100725 ビストロ・ヴォライユ

店 内 キッシュ スモークサーモンのテリーヌ

 久しぶりである。前回出かけたのがいつだったのか忘れてしまった。理由は特にない。強いてあげれば、年金生活者ということだろうか。たしかに外食が少なくなった。以前は月1とはいわないがそれに近い回数の外食があったような気がする。ある人(まだ40代のバリバリの世代)と話をしている時、そういう人たちまで外で食べたり飲んだりする機会が減ってしまったといっていた。どうしてですかね~と言われたがどうしてでしょう?
 今回、姪に頼まれて会場をセットしたが、年寄りの多いメンバーなのに料理を残す者もほとんどいなかった。肉料理が嫌いな兄までが「頑張れば全部食べれた」といってくれた。そういえばメンバーを聞いたマスターも量より質でいきましょう、と言ってくれていた。
 12時半に始まって14時半までの2時間。美味しい料理と12人がちょうどというこじんまりとした空間と楽しい会話で時間が過ぎていった。中津には素敵なお店がありますね、とお褒めの言葉をいただいたが、ちょっぴり鼻が伸びていった。
 

 牛ホホ肉の赤ワイン煮とフォアグラ  オレンジとグレープフルーツのシャーベットジュレ

 少し飲んだのと食べるのに夢中になって、ピントの合っていないもの(ゴボウのスープ)、気がついたら食べていたというもの(舌平目のパイ包み焼き)もありました。最後は珈琲です。(7月10日) 

100722 里帰り

   

  姪っ子が里帰りした。「姪っ子」といっても40を過ぎているのでふさわしくないかもしれないが。母親は出身地の熊本に住んでいるのでそちらが正式の里にはなるだろうが、中学校から高校まで祖母(私の母親)が育てたので、ついその時のイメージが残っている。彼女も悪い。60を過ぎた私をつかまえていまだに「健ぼにいちゃん」と呼ぶ。ついつい姪っ子になってしまい、そして、こちら(中津)が彼女の里のように思ってしまう。そういえば彼女は「ただいま!」といって我が家に帰ってきていた。
 5月の結婚式には姉兄を代表して私たち夫婦が静岡に出かけた。できるだけ早めにお披露目をしたいとは言っていたが、秋くらいだろうと思っていたのに意外と早かった。昼の席になるのですが場所をお願いしますということだった。姪夫婦と義母に姪の兄夫婦、そして、私たちと姉兄夫婦の全部で11人というこじんまりとした席なのでお気に入りのお店「ビストロ・ヴォライユ」を予約した。食事については次回に写真付きで紹介したい。とにかくだれもが美味しかったと喜んでくれたのでうれしかったしほっとした。
 姪の選んだ人もやさしい立派な人だが、お義母さんになる人が素敵な人である。娘になった姪のことを懸命にほめてくれる。こうあればずいぶん居心地がいいだろうなとうれしくなった。そういえばけっこう姪も伸びのびとふるまっている。彼女もやっと居心地のいい終の棲家を見つけたようだ。 

100720 全国一

   

 この花は「ハマユウ」。東谷公民館の館長武吉照美さんにいただいた。その武吉さんが7月に入って亡くなった。彼にはずいぶんよくしてもらったという思いが強い。亡くなって初めて彼の方が私より一つ年下だということを知った。合掌!

 これをうだるような暑さというのだろう。たった今、夜のウォーキングから帰り着いたばかりである。今夜はいつもより歩く人が少なかった。すれ違ったのは一人だけ。歩き始めた途端汗が噴き出してしまう。それも妙に粘っこい。おまけに顔にこびりつくクモの糸までがいつも以上に粘っこくて不快である。
 今日は9時前に庭に出る。庭の草がこの梅雨の間に伸びてしまった。今のうちにとっておかないと藪のようになってしまう。もうすぐ孫も帰ってくる。下から柿の葉を覗くと葉の裏側に黄色っぽい毛虫が規則正しく並んでいる。見ようによってはその規則正しさも美しく見える。しかしその美しさが曲者である。「オコゼ」と呼んでいる強烈な毛虫である。触れただけで飛び上がるほどの痛みが走る。
 午後はアジサイの枯れた花を花芽を残して切り落とす。大きなゴミ袋が3つも出た。冬はいいのだがこの時期あらゆる木々が生い茂り、歩くのも大変だし木の下闇ような状態になってしまう。思い切ってマンサクの木の下の方の枝を切り落とした。これだけでずいぶん明るく感じられる。
 3時には家に入り、シャワーを浴びる。それにしても今日は暑かった。「ハンパネ~」というやつである。テレビをつけてびっくり。なんと今日の暑さの全国一は中津の36.8度と出ている。おかしかったのはアナウンサーのイントネーションである。私たちは「ナ・カ・ツ」と平坦に発音するが、どのアナウンサーも初めの「ナ」を強く発音している。たしか大阪の隣の町「中津」も同じ発音で違和感を覚えたものである。(7月19日)

100718 金髪

   

