争で犠牲になった数十万の兵士が祀られている「忠烈祠」がある。同じ忠烈祠では、この後訪れる台北のが有名である。昼食の後、台湾新幹線で台北へ。1時間半で台湾を縦断する。

   
忠烈祠  高雄市街 

 台北ではまず中正紀念堂を見学する。ここはその名(中正)が示すように故蒋介石総統を顕彰するために1980年に完成した白い大理石で作られた純中国式の大建築である。場所はかつて蒋介石を護衛するための駐屯地があった所という。いまでも彼の石造を守るための護衛がつき、その衛兵の交代は1時間ごとに行なわれる。正時になると衛兵の交代がある。静寂の中、足音と銃を床にたたきつける音だけが響き、厳粛な気持ちになる。
 

   
紀念堂  蒋介石 

 その1時間は微動だにしないそうだ。「微動だに」というが良く見ると足のふくらはぎの部分がかすかに震えている。しかし、汗もかかないというのはどうなっているのだろう。人形に間違えたと言った人がいたが、彼らなりに苦労しているようだ。そのガマンがその震えの中にかすかに見え隠れしている。
 

   
衛兵  交代式 

110713 スタンド・バイ・ミー(映画)

リバーウォーク 井筒屋

  連れ合いが小倉に行かないかと言い出した。おそらく井筒屋が呼んでいるのだろう。行くのはいいが買い物にはとても付き合いきれないので(孫が母親の買いものには付き合いきれないと言っていたのを思い出して可笑しかった)、アッシー君のあとは個人行動をとる。といってもいつも同じ行動なので我ながら代わり映えしないなと憂鬱になる。
 まず、旦過市場の近くの交差点にあるブックオフに行って一時間ほど何かないか探し回る。その後はリバーウォークの4階、「T-ジョイ」で映画を観る。これが私の代わり映えのしないパターンである。今回は今話題の「スーパーエイト」にした。
 少年たちがある経験を通して成長していく物語で、安心して観ていられた。そういえば昔、似た映画があったなあ。「スタンド・バイ・ミー」だ。もう20年以上も前になる。スーパーエイトの現在進行形とは違って、今は大人になった主人公が当時の友だちの死をきっかけに少年時代を思い出す。少年期特有の心理がつぶさに描かれていることと相まって、奥行きのあるものにしている。

110712 台湾紀行12(愛河)

 二日目の高雄のホテル「アンバサダ」の近くに河が流れている。大きな河で台湾の河にしては水量が多い。遠くを貨物船らしきものも見えるところから港があるようだ。5時45分にカメラを抱えてホテルを出る。ボーイさんに聞くと河はすぐ横だそうだ。たしかに何分も歩かずに河に出た。

   
アンバサダホテル  愛  河 

 名前を「愛河」という。以前はお決まりのように工場や家庭からの排水で汚れ、「愛のドブ」と呼ばれていたそうだ。浄化に努めたことで、今では人気の観光スポット&デートスポットになっているという。朝早くから(もちろん夜は明けているのだが)多くの人が河べりを歩き、ジョギングをし、体操をし、恋人たちがベンチに座って二人だけの世界に浸っている。

   
ライオン  愛の船(ネットから) 

 びっくりしたのは、若い男性が遊歩道に倒れていたことだ。どうも眠りこけているようだが、それにしても歩道の真ん中にである。覗き込むのは私くらいで、通り過ぎていく人たちは見向きもしない。覗き込むくらいで、さすがに写真までは撮れなかった。良く見ると二の腕には刺青が彫られている。まるで香港映画に出てくるチンピラだ。 

110709 台湾紀行11(澄清湖)

この湖は人口湖で、中国杭州の西湖を模したものだそうだ。向こうに見える建物は「圓山大飯店」というリゾートホテル。その大きさと宮殿のような華麗さで圧倒される。
それはそうと、「湖」と「潭」との違いは何だろう?
 
                                ジグザグの橋。「九曲橋」という。蓮池潭にも似た橋があったが、これは、悪魔は真っ直ぐには歩けても曲がりながらは進めないので、このようなくねくねした橋をつけているのだそうだ。もちろんガイドさんの受け売り。そういえば、一時流行った香港映画でキョンシーは前ばかり向いて跳ねていたなあ。  
この湖にはここで飼っているミツバチから採取した蜂蜜を売っているおじさんがいる。「日本人には刺さないが、アメリカ人には刺すよ」というジョークを必ず言うからとガイドさんが教えてくれたが、案の定全く同じジョークだった。もちろんみんな爆笑だったが、おじさん喜んだだろうな!
それにしても、ガイドさん、そういうことをばらしてしまっていいものかいな。
 
 

110706 台湾紀行10(蓮地潭)

ここにはいかにも中国らしい建物がたくさんあり、人気スポットとして多くの観光客で賑わっている。

竜虎塔                       
龍の口から入って虎の口から出ることで、これまでの自分のケガレが清められるとか。私はあまり変化がなかったみたいだ。 
 
春秋閣
竜虎塔から少し北の方角に歩くと、龍に乗った観音様が見えてくる。 
 
湖里亭(五里亭)
春秋閣の奥には長い橋があり、進んでいくと、反り返る屋根が特徴の中国式東屋(あずまや)が見える。 
 
 慈済宮 
医術に優れ、たくさんの命を救ったという「保生大帝」が祀られている。
 
慈済宮の内部 
屋内は華やかさを通り越して・・・・・なんと表現していいのやら。 
 
   
   
   

110703 台湾紀行9(台南)

日月潭観光の後、飲茶の朝食をとり、台南で2箇所、高雄でも2箇所と一気に300キロを走る。
『赤嵌楼』

もとは台湾南部を占領していたオランダ人によって建てられた城で、その名の通り柱は赤い色をしている。
オランダの占領は中国から渡ってきた鄭成功によって撃退され、彼は英雄として祭られている。 

『延平郡王祠』

鄭成功が亡くなった1662年に彼を慕う人々によって創建され、開山王廟と名づけられた。この本堂の奥に見えるのが鄭成功である。
鄭成功は父鄭芝竜と日本人の母「田川松」との間に生まれ、7歳まで平戸で過ごした。彼を題材にした近松の浄瑠璃に「国姓爺合戦」がある。 

110630 台湾紀行8(檳郎西施)

 やしの木に似ている。山一面に植えられ、小さな実ができる。これが「檳郎」である。食べるのではなく、噛むと一種の麻薬みたいに疲れ・眠気が吹き飛ぶという。昔は原住民が噛んでいたが、今では特に長距離のドライバーが好む。
 道路沿いにこれを売る店が立ち並ぶ。アクリルボックスのわずか1~2坪の小さな店で、中には若い女性の売り子が立っている。最初に気がついた女性は遠目にもスタイルのよい若い女の子で、気がついた理由はその子がホットパンツに上には水着のブラジャーのみだったからである。
 それから気をつけて見ると、たくさんの同じような店が並んでいる。中には中年の方もいるが、ほとんどが若い女性である。どの子もスタイルがよく、どの子も露出度の半端でない格好だ。ドライバーはどこにどんな子がいるかを携帯で教え合い、より露出の多い娘のところに行く。つまり、客寄せパンダである。こうした娘たちを「檳郎西施(ガール)」という。
 アルバイト的な仕事だが、けっこう収入がよくて若い娘には人気の仕事だという。ところが、彼女たちも華やかな割には勤務労働条件は厳しい。「定年は23歳」だそうだ。これはガイドさんの言葉だが、格好がカッコウなだけに仕方のない話か!

  バスから慌てて撮ったものです