130605 イタリア紀行15 ヴェネチア3(マルコ)

ヴェネチアでのガイドは「マルコ」という。日本人以外のガイドにあちこちで出会ったが、ほとんどが日本語をしゃべれず、タケダさんが通訳(といいながらほとんど彼女がしゃべっていた)してくれた。彼だけは達者な日本語と巧みな話術で楽しませてくれた。

そうだ、綾小路きみまろに似ているのだ。①サン・マルコ広場で写真を撮ってあげる。撮りながら新潟の4人組に「卒業旅行?」と聞く。相手が60前のおばちゃんたちなのでみんな大笑い。そして、そのあとの若い女性たちには「本物の卒業旅行!」と。その絶妙なタイミングにみんな腹を抱えてしまった。②近くに「グッチ」のお店があるよ。絶対に間違えません。角を曲がるとそこが「イリグッチ」。③ここはサン・マルコ広場。僕は、ヨン(4)・マルコ。

もっとたくさんのネタを記録していたのだが、その紙をどこかでなくしてしまいました。覚えている人、教えてくれませんか。

130603 イタリア紀行14 ヴェネチア2(ゴンドラ)

中世、蛮族に追われた人々が、彼らが追ってこられない土地を求めて住み着いたのがヴェネチアの始まりだという。浅い砂州に小さな島。それらに何万本もの杭を打ち込み土台とし、その上に街を造る。狭い道と水路が交通手段というのも納得。

あこがれのヴェネチアの、あこがれのゴンドラ。紺色と白のボーダーシャツも粋なゴンドリエーレ(漕ぎ手)。最近では男だけだったゴンドリエーレの世界に女性のゴンドリエーレが生まれたそうだ。それも美人とかで人気があるそうだが、残念ながら男性だった。最近、ここが舞台の映画に「ツーリスト」というのがあったが、やはり私らの年代では「007危機一髪(なんでこんな無粋な題名にしたんだろう。やはり「ロシアより愛をこめて」でなくちゃ)のヴェニスの場面が印象に残っている。

当たり前の話だが、狭い水路を、何艘もの船が行き交う狭い水路を苦もなく進んでいく。ここではゴンドラが優先で、ゴンドラに出会うとボートや他の船はエンジンを止めて待たなければならない。上から見るのとはまた違った眺めで楽しい。窓から見下ろすおじさんが手を振ってくれた。

130602 イタリア紀行13 閑話休題

 さあ、誰でしょう?ツアー唯一の新婚さん、「堀田さん」ご夫妻です。約1か月ぶりの再会です。熊本から遊びに来ました。こんな若い人とこうして楽しく時間を過ごすことができるなんて思いもよらないことだし、ありがたいことです。これもツアーのおかげ。繰り返しますが、今度のツアーでは同行者との楽しい思い出がたくさん残りました。話の中で添乗員のタケダさんのおかげだということになりました。どこかのツアーで会いたいものです。

130601 イタリア紀行12 ヴェニス1(イカスミパスタ)

 ヴェネチアに着いたのは13時を回っていた。あこがれのヴェネチア。この旅行、3月に予定していた。ところが、冬場には高潮でよく水に浸かるという話を聞き、たまたま見たテレビに、長い雨靴を履いてサンマルコ広場を歩いている観光客の姿が映った。急遽変更である。変更してよかった。ミラノで小雨だった雨もここでは上がったし、高潮なんてどこの話、である。

 何はともあれ昼食。店に行くまでが大変。タケダさんに、はぐれたら絶対に合流できませんよと脅されtが、2つ角を曲がったらもう自分がどこにいるかが分からない。もちろん初めての土地だから当たり前の話だが、ヴェネチアの道の狭さ、複雑を通り越した入り組んだ迷路のような路地裏。「るるぶ」には「路地裏散策こそヴェネチアの醍醐味」と書いてあったが、それは時間と案内してくれる人のいる時の話。

 昼食は「イカスミパスタ」。これも「るるぶ」で見た「イカスミパスタ」には色鮮やかなトマトなどが添えられていたが、今日のは単に真っ暗なだけ。連れ合いは「イカスミパスタデヴュー」なんて言っていたが、最初で最後にしたい。

130530 イタリア紀行11(ドゥオーモ2)

 ミラノのガイドさんは、中で女性の係員に2ユーロを払うと写真の取り放題だという。ヨーロッパは写真撮影に関してあまり厳しくない。もちろん禁止のところもあるるが。ルーブル美術館ではパチパチ撮ったし、「モナ・リザ」のすぐ目の前で撮れた時は感動した。

