110527 つれづれに

   
   

 日曜日(22日)、ユメタウンに出かける。大震災の写真展をやっているので行こうという。写真集も欲しいからと。小さなスペースに、30枚ほどしかない写真展だが、やはり大きなサイズで、鮮明な写真だとあらためて胸に突き刺さるものがある。「震災地とともに~東日本大震災報道写真展」と書いた横に、あの写真があった。瓦礫の中で泣く若い女性の写真である。
 

   
   

 今、サルビアの苗をポットに仮植している。文化の森大学のおばちゃんに、館長がいなくなるともう花の苗をもらえなくなるね、といわれたので、サルビアは持ってきてあげるよと、ついカッコつけて言ってしまった。赤と紫を150ポットずつ植えたが、どのくらい歩留まりがあるか・
 上の写真はこれも種から育てたビオラである。いまが一番勢いがよくて花もしこっている。花柄を摘むのを日課にしているが、珍しいものを見つけた。上のプランターには黄色の花を植えたのに、その中にたった1輪だけに下の花の色が移っているのである。植えたプランターも違っているのに、これはどういうことなのか。花の師匠に電話すると、「そんなこともあるさ」で終わり。いいよなあ、おおらかな人間は!こっちは気になって仕方がない。知ってる人、いませんか。 

110524 津和野紀行11(門司港レトロ)

   門司港駅→旧門司三井倶楽部→国際友好記念図書館→旧大阪商船→旧門司税関→門司港ホテル

 通り道だからと、急遽「門司港レトロ」へ行くことにする。近くでけっこう人気があるところなのにあまり訪れていない。門司港レトロと言われ始めた頃、忘年会でできたばかりの門司港ホテルに泊まって、下関の「春帆楼」でフグを食べたことがある。懐かしいなあ。
 門司港には大好きな人がいて、「門司のばあちゃん」と呼んでいた。母親の妹が嫁いだ先の近くの人で、嫁ぎ先もその家ももともと親戚になる家だった。今では全く行き来がなくなったが、幼い頃夏には必ず門司のばあちゃんがやってきた。思い出すのは、汗を拭きふき駅から歩いてくる姿とお土産の荷物の中に必ず入っていた「バナナ」である。今でも思い出すと甘酸っぱい気持ちになる大好きな人だったが、ひょっとしたら「バナナ」に憧れていたのかもしれない。

 これで「津和野紀行」も終わりです。この後は「台湾紀行」が控えています。書き始めたら20回分もできました。またお付き合いください。

110523 津和野紀行10(瑠璃光寺五重塔)

   
   

 帰り、「瑠璃光寺」に寄ろうというと、「以前、門司の姉さんたちと来たのを忘れたの?」と言われてしまった。そういえばそんなことがあったな~と心細い限りだ。「その時、雪舟庭にも行ったんだけど・・・・・」と、当然これも忘れているよねという目で見る。忘れた方が新鮮な気持ちで見ることができると、これは思っただけで口には出さなかった。
 奈良の法隆寺と京都の醍醐寺と共に「日本三大塔」と賞賛されている。しかし、青々と濡れたような若葉の中に浮き立つ塔の古色を見る時、三大塔の第一に挙げたい。ここまで書いて、ある書物の中にこの塔のことが書かれていたのを思い出した。さっそく書庫の中から本を取り出して調べる。あった!
 司馬遼太郎の「街道をゆく」の第一巻、「長州路」(朝日文庫P239)に
 (長州は、いい塔をもっている)
 と、惚れぼれするおもいであった。
 古色だけでなく姿がいい。特に屋根の端がキュッと反り返っている感じがなんともいえない。古さだけでなく、「小股の切れ上がった女」のような粋さえ感じられるといったら言い過ぎか!ほんとに「惚れぼれ」してしまった。

110522 津和野紀行(番外編)

   

 津和野土木事業所
   管理課長  △△ △△ 様

 今年も昨年のように猛暑になるのではないかと今からいらぬ心配をしています。
 先日、つわぶき街道に架かる橋の名前について依頼した◇◇です。送っていただいたファックスの内容を元にブログがやっと掲載できました。途中別な旅行が入ったのもあってずいぶん遅れました。あと2回ほどで津和野紀行も終わりです。作ってみて、あの橋の記事があるのとないのとではずいぶん価値が違うなと、これは感謝と同時に少しうぬぼれも入っています。もし、その記事を見ていただけたらと、これは淡い期待です。

 ブログのアドレスは「https://studio-reve.com/harada/blog/」です。
            「おーちゃんの写真紀行」をクリックしてください。

