160114 山の会4(仙の岩)

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 次は富貴野の滝を目指す。その途中、耶馬渓の景色に似た「仙の岩」というのが見える。手前の川岸には桜が植わっていてはその季節になると綺麗ですよと盛んに担当者は言う。

 そういえば、隣の院内町には円錐形の山と棚田の景色から「宇佐のマチュピチュ」と呼ばれて一時話題になったところがある。たしか竹田城跡が「天空の城」とか「日本のマチュピチュ」なんて呼ばれて話題になった時にそれに便乗して、話題作りとして誰かが言い出したんだろう。つい笑ってしまったが、見もせずに笑うなんて失礼な話だ。一度は訪れてみよう。

160111 山の会3(安心院鏝絵3)

 その重松家の真ん前にあるのが大分県最古の蔵元(とネットで見たのですが)という「懸屋酒造」である。いつかは分かりませんが「正徳2年創業」というから、最古という言葉もあながち間違いではないでしょう。そうそうこれもネットですが、この縣屋酒造は目の前の重松家の流れをくむそうです。

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 通りから見えるレンガ造りの煙突に惹かれて裏に回ると雰囲気いのいい景色が見える。ワイワイしゃべる声に気付いたのか、奥から女性が出て来て対応してくれた。ここの奥さんのようで、今日、見学を申し込んできた団体と間違えたようで、それでもいろいろ説明してくれて、お酒のことだけでなく鏝絵のことまで・・・・・・・。ほんとに優しい素敵な方でした。ありがとうございました。

160108 山の会2(安心院鏝絵2)

安心院の鏝絵は2年前に佐藤さんと写真撮りに行きました、と提案者にいう(ケチをつけることになります)ほどの野暮ではありません。もう古希ですから。初めてのような顔をしてついて行きました。

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 昔のメインストリートであった折敷田地区に通称「本町鏝絵通り」というのがある。作品的にも、歴史的にも、そして、鏝絵のある建物の歴史的価値としても地区有数の「重松家別邸」がある。安心院の豪商であり庄屋でもあった重松家の建物は3階建てで見事なものだ。正面の壁に大きな富士山が描かれ、3階の三方の壁に虎と龍と三階松が描かれている。中でも龍の眼には金箔を貼って迫力がある。明治17年、左官の大棟梁と謳われた「長野鐵蔵」によって造られたものと説明板に書かれていた。

 年賀状にも「古希」ということを繰り返し書いたら、教え子の年賀状に「私も00歳になりました」とありました。臨時でいた本耶馬渓の山陽中学校(もうとっくの昔に廃校になっています)での女生徒です。夢・幻の半世紀です。

160105 山の会1(安心院鏝絵1)

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  12月8日、日曜日。山の会が実行された。なんで「実行」などと大げさに言うかというと、本来は初夏にあるべきものだったからです。ある会員の連れ合いが亡くなったために延期になりました。一応公式には山の会というし、カレンダーにも「山の会」と書くのだが、実際は登らなくなって久しい。私だけでなく、ある方も未だに「久住登山の会」と書くそうだ。

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 今回は湯布院で温泉に入ろうという企画になった。しかし、ただそれだけでは芸がないということで今回の担当者の提案で、安心院の鏝絵と富貴野の滝を見学することになった。

  さあ、16年度のブログが始まりました。痛み始めた身体に鞭打って頑張ります。今年もよろしく!!!

