150306 啓蟄

  このまま暖かくなるのかなと期待したのだが、今日(6日)はまたまた冬に逆戻り。その寒さの中で草取りをさせられた。この「させられた」というのがミソなんだが。玄関の前に大きなモミジの木がある。物心ついた時期から鎮座しているので、樹齢は何年だろう。敷地の入口に覆いかぶさるように枝が伸びていてかっこよかった(ちょっとした自慢だった)のだが、虫にやられて枯れてきたので10年ほど前に泣く泣くその枝を切った。もったいなかったなあ・・・・・

  そのモミジの足元を覆い隠すようにシャガが蔓延ってしまった。シャガの花は好きなのでそのままにしたいのだが、このままじゃ、藪になってしまうという一言で片づけなけれならなくなった。懸命に取っていると、いつものようにジョウビタキがやってきて地面を突っつく。虫がいるのだろうか。そういえば今日は「啓蟄」だ。この寒さの中、強制的に起こされ、鳥に食べられたんじゃ、虫たちもかわいそうだ。

150303 春ジャガ(2)

  昨年は種イモを15個買って二つに切って植えました。今年はあげたい方が増えたので25個買いました。品種はいつも買う園芸店で勧められた「キタアカリ」。男爵と何かをかけたものだというのですが・・・・・。

  27日に植えたのですが、雨が降り続いています。それも一日中というのが2回目です。こんなに降り続くと種イモが腐らないかと心配です。

  畑仕事をしていると鳥がすぐ近くまで寄ってきます。この時期いつもです。ほかの季節にはお目にかからないのでどうしてかなと思っていたら渡り鳥とのこと。ほんとに目の前にまで来て逃げようとしません。その仕草の可愛いこと!!

150228 春ジャガ(1)

  昨年は3月8日に種イモを植えた、とカレンダーに書いていた。今年は畑の準備が早くできたので10日ほど早いが、近所の人も植えたというので完全な「隣百姓」となった。

  準備。12日に予定の畝に苦土石灰を撒く。これまでは粉を買っていたのに粒状のものを見つけたので買ってみたが、粉末と違ってどのくらい撒いたらいいのか見当がつかない。かっこつけるもんじゃない。

  1週間後の19日に堆肥と化成肥料を撒いて耕しておく。たしか昨年は種イモを植える時に種イモの間に施したがどちらがいいのだろう。堆肥は昨年1年間かけて作ったもの。好きだねえなんて言われるが、暇だけはたっぷりある。市販のものに負けないものになっているといいのだが。

150223 シロ(6)

  上の娘はなぜかシロに好かれていた。死ぬ時も、香港から孫を連れて帰省してくる彼女を待って、彼女に看取られながら息を引き取った。かわいそうなのは下の娘である。始めに彼を見つけ、我が家に受け入れるきっかけを作ったのも彼女である。なのに「どうしてもシロは私を下に見てる。姉ちゃんとは扱いが違う」そうなのだ。孫に関しては全く相手にしていない。寄っていくといつの間にか離れている。それでも手を出そうとすると「ウー」とうなる。家族にもこうであるから、番犬として見事にその職責を全うした。特に吠えていたというのではないのだが、郵便配達の人は、つないでいても怖いとよく言っていた。

  彼が生きている間、毎晩連れ合いと二人でシロの散歩に付き合った。連れ合いとは二人きりになった今も毎晩歩いているが、誰かが言った「かすがい」が必要になり、シロを思い出す。

  左の写真はおしりに腫瘍ができて手術をした後のものである。この時着いたあだ名が「エリマキトカゲ」。結局この腫瘍が再発して死ぬ原因になった。書きためたシロの原稿もこれで終わり。次回はスペインにもどる前にシロ以外に書いていた原稿が2枚残っていたので、忘れないうちにそれをアップしようと思う。

150219 シロ(5)

  私には素直でイケメンに見えたシロだが、野良犬の時代に迫害を受けたのか、容易には人を信用しなかった。特に子どもが嫌いで、どうかするとうちの孫にも身体を触られることを嫌がった。よっぽどいじめられたのだろう。そして、家庭内の序列をきちんと守った。私と連れ合いは明らかに彼よりも上である。家庭内の私の立ち位置を良く見ているし、連れ合いにはえさをもらっているのだから、逆らうわけにはいかない。

150215 シロ(4)

  昨年の8月18日に亡くなったシロ(と、当時書いてます)は、我が家で15年もの間、番犬として過ごした。家の中に入れたのは、蚤を取った日と、その後何日かだけである。たとえ「家族の一員」であろうと「運命の出会いで巡り合った犬」であろうと、犬は犬である。というのが私の考え方だ。前の犬「ユウ」は、死ぬ直前に2日ほど家にあげて看病したが、シロはとうとうそれもなかった。見事に「犬」として全うしたと思っている。

  ユウはお嬢さんで、あまったれで、すぐにお腹を見せて服従の姿勢を取った。ユウの時代はまだまわりも難しくなくて、けっこう放し飼いにできていた。洗ったあげた後、庭に放すとすぐに外に飛び出して近所の魚屋さんに出かけていた。えさを貰いに行くのではなく、魚の内臓を身体にこすりつけて、シャンプーのにおいを消そうというのである。それが犬の本能だろうと大目に見たが、その強烈な臭いともう一度洗う煩わしさには閉口した。シロは洗い終えると身体についた水を私に振りかけるか、せいぜい土の上で転げ回って私の努力を台無しにするくらいだった。

150211 シロ(3)

  勤務を終えて帰宅してみると、連れ合いと娘が洋間で犬を抑え込んで格闘している。見ると、テーブルの上には蚤の死がいがきちんと並べられている。あっけにとられたが、すぐに正気を取り戻し、風呂に水を入れるように指示をする。暴れる子犬を抱えて水風呂につけると、意外におとなしくしている。これ以来15年間、時々シロを洗う役目は私のものとなった。引き上げると水は濁り、水面に蚤が浮かんでいる。何度かシャンプーで洗ってやると、ようやく白い毛並みを取り戻した。ご褒美に牛乳をあげると何杯もお代わりをする。こうして、彼は我が家の一員になった。

  家族は素敵な名前をつけようと張り切ったのだが、私の「シロ」という一言で決着はついた。これ以外に彼にふさわしい名前があろうか。名前は平凡だが、女たちにとって「シロ」との出会いは運命的な巡り会いであり、特別な存在になった。どうして女たちはこうした考えが好きなんだろう。その考えに懐疑的な私は、この件に関しては彼女たちから村八分の仕打ちを受けることになった。

150208 シロ2

  2008年の(あれからもう7年もなるのか)8月18日に亡くなったシロは、我が家で15年もの間、番犬として過ごした。彼がやって来たのは、前の犬「ユウ」が死んだ半年ほど経ってからだった。

  その時、下の娘が高校3年生で、登校の途中から電話してきた。「おかあさん、今ね、豊後町で白い子犬を見かけたけど、どこに行ったのか分からなくなったの。早く探しに来て!」。 連れ合いはあわてて車をとばしていったが、その時にはとうとう見つけることは出来なかった。

  その話を、花を習いに(彼女は布花を教えていてそろそろ40年になるんじゃないかな)きた生徒さんにしていたら、「先生、ひょっとして今の話の犬はそこにいる犬かもしれませんよ」という。びっくりして振り返ると、テラスに置いたままにしていた(なぜか片づけ難くてそのままにしておいた)ユウの犬小屋に、子犬がもぐり込んでいた、という。