11日、撮影しました。好きな花の一つでこの時期が楽しみです。庭の芝生の中から顔をかたむけながらのぞいています。 

 私のワールドカップは「午後11時39分に終わった」と書いたが、なにはともあれベスト16、おめでとうございます。今年のワールドカップもあとはオランダとスペインの決勝戦を残すのみとなりました。ということは、このブログを書いたのはずいぶん前になります。もうずいぶん前のような気がしますが・・・・・。
 ある人が事務室に寄ってきて、みんなでワールドカップのことを話題にしていたら彼が急に本田の髪にいちゃもんをつけはじめた。「なんで金髪なんか。それも日本代表として出るなら「黒髪」にしてから出ろ。子どもたちがまねをする。何でこういうことを許すんか!」と。見事なくらいみんなシーンとなってしまった。そうなればなったでなおさら言い募るのがおかしいやら見苦しいやら・・・・。
 こういうタイプが一番嫌いだ。自分なりの「こうあるべきだ」という形を持つことは大事なことだと思うが、、それを人に押し付けることが許せない。それが自分の一方的な考えであるとと言うことに気づかず、したがってその他の考えを全く認めようとしない。そしてこういうタイプの怖いのは他の考えを認めないのはまだしも、自分と違う考えを持つ人間さえも否定しようとすることである。
 子どものことは親に任せて周りがあれこれ言うのはどうか、といえば、昔は他人の子どもでも意見・小言をきっちり言う近所の口うるさいおっさんがどこにもいた。みんなで子どもを育てていた。それがなくなったのが地域の教育力の衰退した原因だとまで言い始める。こういう言い方がこの頃の流行だが、ほんとにそんなおっさんが近所にいたかな?少なくとも私の周りには他人の子どもの行動まであれこれ口を挟んでいたおっさんは見たことがなかった。ありもしないことをさもあるかのように、あるいは針小棒大に、そして過去を美化して言い募ることの方が危険だと思うがどうだろう。
 私はよく思う。髪が薄くなる前に一度でいいから「茶髪」にしてみたいと。お前は本田圭佑じゃないから好きなようにすればと言われそうだが・・・・・。

100715 DIPTIさん

   

 文化の森大学の7月講座が13日開催された。大雨にもかかわらずたくさんの受講生が参加してくれてほんとのところほっとした。インド出身の女性を講師に「Culture and Food」と題して講演していただいた。
 話はまずインドの特徴から始まる。広い国土に多くの民族が混在する。公式の言語が14あり、細かく分ければ1,000もの言語に分かれるそうだ。仲の良い友だちとの間も言葉が通じないなんてことも起きるらしい。だから、子どもたちは普通に5つの言語を操ることができるという。なぜそうなるのか説明してくれたがあまりの日本との違いにこちらの頭がついていけない。宗教もたくさんある。もともとあるヒンズー教にジャイナ教、外から入ってきたイスラム教にキリスト教。インドで生まれた仏教はいま少数派だそうだ。インドを一言で表せれば「多様性の国」といえそうだ。ひょっとしたら「混沌」という表現の方が似合っているかも。
 22年前、日本人と結婚して何も知らなかった日本に来て、たくさんのびっくりしたことに出会い、たくさんのすばらしいことに出会い、たくさんのことを学んだと話してくれた。その中で心にずっしり残ってしまったことがある。それは、彼女の母親の生き方である。彼女が死んだ時、彼女には自分の身にまとう1枚のサリーしか残っていなかったそうだ。貧しくて着るものがないのではなく、、持つ者が持たない者に与えるという昔からの生き方を当たり前に行ってきたからだそうである。
 日本に来てびっくりしたこと。「寒かったこと」「風呂の湯をみんなで使うこと」「おいしくないけれど、ということ」「新築でもち(食べ物)をなげること」・・・・・、沢山の、たくさんのびっくりしたことを話してくれました。たくさんの日本のすばらしいことも話してくれました。
 そうしながら私たちには失ったこともたくさんあることに気づかされた時間でした。

100713 サルビアの育て方(2)

 ④「発芽までは直射日光は避ける。水やりは十分に」
 水やりは十分にということであるが、上からはかけないこと。上からかけるとせっかく植えた種が動いてしまうことがある。霧吹きで湿らせるのも一つの方法だが最もよい方法は箱ごと水に浸すやり方である。私は発泡スチロールの箱に水を入れ、そこに浸した。
⑤「発芽し、双葉が出たら日に当てる」
 発芽を促進するために新聞紙をかぶせたが、そのままにしておくと徒長しすぎることがあるので、発芽したらすぐに紙をはずすこと。だいたい1週間で発芽する。
 2週間後、本葉が出始める。本葉が出たら徐々に日に当てる時間を延ばし、1週間を過ぎたら丸1日外に出して置くようにする。と同時に1000倍の液肥を与える。2ℓのペットボトルの容器にキャップ半分(5cc)を目安とする。

