150205 シロ1

  今年は暖冬といわれてきて、たしかにこの頃は暖かい陽気が続いていた。ところが、一昨日あたりから寒気が入り込んできて、夜歩く時、ひさしぶりにほっぺたや鼻が痛く感じられる。それでも日差しが出て風のない日中は、ぽかぽかして絶好の草取り日和だ。

  座り込んで芽を出し始めた草をゆっくりと取る。草との長い格闘の始まりだ。庭の片隅にふたつ、土の盛り上がった個所がある。小さい方が「ユウ」。 大きい方が「シロ」の墓だ。そこにも草が生え始めたので取っていると、色の褪めた首輪が出てきた。シロを埋めた時にその土の上に置いたものだ。

  090818(あれ!?この日付はちょうど一周忌だ)のブログに『クロアゲハの飛んでいくその先にはメランポジュームが今年も咲き誇っている。今年のその花の下には、昨年の8月18日に死んだ愛犬「シロ」が眠っている。シロについてはまた書こうと思っている』と書いた。ところが、原稿まで作ったのにそのことも忘れてしまい、首輪で思いだした。

150201 記念病院2

  受付から心電図、レントゲンを済ませ、担当医の診察が終わるまで1時間ほどしかかからない。森永というほんとに若い方で、野坂先生は私を担当した時にはすでに循環器科の部長だった。だから、何だという話なんですが。

受付番号169番。担当医は森永先生。 待合室の様子。1時間もするとここが患者であふれかえる

  小倉まで約1時間かかる。時間つぶしに一応本を用意する。井沢元彦の「逆説の日本史1 古代黎明編」。「一応」と書いたのは本のほかにもうひとつ、「ipod」も用意した。こちらの方がメインなのだ。

  昨年の3月、退職して困ったことの一つに、毎朝聞いていた武田鉄也の「今朝の三枚おろし」が聞けなくなったことがある。加奈さんの「おはようございます 水谷加奈です」という爽やかな声と何とも耳に心地よく響く笑い声が聞けないのだ。それが、佐藤さんの助けでyoutubeからダウンロードできるようになった。それもなんと、4月からこの1月までの全ての内容だ。これは夜歩く時にも活用している。前は自分で作った音楽CDを聞いていたのだが、さすがにこの頃飽きがきた。

150128 記念病院1

 小倉記念病院。こちらの方では循環器科、特に心臓の方で有名である。48の歳に心筋梗塞を患って以来、年に一度の検診を受けている。といっても、心電図とレントゲンだけだけど。「だけ」なんて不服そうですがそんなことはありません。感謝しています。19年間お世話になった野坂先生が退職した後若い先生に代わる。その先生の名前を覚えることなくまた担当医が代わった。

雨に煙る記念病院 玄関を入った所にある受付

 3年ほど前に南小倉から小倉駅の北側に移転した。前はけっこう不便な場所(駐車場も遠かった)にあったが、今度は駅から専用の高架道路でつながり、雨に濡れずに歩いて行ける。建物もホテルではないかと間違えそうなくらい豪華になっている。

 機械も最新式。心電図なんかほとんど待つことがない。以前は30分はざら。1時間以上待たされることもあって、どうかすると9時半に予約を取っていても、終わるのが14時を過ぎるなんてこともあったくらいだ。

150124 六郷満山6(川中不動)

 文殊仙寺から川中不動へ。山をひとつ越えるのだが、途中で雨になる。着いた時には雨も上がっていたが、どうも空模様が怪しい。今回はここで終わりにしようと佐藤さんと決める。

 天念寺。かつては12の院と坊とから成っていたそうだ。が、今は気を付けないと通り過ごしてしまいそうだ。写真は講堂というが、背後の崖にめり込んでいるような雰囲気だ。この前に長岩屋川が流れている。この小さな川もかつては何度も氾濫を繰り返しそれを鎮めるために川の中の大きな岩に不動明王と二人の童子が刻まれ、通称「川中不動」という名で親しまれている。

 何度か来た覚えはあるのだが、しっかりと間近に見たのは今回が始めてか? 「か?」なんて曖昧なのは、どうも間近で見た記憶があるのだがはっきりとはしないのだ。それでもふたりの童子のうち、左の童子は覚えがある。その時も今回と同じように彼のふっくらとした頬っぺを見てつい笑った記憶があるのだ。

