101019 お口直し

 前回の「有害鳥獣」の写真があまりにグロテスクと評判が良くない。たしかに気持ちのいいものではないね。はじめて見て、びっくりして、これはブログに載せなくてはと張り切ったのだが・・・・。ちょっとやりすぎだったか?!

   
   

 お口直しというかお詫びというか、私が昼休みに歩いている山道(とはいっても車もすれ違えるし、おまけに舗装までされているけど)にひっそりと(?)咲いていた野の花の写真を見てもらおうと思う。ピンクはゲンノショウコ。昨年風物館で行われた野草展のあといただいて庭に植えたのは消えてしまった。今年の異常な暑さのために参ったのか。もともと乾燥気味の我が家では無理だったのか。それにしても可憐な花である。白は「ヨメナ」だと思うがどうだろう。名前を知っている方は教えてください。 

101017 有害鳥獣

   

  朝(15日)、出勤簿に押印しにセンターに行く途中、産業課のカウンターにとんでもないのもが並べられていた。左が鹿の尻尾。右がイノシシである。今は一年中であるが、やはり秋になると特に鹿やイノシシが里にたくさん出て来るそうだ。その被害が激しくて今では一年中猟ができるようになったという。そして、狩猟期間外(4/1~10/1)に捕獲したものにも報奨金を支払っているというのだから被害は深刻のようだ。イノシシは6千円。鹿は1万円という。その差は何なんだろう。捕獲した証拠として尻尾を切り取るというのである。戦国時代、討ち取った首の証拠として「耳か鼻か」を切り落として提出したという話を何かで読んだが、同じことか。ちょっと哀れな感じになった。そういえば、耶馬溪の知り合いは毎日のように山に入って仕掛けた罠の点検をしているという。
 土地柄、こういった話は事務室の中でも当たり前に話されている。今日も西谷の人がやってきて、上の尻尾の話から始まって、自分の畑の作物や果物がイノシシにやられると嘆いていた。特にこの時期、栗に関してはイノシシと競争だそうだ。夜はイノシシの天下だから夕方、落ちた栗を拾いに行くようにしている、と。「拾いに行って中身のない栗を見ると腹が立つけど、夜出てきて、実のない栗を見つけた時のイノシシも腹を立てているだろうな」と、なにか他人事みたいに話すのが、ユーモラスで可笑しかった。

101014 本庄の大楠

  白い部分は焼けて枯れた部分  

 3日の新聞に「音色 老大樹うっとり」と見出しが載っていた。『福岡県築上町にある国の天然記念物「本庄の大楠」で2日夜、クラッシク音楽を楽しむコンサートが開催された。ライトアップされた推定1900年の大樹の下で、福岡室内合奏団のメンバーがフルート協奏曲12曲を演奏。集まった約千人の観客は、初秋の山里に響く音色に酔いしれていた』というのである。
 ネットで調べると、この楠は日本第3位の大きさを誇ると出ている。それを見ると矢もたまらずさっそく出かけてみた。火曜日、公民館は休館日である。それでも午前中、サークルがひとつ入っていたので昼から出かける。椎田道路(無料になった途端車がずいぶん多くなった。)を築城出口で降りて右折する。山に向かって10分ほど。上城井小学校の近くにそれはあった。
 たしかに巨木だ。樹高23m.、胸高周囲21m.とある。木芯部に空洞があり、明治34年、この中に浮浪者が入り込んで火を出したというのだが、たしかに生活できるほどの洞の大きさである。その火災で主幹部を焼き尽くしたが、奇跡的に第一枝が生き残り今の姿によみがえったそうである。新緑の頃、若葉におおわれた姿を見てみたいものである。 

101011 彼岸花(高良大社)

     

  レジの人に聞くと大社まで約1時間という。彼女の表情は、ぜひ訪れてください、と言っているように見えた。ちょうどいいくらいの距離である。
 高良大社。その響きが良い。昔、「天下の天下たるは、高良の高良たるゆえなり」という言葉を何かの書物で見て以来、高良大社はあこがれの地となった。正確な意味は分からないが、この神社のある高良山がいかに重要な土地であったかが表されているようだ。地図を見ると、久留米から大分県境にまで続く耳納山地の西の端に位置し、九州北部の大動脈「筑後川」を眼下に見下ろす場所に位置する。
 筑後街道から右折し、信愛女学院前を通り、曲がり、くねった狭い(ほんとに狭かった)道をたどっていくと急に石造りの一之鳥居に出る。そこから山道に入る。ウネウネとした車道を進むと、三之鳥居の前にたどりつく。鳥居をくぐり、参道の階段を登るとそこは本殿である。
 本殿は権現造りで、九州最大の神社建築といわれる。神宮皇后に仕えた「武内宿禰」が祀られている。彼は古代、天皇家をも凌ぐ勢力を誇った葛城氏・平群氏・巨勢氏、はたまた蘇我氏の祖であるともいわれているが、なにしろ300年も生きたといわれているし、ありうる話か。おまけに住吉神・浦島太郎・ヤマトタケルetcと同一人物であるという説まであるなぞの人物である。神話時代はあわあわとした霧に包まれた姿のはっきりとしない時代ではあるが、空想の翼がどこまでも飛んでいきそうな話である。

 
 フォトショップ・エレメントでパノラマを作ってみたがどうしても重なりがすっきりしない

 

