170920 奈良紀行14(東大寺3)

迫力といえば、何といっても「金剛力士像」だ
修学旅行で何度も来ているが、見るたびに圧倒される
右に吽形像・左に阿形像が向かい合う
現代ではマッチョがもてはやされるというが、この像に比べたら貧弱でしかない

鎌倉時代の武士の勃興・庶民のエネルギーの現れと歴史で習ったよなあ
そして、運慶と快慶という日本美術史の巨人たちの登場
ワクワクする時代だ
そうそう、日本の歴史は鎌倉時代からでいいと言ったのはダレだったっけ

170916 奈良紀行13(東大寺2)

木々の間から南大門が見えてくる
相変わらず(当たり前か)大きい
25mを超えるそうだ
これでも大仏殿に比べると半分ほどだという
近くで見上げると押しつぶされるような迫力を感じる
大きな建造物を見慣れた現代人でさえこうなのだから、古代の人がこれを見上げた時の想いとは・・・・・

扁額の「大華厳寺」は聖武天皇の文字を集めて作ったものだそうだ
それにしても南大門、こんなにも薄汚い建物だったのか

神戸に住む孫が学校の社会見学でここに来てレポートを書かないといけないという
「おーちゃん、何をどんなふうに書いたらいいの」と電話してきたのをふと思い出した

170913 奈良紀行12(東大寺1)

奈良紀行が「161031」で中途半端に途切れています
このままではいつになったら終わるのかと自分のことながら心配になってきます
これから頑張ります

春日大社からテクテク歩いて20分  南大門が見えてくる
雨に濡れた石畳になんともいえないイヤな臭いが漂う
鹿のフンだ
鹿のフンといったらコロコロとした小さな粒状のものだと思っていたのに
食べるものが変わったのか牛のフンみたいにべっとりとして く ・ さ ・ い !!

そうそう 昔むかし
吉永小百合の「奈良の春日野」という歌の中で
「奈良の春日野  青芝に  腰をおろせば鹿のフン」というのがあって
タモリが紹介してちょっとしたブームになったのを覚えている
「吉永小百合と鹿のフン」というギャップがおかしかったのだ

 

170910 横浜・鎌倉47(さあ帰ろう!)

3泊4日の横浜・鎌倉の旅、無事に終了しました
この頃少し身体のあちこちが不調を訴えていて、旅行も億劫になっていました
そんな時に背中を押してくれたのが甥たちでした
小さい頃から知っている「みぎわ」の花嫁姿も見ることができたし、横浜の夜も楽しむことができました
焼き鳥屋「末広」に行けなかったのは残念でした
次の楽しみに取っておきましょう

鎌倉では夫婦水入らずで歩き回ることができました
痛み止めに頼りながらではありましたがなんとか乗り切りました
帰り着いても二人とも整体師に行くこともないので大丈夫のようです
「おびんずるさま」を撫でた効果があったのかな

いろんな方に感謝です
もちろん甥たちに
ホテルのスタッフの方にも
タクシーの運転手さんにも恵まれました
素敵な話があるのですが今回は披露はしません
そうそう 星野くん、新婚の感想は・・・・・

170907 横浜・鎌倉46(建長寺4)

ここからは一気に
仏殿の後ろには「法堂」が続いている
ほうどうというふうには読まずに「はっとう」というそうだが、いかにも禅宗らしいきりっとした響きが感じられる
ここの天井には「雲竜図(クリック)」があるというのだが、ちょうどお坊さんたちがなにか作業をしていたので遠慮した
かえすがえすも残念である

その先には唐門と方丈(龍王殿)がある
方丈では「座禅中は撮影禁止」の札が扉に張られていたので
いまは座禅中ではないということでゆっくりと撮らせていただいた

裏の庭では高欄に腰掛けて15年前にもこの格好で撮ってもらったのを急に思いだした
唐門などは忘れているのに
人間の記憶なんていうのはそういうものなんだな

5

170905 横浜・鎌倉45(建長寺3)

山門の先には仏殿
左右にビャクシンの大木と右手には茅葺きの見事な鐘楼がある
梵鐘は創建当時からあるもので国宝に指定されているというのだが
こちらとしては分厚い茅葺きの屋根の方に感じ入ってしまう

仏殿に安置された本尊は「地蔵菩薩坐像」
撮影禁止の立て札もなかったのでゆっくり撮らせていただきました

 

170903 横浜・鎌倉44(建長寺2)

少し進むと見事な「三門」が見えてくる
銅板葺きの二重門は圧倒的な迫力で迫ってくるのだが、お決まりの仁王像もないし門扉もない簡素な造りになっている
これこそ禅の世界を体現した・・・・・・なんてね

その代わりと言っては何だが、門の下に安置されている像がある

正式名を「賓頭盧尊者(ビンズルソンジャ)」といい
看板には「神通力第一と称せられる撫佛です どうぞお撫でください」とある
どれほどの人たちが撫でてきたのだろう
つるつるになって照り輝いている
連れ合いも肩と膝を真剣に撫でていたが・・・・・

170831 横浜・鎌倉43(建長寺1)

さあ 最後の目的地「建長寺」
建長寺は鎌倉五山の第一位・臨済宗「建長寺派」の大本山
まず迎えてくれるのは「総門」
掲げられている額には『巨福山(こふくざん)』という文字が書かれているが
これは建長寺の山号で じっくり見るとちょっとおかしい
「臣」の字のうえの縦棒がない形になっています

このブログを作る際に気がついたのでネットで調べてみました
ちゃんと説明があります
第十世の一山一寧(いちざんいちねい)が書いたもので
縦棒がないというより「巨」にわざわざ点を加えたものだそうです
そのことによって百貫の価値が添えられ それでこの点を「百貫点」というそうです
えらいお坊さんのやることは庶民には分かりません

私の写真ではちょうどその部分が映っていませんので「百貫点」をクリックしてみてください