 ところが、その女性が見当たらない。8時過ぎに着いたから彼女はまだ来ていないのだ。男性の職員に交渉した(もちろん私じゃない)が、許可は出ない。周りを見ると観光客が何人か写真を撮っている。それを見ても知らん顔なので、これもイタリア方式なんだと勝手に解釈して写真を撮る。

 中はかなり薄暗い。高いたかい天井を巨大な石柱が支えている。正面には4本の柱に支えられた主祭壇が見事だ。振り返ると薄暗い中にステンドグラスが浮かび上がる。そうか!薄暗いからこそ浮かび上がるのか。

 駆け足のツアーでは仕方ないが、この街はゆっくりしたかった。

130528 イタリア紀行10(ドゥオーモ1)

 ガレリアを抜けると目の前に「ドゥオーモ」が文字通り聳え立つ。それを目にした途端みんなの口から一斉に「すご~い!」という声が上がる。「ドゥオーモを見ずしてミラノを見たというなかれ」という言葉があったかどうか。フィレンツェの丸みを帯びたドゥオーモと違って繊細かつ華麗なゴシック建築。見る者の心を天へと誘う。これぞゴシック建築の最高傑作。

 入口には3人の兵隊さん。ベレー帽を傾けて被り、なんとも粋な姿だ。ところが、中へ入らせてくれない。時間が早すぎるのかな。なにか問題があったのかな。日本人はだめなんかな。ここまで来て入れないなんて・・・・・・・

 タケダさんの話では団体さんはだめなんだとか。それじゃバラバラならいいだろうと勝手に入ろうとしたら、一番若い兵隊さんがウインクしながら「どうぞ(日本語じゃなかったけど)」という。いかにもイタリアらしい対応だけど、文句を言う筋合いじゃない。慌てて中へ。

130526 イタリア紀行9(ガレリア)

ホテルを7:30に出発。今日はドゥオーモを見学してからなんと270キロを4時間かけてヴェネチアまで行くという。

ミラノのシンボル、ドゥオーモの手前に見事なアーケードがある。オペラの殿堂「スカラ座」と「ドゥオーモ」を結ぶ。「ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエール2世」という。中央部にはガラスのドームがあって美しい。ドームの4隅には4大陸をイメージしたフレスコ画があり、見上げると首が痛くなるのだが一見の価値はある。

ミラノは世界のファッションの都。私が時々訪れる「クオータ・イン」の店長・恵良さんが愛してやまない街である。アーケードの両側には有名なファッションのお店が並んでいる。残念だが、8時前なのでほとんどのお店はシャッターを下ろしているし、わずかに数軒カフェが開いているくらいだ。

素晴らしい建物・どんなに圧倒される建造物であっても、そこに人がいて、生活が感じられないとただの物になってしまう。買い物客・観光客でごった返す中に身を置きたかったぁ。

始めタイトルを「アーケード」としていたが、実際に見るとそのあまりのスケールの大きさに圧倒されてしまった。アーケードでは日出町の、あのアーケードをイメージしてしまう。やっと紀行文らしくなりました。お付き合いください。

130524 イタリア紀行8(ホテル)

 ホテルまでの間、タケダさんは言う。バスではシートベルトを必ず付けてください。時々壊れているのもありますけど。まさに今私のシートベルトが壊れていた。全員の荷物が出てきてよかったです。時々2~3個出てこない時があって大変です。治安ははっきりいって悪いです。今晩は出ないように。言われなくてもこんなに疲れていては、とてもじゃないが出る気はしません。これから泊まるホテルは悪くはないのですが日本と比べないように。それ(何だろう?)を受け入れてください。そこから楽しい旅が始まります。

 ホテルは幹線道路から少し入ったところにある。ロビーは観光客でいっぱいだ。タケダさんが手続きをしている間待っているのだが、日本人の何とお行儀のいいことか。夫婦あるいは友だち同士で静かに話している。おそらくアメリカ人だろう。あちらも団体さんのようだが特に女性が元気がいい。いかにも南部(?)らしい服装とあけっぴろげな会話。なにかといえば抱擁(といっては誤解されそうだ)、いやハグをする。いいなとは思うのだが、日本人には無理だ。このホテルには中国人がいない。それだけでもラッキィ!

 とにかく眠い。

 下の写真は翌朝、ドゥオーモに行く前に立ち寄ったところ。どこか忘れてしまいました。