151119 スペイン紀行57(番場さん)

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 1年前のイタリア旅行の時に、二組の夫婦と仲良くなった。北海道の「土田」さんと熊本の「堀田」さんである。こうしたことがあるなんて思ってもみなかったので、いまだにその時のことが懐かしく思い出される。

 今回は「番場さん」夫婦だ。だんなさんは背が高くて素敵な人だが、それ以上に声が素敵だ。連れ合いなどは、ひょっとして声優さんではなんて本人に直接聞くくらいだ。奥さんはいつも微笑んでいて笑顔の素敵な女性である。そしてなにより、二人とも話していて疲れない。意外とこういう人は少ない。素直で穏やかな人柄がそのまま出ている。

 特に、パラドールでは同じテーブルで、食べて、飲んで、楽しくおしゃべりができて・・・・・・、今度の旅で見つけたふたつの5つ星のうちの一つは、番場さん夫妻との思い出でもあったのかといまさら思う。

151116 スペイン紀行56(マドリード4)

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 最後に訪れたのは、フェリペ4世の騎馬像が前に見える「マドリード王宮」。スペイン王室の宮殿なのだが、カルロス1世とその家族は郊外の小さな宮殿に住んでいるという。この日は雲が垂れこめてせっかくの華やかな宮殿も薄暗い感じだ。宮殿前の広場では小さな女の子が遊んでいる。彼女の前に見える渦はたしかシャボン玉のはじけた跡だ。

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 ここで王宮の周りを警戒している女性の騎馬警官を見かける。女性騎馬警官ということで興奮したが、同じような人がいたようで身振り手振りで写真を撮らせてもらえるように交渉している。その人のおかげでたくさん撮ることができた。彼に感謝!!

 アップしたいことがけっこうあるのだがなにしろ「スペイン紀行」、いったいいつ終わることやら。今回を含めてあと5回。もう、わき目も振らず、がんばるぞ!!

151113 古希6(ユキヒコ)

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 必ず「先生、元気で~!?」という言葉から始まる。年に2回ほどかかってくる。今回は「とうとう赤いちゃんちゃんこを着たで~! ということは先生は古希になったということやな」と続く。

 ユキヒコだ。今から47年前、本採用になって始めて赴任した佐伯の大入島中学校での教え子である。その時の2年生で、当時から体格のいい子で、妙におっさんじみていた。島の中で行くところがないからか、よく遊びに来ていて、「いい加減に帰れ!」といわれるまで我が家を溜まり場にしていた。

 連れ合いとも仲良くなり、ちょうど生まれた上の娘のお守りまでしていた。今でも「ナミちゃんは元気にしよっで~?」と気にかけてくれる。ちょっとした保護者気取りである。

 昨夜も連れ合いと楽しそうに話していたが、今でも電話をかけて来て「元気で~?」と声をかけてくれる。つくづくいい仕事だったと思うし、素晴らしい教え子に恵まれたなと思う。

 写真のゼラニウムは碁敵の八坂さんにもらった茎を挿し木して育てたもの。色鮮やかなところが気に入っている。

151111 古希5(ジャズとワイン)

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 30日(金)、久しぶりに「ビストロ・ヴォライユ」に行く。連れ合いが10月21日で、私が11月2日が誕生日なので一括してお祝いということで。勤めもなくなって年金だけになったので少しは節約しないと。

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 もうひとつ、この日に7周年の記念に「ジャズとワインの夕べ」と銘打ってイベントをしますという案内がお店からあったので。駅北口にある小さなフレンチのお店。お客は18名でもう満員。目の前で弾いて、歌ってくれる。

 ワインは飲み放題。1時間半、休憩をはさんでたっぷりと歌ってくれた。「酒と薔薇の日々」に始まって、「Take5」にあと何曲か知った曲はあったが、今も覚えているのは「ワンダフル・ワールド」だけ。この頃物忘れが激しいのだが、これ昔、ルイ・アームストロングのあのかすれた歌声に夢中になったから忘れようがない。

151109 古希4(同窓会2)

