121016 森だより3(森は秋に)

   

 沢山のメールの中に埋もれていました。メールを毎日チェックするといった習慣がありませんので、気がついた時にはメールの中に埋もれています。今は「クラブツーリズム」というところからのものでいっぱいです。そこを使って今度秋の足立美術館のツアーを申し込みました。途端にわんさかとやってきます。

 森は秋になりました。毎年、秋になると庭に不思議な花が咲きます。白く半透明で、茎の部分は透き通ったような感じです。花の名前は分かりませんが、なにかの本で見た、幽霊草(?)とかに似ているような・・・・・。丈は20センチくらいです。また、庭中にいろんなキノコが生えます。今年の一番目は白っぽいものでした。
 美濃路と木曽路の間にあるこの地でも急速に高齢化が進んでいます。後継者不足から、手のかかる米から大豆に変わってきました。田の畔は、いつも散髪したてのように綺麗で、農村風景日本一になったところですが、畔や土手に布製の覆いを使うようになり、米から大豆に変わってきました。それも出来ないところは、栗畑に。
 すこし残念な気がします。

 確かに「幽霊草」です。またの名を「銀竜草(ギンリョウソウ)」。友だちに連れて行かれた英彦山の山道で始めて見ました。杉木立の薄暗いところで見ると、「幽霊草」という表現がぴったりでした。
 タイトルを「森の住人から」から「森だより」に変えてみました。

121006 のんびりお出かけ2(映画2)

 
 あらためて今回の「ボーンレガシー」を見てみよう、なんてまるで「なんでも鑑定団」みたいになってしまったが、『<ボーン>シリーズ全三部作の裏側で 同時進行する 極秘プロジェクトがあった』というコピーがいうように、今後は全く新しいシリーズとして展開していくようだ。
 たしかにマニラのスラム街を舞台にしたバイクによるチェイスは、隣で観る連れ合いが時々声を出すほどの迫力だったが、何か物足りない。人が見えないのだ。一つは、ボーン(マット・デイモン)にあってアーロン・クロス(ジェレミー・レナー)にないもの、心の揺れ動き(弱さ?)か。もう一つは、例えば敵役の内面の掘り下げもそうだ。設定がそうだとしても、まるで単なる戦闘マシーンになってしまい、あとになにも残っていない。そういえばどんな顔だったのか思い出せない。三部作ではちょっとした目の動き、かすかな言葉がたしかに彼らも生きていたことを残していたのに。それぞれが個性的で時には彼らがいてこそのボーンだと思えたものだ。
 ボーン(マット・デイモン)の復活を願う。

 「のんびりお出かけ」なんていうタイトルにしたのにこの三連休、公民館の囲碁のサークルのリーグ戦が始まったし、明日は町内の当番で秋祭りのためのお宮の草取りに出ないといけない。それでも21日には小倉である「B1-グランプリ」に出かけようと思っている。

121001 のんびりお出かけ1(映画1)

 
   

 「のんびりお出かけ」してみた。今回は、映画鑑賞。いつもの小倉のリバーウォーク・Tジョイ。私がここ数年毎年必ず一度は観る映画がある。「ボーンシリーズ三部作」である。原作はロバート・ラドラムの小説だ。小説も「ラドラムの奇跡」といわれているほどの売り上げを上げ、「暗殺者」以降のほとんどの作品を集めた。しかし、原作と映画はほとんど別物といっていい。
 原作は、殺し殺しの連続であり、そのうえ、あまりにも言葉が饒舌すぎて農耕民族としては消化しきれず、胸がむかむかしてくる。その点、映画のほうは時間的な制約のためかかえって余分な脂肪が削り取られて展開がスピーディになった。「ノンストップアクション」といっていい。
 もう一つ、CG全盛の今日、生身の人間の動きに重きを置いたリアリズム重視のアクション。例えば、「スプレマシー」での部屋の中での格闘。ブラインドの音が効果的に使われている。そして、これまでのが緩やかな動きに見えてしまうカーチェイスが極限までの臨場感を生み出している。全く新しいスパイアクション映画の誕生だった。

120928 森の住人から(あれから)

 シリーズも終わり、ご苦労様。随分と旅したものですね。ここへきて、ひとつひとつの写真を画面全体に広げることができるようになり、最後の日本三番目か四番目か?の大木を見ることができました。なかなか見ることの出来ないものなので、苔むした大木の生命力に感動。支える人の手も感じられました。