 後ろを振り返ると、目の前には久留米の市街が広がっている。この地が九州の交通・文化・政治の要衝であったことは一目瞭然である。たしかに「天下の天下たるは、高良の高良たるゆえなり」である。
 帰りは高速を使う。帰り着いたのはちょうど17時であった。 

101008 彼岸花(原爆の火)

     

 彼岸花を堪能したのと12時も過ぎて腹が空いてきたのとで、昼食を兼ねて星の文化館を目指す。というよりも近くの平和の広場にあるという「原爆の火」を見なくて星野村を見たというなかれである。担任をしていた頃は、平和授業でずいぶんこの星野村に点る「原爆の火」を題材に、原爆の恐ろしさ、戦争の悲惨さについて教えてきたものである。
 ところが、こんなに近くにあったのに実際には見たことがなかった。それで教えていたのだから、ある面いい加減なものである。そこで、遅ればせながら何はさておいてもこの火だけは見なければとやってきたのである。きれいに整備された広場にそれはあった。たしかに火は燃え続けている。この火についての説明は「平和の塔の由来」(右の写真)として展示されている。
 

     
     

 昼食は茶の文化館にある「星野茶寮」で蕎麦を食べる。窓際の席で遠くの山並みが望めて景色までおいしい。13時は過ぎたが、このまま帰るのはもったいない。どうしようかと考えあぐねていると、佐藤さんが「高良大社へ行きましょうか」という。朝、私が話していたことを覚えていてくれたのである。10歳以上も離れているのだが、同世代ですねと私に合わせてくれる。ほんとにこの気配りには参ってしまう。こういったところから「友情」は生まれるし、深まっていくと思う。 

101006 キンモクセイ

   

   車の温度計は17℃を指していた。ひんやりとした気持ちのいい朝である。ところが、ちょっと前までのあのキチガイじみた暑さが気持ちに残っていて、このひんやり感がイマイチ信用できない。公民館について車を降りた途端、あの匂いが襲ってきた。キンモクセイである。
 昨日から敷地内の樹木の剪定に業者が入っている。あわてて車を移動したのは昨日である。私がいつも車を停める場所の上にはキンモクセイが10本ほど茂っている。その時にはもちろん匂いもしなかったし、剪定の様子を見た時にも花が咲いているような様子はなかった。ところが、たった一晩でこの匂いである。作業の邪魔にならないように写真を撮りにいったが、花に近寄った場所よりも少し離れたところの方が香りが強い。この時期になるといつも、この香りを届けられたら、と思ってしまう。
 今度「CLOSE‐UP №3」というレンズを買った。これは今装着しているレンズに取り付けられるというものである。標準と望遠を同じカメラで取り替えていたら、ゴミが入ったのか写真に妙な影が浮かぶようになった。それで、欲しかったマクロレンズをあきらめたのである。取り扱いは簡単だが、肝心のピントを合わせるのが難しい。それをなんとかしようと思うのもこれからの楽しみである。
 

101004 彼岸花(鹿里棚田)

     
     

 彼の教えてくれた通り、製茶園の先をすぐ右に入ると、道を知らせる看板も多く、「鹿里棚田」はすぐに見つかった。狭い道に沢山の車が停まっていて、多くのアマチュア写真家で賑わっていた。棚田自体の見事さ、美しさは上原地区の方が上だが、彼岸花の美しさではこちらの方が勝っている。ほんとにいい所を教えてくれた。
 谷を降りて向こうに渡り、写真を撮り続ける。いつもだと20日には満開になっているはずが、今年は例年に比べて花が遅れている。それでこれくらいだから最高の時にあったらいったいどんな情景を目にするのだろう。今年は土・日しか使えなかったが、来年からは毎日が日曜日となる。最高の時期を求めて出かけてみようと思う。

     
     

101001 彼岸花(石積棚田)

昔の地すべりの跡だとか 石積がきれいでした 俳句にしてみました

 

 ひと山(合瀬耳納峠と看板が出ていたがいったい何と読むんだろう)を越えると、こちら側にも「上原地区」があり、谷の向こうに立派な棚田と彼岸花が見える。道路沿いにはテントが張られ、ダゴ汁やまんじゅうが売られ、お茶の接待も。だんだんと彼岸花ツアーらしくなってきた。ここは同じ上原地区でも「広内・上原地区」の棚田で、石積みがとてもきれいで、137段、412枚の棚田があるという。ひとつ一つ人の手で石が積み上げられ、作られ、守られ、それが美しいだけにそれを維持してきた人々の苦労がしのばれる。
 しかし、棚田までは遠く、こちらから写すしかない。お茶の接待をしてくれた若い人に、他にもいい所がないか聞くと、自分の会社(星野製茶園と照れくさそうに言うのがかわいい)の近くに「六里」という所が素晴らしいので、ぜひ寄ってくださいと教えてくれた。張り切って車に乗ろうとするとその若者が追いかけてきて、「ろくり」は「鹿里」と書きます。間違えやすいから注意してください、と。
 彼のあまりの優しさに感激してしまった。たしか九年庵の時にも同じような親切な若者に出会った。「こんな若い人と出会うとうれしくてしょうがない」と書いたが、今回もそうだ。今回は彼の写真を撮るのを忘れなかった。