251125 鎌倉紀行27(報国寺5竹の寺)

本堂の左手の受付で拝観料300円と抹茶600円を払って中へ
ここ、ミシェランガイドで三ツ星をいただいているとか
約2,000本と言われる孟宗竹林がうっそうと茂り、静かな別世界を作っています
そういえば以前来た時に、この竹林の中で若い女性たちに写真を撮ってくださいと頼まれたことがある
上手に見えるのかなと自慢たらしく連れ合いに言ったら、
一眼レフを持っているからそう勘違いしただけよ、とズバリ言われてしまった

遊歩道に沿って奥の方に進むと、「休耕庵」という茶店がある
ここでお抹茶とお千菓子がいただけます
「千菓子の方を先に食べてください」とスタッフの方に言われその通りにする
口の中で甘い砂糖の味と抹茶の苦みがちょうど程よく溶け合った

入ろうとした時、屋根の上に人の姿が見えた
屋根に降り積もった竹の枯れ葉を落としている最中だった

よく見たら、女性だった
大変だなと思いながら、いかにも鎌倉らしいなとさえ思ってしまった

251120 鎌倉紀行26(報国寺4迦葉堂)

本堂の右手に方丈がある
仏陀の弟子・迦葉からの名前をとって「迦葉堂」と呼ばれている
本堂の裏手には枯山水の庭が広がるそうですが、私には方丈前の樹が気になりました
「山茱萸の木」という木札が立っています

というのは、私の家にも同じ木があるからです
初春・3月の中頃に黄金色の花をつけます
パソコンにため込んだ写真のファイルの中からやっと見つけました

本堂の裏手には鐘楼がある
報国寺の建物の中でも唯一残る茅葺きの屋根である
屋根瓦よりもどっしりとして趣がある

さらに左手には多くの小型の五輪の塔が集めれている
由比ガ浜などから発掘された、新田義貞の鎌倉攻めの際の両軍の戦死者石塔を集めた供養塔だそうです

苔の上にこんなものを見つけました
なんのために三つ編みにしているんだろう

251115 鎌倉紀行25(報国寺3本堂)

参道から斜め右の石段を上がると、真正面に「本堂」が見えてくる
「釈迦如来坐像」が本尊として祀られているが、
本堂には上がることはできないので、遠くからそれらしきものを眺めるだけです

その代わりと言っては何ですが、正面の出っ張った屋根の下にある
「報国禅寺」の扁額と「龍」の木彫りが見事です

【注】 社殿の屋根が前方に張り出した部分のことを「向背」という
向背は「こうはい」又は「ごはい」と読むそうです

251110 鎌倉紀行24(報国寺2)

橋を渡ると報国寺の山門がすぐに見えてくる
木々の緑に包まれた美しい山門である

この門は「薬医門」という形式だそうですが、いったいどんな形式なんだろう
この門に切り取られた景色が、ちょっと薄暗くてしっとりとした雰囲気を醸し出している
中に入っていくのが待ち遠しくてワクワクしてきます

特に苔の緑が鮮やかで、落ち葉一つ落ちていない
開門する前に庭師さんたちが頑張っているんだろうけど、大変だろうな
上には青紅葉が広がり、また白砂で砂紋が描かれた石庭もあって、
この季節に来たことへの喜びが募っている
紅葉の大木の根元で何か考え事をしている仏さんがかわいい

251105 鎌倉紀行23(報国寺1華の橋)

帰りは鎌倉駅まで歩きます
まず浄妙寺のバス停まで下ります
200mもありません
バス停を右折すると、100mも行かずに「報国寺入口」の看板が立っている
「滑川」という小さな川(というより水路といったところだ)
に架かる小さな橋を渡る
それでも橋には「華の橋」という素敵な名前がついている

橋のたもとには大きな桜の木が2本あるので、
それにちなんで付けられた名前なんだなと思った

調べてみると、報国寺の奥にある旧華頂の宮の別荘の「華」をとってつけたそうだ
なんか夢のある名前だなと勝手に思って...損をした

251101 鎌倉紀行22(浄妙寺5足利直義)

本堂の裏手には墓地があり、
足利尊氏の父親、貞氏の墓と伝えられる「宝篋印塔」が残されている
山すそには、貞氏の三男「直義」墓と伝えられる「やぐら」がある

三方を山に、一方を海に囲まれた鎌倉は、要害の地ではあったが、その分平地が少ない
やぐらは平地を削らずにできた唯一の墓だったのである
それしかなかったともいえるし、生活の知恵だったともいえる

直義と尊氏が助け合って室町幕府を作り上げ、そして対立した話は、
たしか昔々、毎日新聞に掲載された吉川英治の「私本太平記」で夢中になって読んだ覚えがある
10歳になるかならない頃だったと思うが、あの頃は活字に飢えていたんだろうな
それ以来、新聞小説に夢中になったことなんてない
いや、そもそも読んだことすらない