 前回、門司港ホテルであった同窓会をさぼった。それではないだろうが、いろんな人に「お前、滅多に参加しないな」といわれた。そうかな、けっこう出ていたはずなんだが、、俺、そんなに影が薄かったのかなと真剣落ち込んだ。そう言えば、進学クラスがどうも合わなくて幼馴染もいたこともあって就職クラスにばかり行ってたし、卓球ばかりやってたな。そのことで担任の梶川に真剣怒られたこともあった。

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 それはそうと今回は素敵なご褒美が二つもあった。ひとつは1年生の時すごく気になっていた人に会えたこと。汽車通学生(てくてく歩いて通学したことしかない私には「汽車通学生」という言葉の響きだけで何か特別なことのように思えた)で、頭がよくて、生き生きしていて、出身地特有の口の悪さが魅力的だった。それまでの15年間の人生(大げさか!?)で見たことのないタイプだった。

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 もうひとつは三バカトリオの一人、いつもつるんで遊んでいた「中 泰明」にそれこそ52年ぶりに会えたことだ。それにしても彼にもらった名刺を翌朝見て驚いた。苗字が変わっていただけでなく、名前の上に「住職」とある。びっくりどころじゃない。それこそ「開いた口がふさがらない」とはこのことだ。それにしてもいかにも「住職」らしい風貌になっている。それはそうともう一人のバカ、「山県」はどうしているのだろう。後ろの背後霊(
本人の言葉)は違います。

 52年間、長い時間だ。人生いろんなことがある。だからこそ面白い。

151106 古希3(同窓会1)

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 10月29日、木曜日。駅南口のグランプラザホテルで「古希同窓会」が行われた。中津北高第16回生。卒業してから52年。半世紀を過ぎたと思うとなにか空恐ろしくなるのは私だけだろうか。実行委員長のあいさつの前に亡くなった人の名前が読み上げられた。29名いた。途中で2度ほど大きな病気もしたが、よくぞここまで無事に生きてこれたもんだと自分を褒めてやりたくなる。

 7クラスで350名を超えていた。そして今回の出席者は85名。恩師の西先生の言葉の中にこの数字はすごいことだとあったが、それでも全体の3分の一だ。出席できないのがどうのというのではないが、ここは素直に出席できたことの幸せを感謝したい。

151104 古希2(甥と姪)

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 2日昼過ぎ、横浜の甥から郵便が届く。おそらく奥さんの「弘美」さんの手配だろう。甥には申し訳ないがセンスが上品だ。

 中を見てびっくり。古希のお祝いだ。以前にも書いたがこの子たちとの付き合いは長い。不幸なことだが彼らの父親・長兄の死の後、同じ年に亡くなった親父の法事や娘の結婚式などに合わせて会う機会が多くなり、一緒に飲んだり旅行したりで付き合いは深くなった。

 啓二郎の話では「幻」に終わった11月の京都旅行も、言いだした彼らの本音は私への「サプライズ旅行」だったそうだ。なんともニクイことを考えてくれる甥や姪たちであることよ。

 古希もいいもんだ!!

151102 古  希

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古希の顔です

 この頃起床は7時30分と決まっている。どんなに早く目が覚めても(これがほとんど毎日なんだが)30分までは布団の中でダラダラと過ごす。すぐ口を出す連れ合いもこのことに関してはアンタッチャブルである。

 その彼女が部屋に入ってきて電話よという。何事か!と思ったがそれにしては笑いながら電話を差しだす。娘からだ。どうしたんだというと、何言ってんのよ。今日は誕生日、「古希」でしょ。よく生きてきました。おめでとう,代わるね。

 まずは孫の「たっくん」。例によってぼそぼそと何やらいう。どうも「おめでとう」と言ってはいるようだ。そのたっくんと話していると思ったら声が変わっている。婿殿だ。まさか婿殿から「おめでとう」なんて言ってもらえるなんて。気恥ずかしい。古希ともなると異例ずくめである。

 古希に関してあと3回アップする。またまたスペイン紀行を休みます。