 これでやっと第一期「六郷満山」も終わりです。

150121 六郷満山5 (文殊仙寺2)

 もどります。
 前回の最後に「その姿を見た途端、佐賀県の雷山千如寺の五百羅漢を思い出した」と書いた。文殊仙寺2と書くのもおこがましいのだが、その続きを。

 誰から聞いたのか雷山千如寺へ行こうということになった。03年のこと。ここには樹齢400年の大カエデがあって、紅葉の時季、それはそれは見事だと言うのだ。一番いい時期に行ったつもりがなんと紅葉は全て散っていて、散り敷いている姿もそれはそれでよかった、というのはちょっと負け惜しみ。

 だから、印象に残っているのは五百羅漢の方。ところが、文殊仙寺の羅漢と改めて比較すると、妙に姿、顔がくっきりとしていて違和感を感じる。あと何十年(いや百年)か経つと味が出てくるのだろうが、その時には・・・・・・・・

 六郷満山もあと1回です。

150117 同窓会4(豊かな世界)

もうひとつは・・・・・・・。これを話してくれたのは女性。ところが、いくら考えても名前が出てこない。ほんとに申し訳ありません。

彼女は、私が最初の国語の授業で話したことが忘れられないというのだ。まず先生が教科書の表紙を開けてくださいという。そうすると青い海と青空を背景に浮かぶ海鳥の写真が載っていたそうだ。そして先生は黒板に「白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ」と書く。そしてその短歌を使って色々説明しながら、私は国語を通してみんなと「言葉の持つ豊かなイメージの世界」を体験していきますと言ったというのだ。

栄ちゃんの時とは違ってこのことは覚えている。忘れるわけがない。が、そのことを彼女が35年も忘れずにいてくれたということに驚き、感謝したい。栄ちゃんではないが、彼女の中にも私の教師としての足跡は残っていたのだ。意外といい教師であったのかもしれない。

35年ぶりの同窓会、みんなに会えてよかった。私の元気なうちにもう一度招待してくださいとお願いした。 期待してま~す!

150114 同窓会3(栄ちゃん)

 同窓会に呼ばれると必ず言われることが二つある。一つは、先生に受けた罰は痛かった、ということ。宿題を忘れたり、ルールを破ったら3つの罰「耳まわし・ブタ握り・けつバット」の中から自分で一つを選んで受けることになっていた。もうひとつは、国語の授業で古典の冒頭の部分を暗記させられて大変だった、ということ。たとえば、奥の細道。たとえば枕の草子。徒然草に方丈記。職員室で言わされてできなかったらできるまで何度も職員室に通うのはきつかった、そうだ。

スナックでの栄ちゃん。何ともいい顔をしてる。

 ところが、今回は今までにないパターンが二つ出てきた。一つは、矢野栄路くん。彼は今、関西で演劇をやっているそうだ。そう言えば以前誰かから栄ちゃんはテレビに出ているとか声優をやっているとか聞いたことがある。その彼が今の自分のバックボーンの一つに、先生が授業で話した「文化についての話」があるという。彼は時々そのことを思い出し、それが若い演劇人たちに話す時の自分の支えになっているというのだ。

 どんなことを言ったのか全く覚えていない。自分を振り返っても学生時代の授業の中身、ましてや先生がどんなことを話したのかなんてとんと覚えていない。娘もそう言う。それが普通のことだと思うのだが、それだけに教師冥利に尽きると嬉しくなる。いつもは辛口の娘もこの話には「お父さんはしあわせだよね」としみじみ言ってくれた。

150112 同窓会2(たけのこ)

隣に座ったのは「平野仁美」さん。49歳(ごめん!)。あと少しで50になろうという年なのに中学の時のお茶目な雰囲気をそのまま持ち続けている。卒業アルバムを持って来ていて、あの人はダレ、この人はだれと教えてくれます。しまいには今来ている人はこの人だからとアルバムの中から探してくれて、「先生、間違えんでよ」とまで世話を焼いてくれる。

もうひとつ。私は3年間毎年子どもたちとの生活ノートのやり取りをもとに学級通信を作り続けた。1年生の時の通信「たけのこ」を持ってきてくれていた。35年経って、紙は古びて、手書きの文字も薄れてしまっている。それを大切に持ち続けてくれたことに感謝!