 勝手なことばかり書いてしまいました。恥も掻いたような気がします。繰り返しますが、ほんとうにありがとうございました。

  5月16日                                                        
                                                                  

110521 中津城たにし祭

  中津に、ではない。中津城に「たにし祭」という祭りがある。中津城の城主だった奥平氏が信昌の時、長篠の戦いの前哨戦、長篠城篭城戦で武田軍を迎え撃ち、堀の「たにし」を食べて飢えをしのいだという故事に由来しているという。
 21日にお城でこんなものがあるよとパンフレットを渡された。「10時30分からSちゃんの神楽があるから行ってみたら」というのである。「Sちゃん」とは連れ合いの同窓生であり、私にとっては卓球部の後輩に当たる。この先輩・後輩という関係は一度そうなると互いがどうなろうと変わることなく続いていくので、私はいつまでも先輩である。ちょっと割りのいい話か!年に一度の卓球部の同窓会で会うくらいだが、連れ合いとはいまだに親しくしている。
 彼女が神楽を舞うと聞いたのはどのくらい前だろう。一度は見てみたいものだとずっと思い続けてきたが、やっと実現した。一言で言えば、「Sちゃん、カッコイイ!!」と、まるでオリエンタルラジオの決め台詞である。女性の神楽は始めてだが、男以上に決まっている。やはり「カッコイイ」としか出てこない。

 追伸  なぜか「出雲阿国」のことが頭に浮かんだ。

110520 閑話休題(パソコンのトラブル)

斎藤さんにいただいたフウランが今年も花を付けました。 紅葉の木の枝にぶら下げただけ。それでもうすピンク色の可憐な花を付けました。

 17日に、珍しくパソコンを扱っていた連れ合いが、「ネットに接続できません」ってメッセージがでてるよ、という。またかと思いながら佐藤さんに教えられたモデムの接続を一度切って時間を置いてからつなぐとという方法をやってみた。今回も1回で復旧できた。
 ところが、その後が大問題発生。接続は回復できたのだが、スピードが極端に遅くなってしまったのである。これも佐藤さんに教えてもらったことだが、自分でスピードテストできるソフトをお気に入りに入れておいてもらった。何も問題がない時には大体「2Mbps」位なのだが計測したらなんと「24Kbps」。これまででもっと低い数値を記録した。
 すぐにyahooの担当者に電話をして調べてもらい復旧してもらったのだが、こういったことがこれまで何度も起きているので慣れてしまった。しかし、ちょっと腹が立ってきている。

110516 津和野紀行9(橋の名前)

   

 津和野は「つわぶきの生い茂る野」をその名のルーツに持つといわれている。遠い昔、この地に住み着いた人々は、群生する「つわぶき」の可憐な花に目をとどめ、自分たちの住む野を「つわぶきの野」から「つわの」と呼ぶようになったというのである。そのことばの響きの中にはこの地に対する彼らの誇りとツワブキの葉の艶やかさに通じる美意識とかすかな自慢めいたものが感じられて好ましい。
 そうした美意識は今も残っているようだ。帰りは県道13号を通る。別名「つわぶき街道」と呼ばれている。運転しながら気がついたことがある。それは橋とはとうてい言えないほどの小さな橋に名前がついており、それぞれに大きな標識が立てられているのである。それも普通使われる地名に由来するものではない。「つわぶき橋」など津和野に由来することばを冠するところに美意識と誇りがにじみ出ていて、「感じいいね~!」とこちらの気持ちも明るくなってきた。ところが、帰り着いたら覚えたはずの名前をほとんど忘れてしまっていた。
 なんとかこの感動を伝えたくて、厚かましくも津和野町の観光課に電話して教えを請う。応対に出た若い職員の方が調べてくれて、県道なのでと「県・津和野土木事業所」を紹介してくれた。土木事業所では管理課長さんが丁寧にファックスで地図まで送ってくれ、おまけに「橋梁の看板に目を留めていただき、連絡をいただいたことを大変うれしく思います」とまで言ってくれた。
 私の厚かましいお願いを受け止めてくれて、丁寧に対応してくれた観光課の職員さんと土木事業所の管理課長さんに、改めて感謝の意を表したいと思う。これだから人とのふれあいは止められない! 

110515 津和野紀行8(四季の詩)

     
全景  レストラン  朝食 

 5時前に今日のお宿「四季の詩」に到着する。山の中にあるペンションだ。まず豆茶の接待を受ける。とにかく歩き疲れて汗をかいたので、何はさておいても風呂に入る。風呂に入って「ほっと」するのは久しぶりだ。
 チェックインする時、ここにはテレビはありませんから、といわれた。始めは戸惑ったが時間が経てば慣れるもんだ。夕食は6時半からなので、ベッドに寝転んで今日一日のことを思い出しながら、キーワードになる言葉をノートに書き出している。こうしておくとあとでブログの原稿としてまとめるのにずいぶん助かる。
 

     
     

 4組、9人の宿泊である。夫婦でやっているのでこのくらいがちょうどいい。夕食はレストランで。美味しかった。それにしてもビールとワインを2杯も飲んだので、奥さんの言うメニューの名前が全く頭に入らなかった。もう一度風呂に入ったらあとはただ眠るのみ。