 さて、あれから、ほおづきの実は残念ながら、皮と同じように溶けてゆき、ついに透き通った葉脈のみとなりました。けれどこれで、この姿を永く保てるのではないかと期待しています。
 取り敢えず、添付してみました。

120925 森の住人から1(リメイク鬼灯)

 友人からたくさんの鬼灯を戴きました。美しいレース状にリメイクされたものと一緒に。水に浸すだけだから、やってみて・・・・と。早速、早速開始。最初は一日目。鬼灯のままです。一週間ほどして随分と皮の部分が溶けてきました。三週間目、葉脈だけ残して綺麗なレース状に。種を守る実はまだしっかりと朱色に丸い形を残しています。乾かせば完成です。どうなるか興味津々、楽しい時間でしたよ。来年はこの種を蒔いてみようと思います。
 さて、三枚の写真、送れるかな?

 届きましたよ。これで「森の住人」からの通信が始まりました。次はいつ届くかな?

120922 大楠紀行12(本庄の大楠)

 
 

 このあと、予定では朝倉にある大楠を観ることにしていたのだが、宇美から引き返すのも面倒なので、飯塚を通って築城を目指す。全国第3位といわれる「本庄の大楠」を見ようというのである。川古の大楠のところでは「本庄の大楠とともに5番目の大きさを誇る」とあったし、誰かのブログでは「第4位」とあった。いったいどれが本当なのか?私は昨年一人で出かけているし、ブログにも掲載している。ホントの話は、朝倉に行くと帰りにもう一度洪水の爪痕を見ることになるのが耐えられなかったというのがその理由である。

 
 

 「大楠紀行」というテーマは素晴らしかったですね、と佐藤さんにほめられた。ひそかにそう思っていただけにわが意を得たりである。さて、次のテーマは・・・・・・。

 さあ、やっと大楠紀行も終わった。長々と続けたなあという思いはあるが、終わってしまうとこの後何を掲載したらいいのか困ってしまう。誰かの言っていた「ぶらりお出かけ」でもしてネタを仕入れることにしましょう。あ、そうだ。ある人が早速写真を送ってくれたのでそれを次回は載せましょう。こうして輪が広まっていくといいなあ。

120918 大楠紀行11(大楠の森)

ここには25本もの大きなクスノキがあって、その中に巨木が2本あり、ともに国の天然記念物に指定されている。本殿に向かって右にあるのが「湯蓋の森」、左後方にあるのが「衣掛の森」。この木(湯蓋の森)の下で産湯を沸かし、そこで産まれたのが後の応神天皇で、その時の産衣を掛けた木が衣掛の森と呼ばれている。と、あくまでも伝承。
幹周りの大きさでは衣掛の森のほうが大きいが、湯蓋の森のほうはほとんど傷もなく、もちろん洞も見当たらない。根の張りや株もとの力強さに大枝を四方に伸ばした均整のとれた姿の美しさでは湯蓋の森には敵わない。
そうそう、「大楠」ではなくなぜここでは「森」と呼ぶのか。遠くから見ると1本の木がその大きさからまるで「森」のように見えるところからだそうだが、たしかにその大きさには圧倒される。

大楠紀行も残すところあと1回となりました。長々と付き合っていただきまことにありがとうございます。このあと、11月まで旅の計画がありません。できましたら読者の方で写真とコメントをメールで送っていただいたら「〇〇通信」として掲載しますのでお願いします。以前は「安曇野通信」があったのですが・・・・。
期待を込めて私のメールアドレスは「
kenzou432@yahoo.co.jp」です。

120914 大楠紀行10「宇美八幡宮」

 宇美町の中にあって静かな環境の中に鎮座している。宇佐八幡宮の広大さには劣るが、平日にもかかわらず参拝客も多い。それも観光客ではなく子どもの幸せを願う「お宮参り」の参拝客がほとんどである。ここは古事記に「その御子生み給える地を、宇美とぞ謂ける」とあるように神宮皇后が後の応神天皇を産んだ土地なので、この地を「産み⇒宇美」というようになったとか。
 したがって、ここには神宮皇后・応神天皇ほかを祀る。上の事蹟から安産の神として崇拝され、子安の石、子安の木、産湯の水などが点在している。というのは帰ってきてからネットで知ったことで今回の目的は「大楠紀行」なのでせっかくの見るべきものが目には入らなかったようだ。酉年なのにどうも亥年の傾向が顕著になってきている。しかし、これは個人的なものでなく、単に年を取って柔軟性が衰えてきただけのようでもある。   
 教訓「年はとってもいつまでも予習は大切だ」