   
 10日後。ずいぶん成長した。  20日後。本葉がだいぶ出ている。

⑥「本葉が2~4枚出たらポットへ移植する」
 3週間後、本葉が4枚になったのでポットへ移し変える。最初、ポットに軽く土を入れ、指で穴を開ける。そこへ苗を入れ、土を足しながら植えつける。この時、ポットの底にマグアンプを1・2粒入れると成長にいい。これは師匠がやっていたのを盗んだやり方である。植え付けが終わったらたっぷりと水をやっておく。3日ほど日陰に置き、苗が落ち着いたら少しずつ日に当て、あとは1日中日向に置くようにする。

   
 26日後。葉がしっかりしている。  26日後。ポットに移す。

100710 サルビアの育て方・番外編「ツマヨウジ」

 
 昨年のサルビアの写真です。この花から今年の種を採取しました。

 

③「種まきは間隔を粗く、種の上から3mmくらいの土をかける」
 以前書いたような気がするが、種から育てるというやり方は5年前からである。私の教員生活最後の年に一緒に勤めた教頭さんが学校の美化に取り組んでくれた。前の学校で美化担当になった時、学校には金がないので苗を買うわけにはいかない。どうするか。いきついたところが「種から育てる」であったそうだ。この学校でもそのやり方で花壇に花を植えたいのですが、と言ってきたので、私に教えてくれるならと条件(?)をつけて許可をした。
 彼のする種まきを見てびっくりした。彼のパンジーの種まきのやり方はピートバンに1粒ひとつぶ植えていくやり方である。まずピートバンを水で湿らせ、というより水につけて含ませると2倍3倍に膨れ上がる。そこにツマヨウジで穴を開け、湿ったツマヨウジに種を1粒つけその穴に落とす。1つのピートバンに種を70粒ほど蒔く、ではなく、植えるのである。ふつう種というのはばら蒔くとばかり思っていたのでツマヨウジには驚いた。
 たしかにその方が密集しないので徒長しなくてすむし、ポット上げをする時根を痛める確率が少なくてすむ。おまけに穴を開けて落とし込むので「種の上から3mmくらいの土をかける」をやらなくてすむ。「3mmくらいの土」というのがよく分からずに悩みの種である。その悩みも一挙に消える。前回「数字にはこだわらなくていい」などと書いたが、本人はそういうところにこだわる方である。
 もともと計画性のある性格なのか、しんねりとちまちまやっていくのが似合っているのか、私も彼のやり方に染まってしまった。ツマヨウジ派である。ビオラの時はもちろんのこと、今回のサルビアでも蒔く対象はピートバンから蒔き土に変わったがやはりツマヨウジを使っている。7~80粒ならそうでもないが、200から300になるとさすがに疲れる。目が痛くなってくる。

 ツマヨウジでやっていると笑われるか、呆れられてしまう。そうだろうなと自分でも納得しているのだが、ばら蒔くやり方だとポット上げの前にもう1回植え替えないといけない。そう考えると笑われてもその段階を省略できるので同じことではないかとツマヨウジに自信を持った。私はこれで行こう! 

100707 数値? 気になるよ!

     

  東谷から西谷に抜けた。椿という所を通っている時、きれいなねむの木を見つけた。三郷小学校に通っていた3年間は、この時期になると山国川沿いにたくさん見ることができた。もうその時期になっていたのですね。ここはホタルの群生地だそうだ。今年は1万匹のホタルの乱舞、と市のホームページに載っていました。

 年をとると話題が限られてくるという。たしかに同世代が集まると孫の話か自分の病気の話になることが多い。その病気の話も自分の病気がいかにあなたの病気よりも大変だったか、いかに私はあなたよりもそれに対して頑張っているかの自慢の出し合い、、と言ってしまっては身もふたもないか。
 何でこういう話をするかというと、先日隣の保健センターで住民検診が行われて、それを受けた同級生が寄ってきた。話題は当然のごとく病気の話になり、知り合いのあの人が倒れたの、あの人はどうも助からないようだとなってしまい、暗い気分で1日が過ぎた。おまけに私は永年付き合っていた市民病院を替わらなければならなくなった。新しく病院を紹介されたがなんとなく気分が重い。楽しい場所ならともかく相手は病院である。楽しいはずがない。病院が楽しくなったらどうしよう。その病院で当然のごとく「血液検査をしましょう」と言われた。その結果が明後日出るので帰りに寄ってくださいと。
 その明後日。気になることが二つある。ひとつは肝機能。30歳の時に急性肝炎になったことがあり、それから30年以上何事もなかったのに2年前の住民検診で高い数値が出て精密検査を受けた。結果は問題ないということだったがやはり気になる。今回も肝機能は全て正常値の範囲内であったのでホッとしたが、中性脂肪の数値が大幅にアップしている。支所にいる保健師さんに聞くと、前日食べた食事でも数値は変わるそうなので気にしないようにしているがやはり数字となって出てくるとやはり気になる。数字の力は絶大である。正常値の中にあるかはみ出しているかで一喜一憂してしまう。それがほんのわずかな違いであったとしても。この年になったらどっかおかしいところも出てくるよと思いながら気にしている自分が情けない。(7/2)