130621 イタリア紀行22 フィレンツェ6(買い物)

美術館のあと、わずかだが自由時間が取れた。連れ合いと二人、土産物屋の立ち並ぶマーケットに入る。どこに行っても土産も記念品も買わない主義の私だが、今回はここでこの旅行唯一の買い物をした。「バンド」である。退職してからほとんどジーパンで過ごしてきた。公民館でも始めからそれで通したらとうとう何も言われずに済んだ。ひょっとしたら教育センターの橋詰さんがブロックしてくれていたのかもしれないが。

20ユーロした。その時のレートでいけば2700円か。その店のおじさん(私よりは若いのだが)が味のある顔をしていて、その顔に負けて買ってしまった。そうそう、ここでこれから何度も買うことになるイタリアのアイス「ジェラート」を初めて食べた。4ユーロした。写真は堀田さんの物を借用している。

バスの駐車しているところまで歩いたが、夕日がきれいだった。「フィレンツェの夕日」なんて言葉までが素敵に聞こえる。8時過ぎまで明るいのに驚いた。

130619 ちょっと休憩

 4月の法事のあと、横浜・静岡・熊本・門司から集まったみんなで京都の大谷本廟にお参りに出かけた。その時、計画してくれ、切符の手配までしたくれたのが横浜の甥である。その甥が、今、ある企業の機械の据え付けのための基礎工事で大分に来ている。

 時間の余裕ができたら遊びに来るように声をかけたら、16日(日)にやってきた。私たち夫婦が予定していたミニコンサートにも一緒に出かけ、そのあと「ボラーユ」で食事をした。ほんとに楽しい時間を過ごすことができた。このごろ、こうした時間がなによりの幸せだと感じるようになっている。

 双子の甥とその妹と私たち夫婦は、特別なつながりを持っている、と私は思っている。特に、姪は我が家に着くと「ただいま!」と言って入ってくる。そして、私のことを「けんぼ兄ちゃん」と呼んでくれる。

130618 イタリア紀行21 フィレンツェ5(広場2)

回廊の横から楽器の音が聞こえてくる。ギターとバイオリンと、もうひとつは何かな?三人のバンドが陽気な曲を演奏している。もちろん曲名までは分からない。始めは聞いていただけの観客の中から4人の女の子たちが飛び出してきた。そして、見事なチームワークで踊り出す。まるでさっきまで練習してきたのではないかと思えるほど息がぴったり合っている。こういうところがいかにもイタリアらしい。

 美術館の入り口の前だったか、銅像と間違える姿をした人を見た。全身に(もちろん衣装にも)銀の絵の具を塗って、ただひたすら立っている。身動き一つしない。思わずシャッターを切ったら、動かないはずの銅像が指を下に向ける。そこには空き缶が置かれている。そこにモデル料を入れろというのである。2ユーロ入れたが、「グラッチェ」も言わなかった。

130617 イタリア紀行20 フィレンツェ4(広場1)

ヴェッキオ宮殿の前の広場には多くの観光客が集まっている。人だけでなく、たくさんの彫刻も展示されている。ほとんどがレプリカのようだが、一番人気はやはりミケランジェロの「ダビデ」だという。私はその手前にあった「獅子」の方が好きだ。もうひとつ、回廊にあった「サビニの女たちの略奪」も印象に残った。

堀田語録  「日本なら景観条例に引っかかりそうな・・・・・・・・・・」

130614 イタリア紀行19 フィレンツェ3(ウフィツィ美術館)

入館してからすぐに3階まで上がる。タケダさん曰く「心臓破りの階段です」。その言葉通りきつかった。どうも日本人の私には一段の幅が広く感じられた。というより足の短さを痛感させられた。そういえば誰かが「便器の位置が高すぎて困った」と言っていたっけ。私だけでなく、ツアー客の中であまりのきつさに参り、病院行きになった人まで出てしまった。3日目ともなると今までの疲れが一気に噴き出してしまったようだ。私もその翌朝、「こむら返り」を起こしてひどい目にあった。ちょうど疲れの出る時期だったんだ。、

これまで美術の本やTVでしか見たことのなかったルネサンスの最高傑作の絵画たちをじかに見ることができた。ところが、ここは撮影禁止。残念だが仕方ない。隠れて撮影していた人が連れて行かれたのを見たし、ぐっとがまんの子で正解だった。女性の日本人のガイドさんが懸命に絵画の由来、画家について、技巧の見事さ・・・・を説明してくれるのだが、聴くそばからどこかに行ってしまって何も残っていない。証拠の写真もない。しかし、名画たちとの時間と空間を共有できたことはたしかに私の胸の中には残っている。それだけでも幸せだと思わなきゃ。写真が全くないので、せめて記録できた作品名だけでも書いておこう。

ヴォッティチェリの「ヴィーナスの誕生」と「春(プリマベーラ)」。ラファエロの「ヒワの聖母」。ミケランジェロの「聖家族」。レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」。ルネサンス期を代表する3巨匠のそろい踏みだ。それに画家の名前は忘れたが「ウルビーノ公夫妻の肖像」が印象に残った。

あのね。あの、ルネサンスの巨匠たちの絵画を 目の前で見たんだよ。

この旅行記でもう一度写真のない回がでてきます。申し訳ありません。

130612 イタリア紀行18 フィレンツェ2(大聖堂)

ドゥオーモとジョットの鐘楼とサン・ジョバンニ洗礼堂の三つで、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は構成されている。その三つが一度に見えるとっておきの場所に案内しますと言う。確かにきれいに重なって見える。ところが、いざ写真の中からその場面をとりあげたら、なんと洗礼堂を間違えてしまった。左側の写真、三つの建物が見えていますよね。鐘楼の横の建物があまりにきれいに見えるものだから、思い込んでしまったのだ。前にもこうした思い込みがあったものだからできるだけネットで調べるようにしている。検索してみると洗礼堂は「八角形」となっている。手前の建物だった。それがはっきりと分かる写真があったのでよかったが、「検索、検索」である。

もうひとつ間違いがある。大聖堂から南東に800メートルの「サンタ・クローチェ聖堂」を大聖堂と取り違えてしまった。片っぱしから写真を撮っているのであとでどれがどれだか分からなくなってしまう。なんとなく形も似ているし、きれいに写っているので(理由にはならないのだが)。こういうのを偏見という。

130610 イタリア紀行17 フィレンツェ1(ミケランジェロ広場)

3回の予定で書き始めたら倍の6回になってしまいました。よろしくお付き合いのほどを。

ヴェネチア近郊のメストレに泊まり、翌日約250キロを3時間半かけてフィレンツェへ。イタリアに住むなら絶対にフィレンツェと力強く宣言していたタケダさんあこがれの街、フィレンツェ。

まずは、ミケランジェロ広場へ。ここはフィレンツェの街が目の前に見下ろせる丘の上にある。タケダさんが「絶対に」というはずだ。黄色い屋根で統一された美しい街並みが広がる。その中でもひときわ「ドゥオーモ」と「ジョットの鐘楼」が目立つ。右手にはフィレンツェ最古の橋といわれる「ヴェッキオ橋」が見える。丘の上にはダヴィデ像のコピーが置かれ、ここから眺める夜景はロマンチックで、恋人たちのデートスポットになっているとか。

この広場にはフィレンツェの景色を描いた絵を売る人が多い。どうも自分で描いた絵を売っているのではなく、絵自体もプリント臭い。おそらく地元の人は絶対に買わないだろう。観光客相手の商売だ。このあといろんな街で同じように絵を売る人を見かけたが、アフリカ系の移民が多い。どう見ても絵を描くようなタイプじゃない。