160101 明けましておめでとうございます

年賀状1

 正月から似つかわしくない表現ですが、「薄気味悪いくらい穏やかな陽気」です。このまま1年が過ぎて行けばいいのですが・・・・・・・

 今年は古希ということでいろんなイベントがありました。何度か書いたのですが、69と70は大違いです。歌の文句(そんな歌、あったかな?)じゃないけど「そこには越えられない深い谷がある」です。誕生日を過ぎた頃から腰を痛め、それがいまだに治まったり痛んだりを繰り返しています。

 昨年書いたのですが、とうとう上の孫が写真を撮られるのを嫌がるようになりました。成長ととるべきなのでしょうが寂しい限りです。昨年までは3種類の年賀状(連れ合い・わたし・ふたり)を作っていたのですが、「わたし」の年賀状の定番だった孫の写真がなくなりました。

 上の写真は右下に書いたように憧れの室生寺五重塔」です。年賀状をもう一度撮影したので鮮明ではありません。ということで元になった写真をアップしておきます。6月に出かけた奈良紀行、2月くらいからやっとアップできそうです。

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 それでは、今年もあなたにとって有意義な年でありますように!

151228 ジャズナイツ@中津3

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 時間通り20時からライブは始まる。そして22時まで、間にわずかな休憩をはさんで2時間たっぷり。まずはビートルズの曲から。ところがどうしてもその曲名を思い出さない。あと分かったのは1曲だけ。エリック・クラプトンの「チェンジ・ザ・ワールド」。あとはほとんど知らない曲ばかり。

 それでも楽しめたのは彼女の曲の合間の楽しい会話。そして即興の歌。それも日本語で。彼女の甥の言葉を受けて、おまけに下ネタの歌だ。こういうのって好きだなあ。ネットの中に彼女のことを「大先輩のジャズシンガー」と書いているものがあったが、一番似合っていたのは「姉御と慕う」という言葉だ。

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 店内は身動きできないと書いたが、それでも立ち上がって身体でリズムを取る女性たちが出てくる。玲子さんに「私のバックダンサー」と言われていたが、これだけ乗れるというか弾けるというか、羨ましいなあ! こういう時、男は勇気がない!!

151225 ジャズナイツ@中津2

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 姪子さんの名前は「田中玲子」。ネットで調べてみると、広島のジャズ界では超有名な方のようだ。生まれも育ちも広島だが、親戚がある関係で小さい頃には、けっこう中津に遊び来ていたそうだ。その縁でのライブということのようだ。

 ベース=丹羽肇。ドラム=中村健。ピアノ=月岡生子(座った場所が悪く、どうしても彼女の写真は撮れなかった)。3人とも福岡を拠点に活躍する音楽家たち。始めに挨拶をした人が、この4人が一緒に来ることだけでも凄いことなんだと言っていたのも、ジャズのライブなんて全く縁のなかった(中津では仕方ないか)私でも良く分かる2時間だった。連れ合いから聞かれた時は『行ってやるか』なんて思っていたが、このライブは儲けものだった。

151222 ジャズナイツ@中津1

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 連れ合いのお茶のお友だちの姪子さん(といっても御年57歳とか)が始めて中津でライブをするので行って、と頼まれて私もついて行くことになった。

 場所は仲町の道路沿いの2階にあるスナックだ。ちょっと気取った名前、「ちょいWARUうさぎ」という。マスターは穏やかそうな人だし、そうか、夜な夜な通ってくる男と女が「ちょいWARU」なうさぎさんたちなのかもしれない。

 30人も入ったらいっぱいということだったが、いっぱいどころか急ごしらえのイスとテーブルにおさまったら全く身動きとれない。フリードリンクの飲み物はリレー方式に渡っていく。狭い分外の雨交じりの寒い夜がうそのようにここには熱気がこもっている。

追伸  9月7日のブログに「夜のウォーキングの時に3人の若者とあいさつを交わすようになった」と書いた。ここ3日ほど、連れ合いはお寺の御正忌で出かけることが多く、一人で歩いている。信号待ちをしていると、停まった自転車に「こんばんは!」と声をかけられる。振り返ると、彼らだ。今日はふたり。「一人ですか? おばあちゃんは?」と日本語も達者だ。「お寺に行ってるよ」と答えたが分かっただろうか。わずかな時間の触れ合いだが、変な話、涙が出るようなうれしさがある。連れ合いも気に入っている子どもたちだが//////////////////